第259回:「デミオ」の思い出は美しすぎて
2023.05.29 カーマニア人間国宝への道そのテイストはイタリアの小型車
「マツダ・デミオ」には思い入れがある。なにしろ私は初代デミオの元オーナーなので!
初代デミオは、脱力感がすごくイイ感じの小型車だった。どこかガタピシした走りは実にお気楽で、私は、「これは和製『フィアット・パンダ』(注:初代のほう)だ!」とほれ込んだのである。
全高を高くとって居住性をアップしたコンセプトは、軽トールワゴンの登録車版といってもよかった。当時はまだリアシートが前後にスライドするコンパクトカーなんてなかったけれど、デミオにはそれが付いていて、荷物を積むのにとっても便利だった。
唯一の不満は、ATのギアが3段しかないことだったが(後期型は4段に変更)、高速道路で無駄に回転が上がっちゃうところも、イタリアの小型車っぽくてかわいかった。
バブル崩壊後のマツダは、5チャンネル態勢の大失敗によって倒産の危機にあったが、既存のコンポーネントを流用してやっつけでつくり上げたデミオの大ヒットによって、辛くも倒産を免れたのである。
2代目デミオは、一転、マツダの屋台骨として全身全霊を込めて開発された。そこには初代のお気楽さはカケラもなかったが、走りの良さは当時のライバルたちを寄せつけず、私はレンタカーを予約する際、デミオを借りるためだけに、わざわざマツダレンタカーを選んだほどである。
![]() |
![]() |
![]() |
マニアにはちゃんとわかる
そして2007年に登場した3代目デミオは、忘れ得ぬ傑作車だ。
まず、キュッと引き締まって躍動感満点のデザインが素晴らしかった。デザイン部門トップとして多くのモデルを世に送り出し、現在はマツダのブランドデザイン担当シニアフェローとなった前田育男氏の傑作だ。
走りは、初代とも2代目ともまるで違う魅力があった。1.3リッター直4エンジンの廉価グレードである「13C」の5段MTモデルは、アクセルを戻すだけでキュッとリヤが内側に切れ込んで、まるで「ロータス・エリーゼ」のような超絶クイックなハンドリングを持っていたのだ!
このハンドリングは、ノーズの軽い1.3リッターモデル限定で、1.5リッターモデルはだいぶ平凡だったが、レンタカーのデミオはもれなく1.3リッターなので、こちらももれなくハンドリングがロータス・エリーゼ。中古フェラーリ専門店「コーナーストーンズ」代表のエノテンこと榎本 修氏は、沖縄でデミオのレンタカーに乗ってハンドリングに感動し、しばらくデミオを愛車にしていた。マニアにはちゃんとわかるのだ!
そして9年前、現在の「マツダ2」の前身に当たる4代目デミオが登場した。
当時私は、新型デミオに大いに期待していたので、その出来には微妙に落胆した。
まず、デザインがイマイチだった。決して悪くはないが、期待が大きすぎたこともあり、3代目をメタボにしたようでキレがないと感じた。
走りも、このクラスとしてはよかったが、3代目の1.3リッターモデルのような特技はなく、「地味にいいクルマ」になっていた。
鳴り物入りの「1.5スカイアクティブD」は意外とトルクがなく、ディーゼルとしては物足りなかった。
4代目デミオの売れ行きは、2019年あたりから明確に落ちはじめ、月販2000台前後になったが、マツダにはデミオをフルモデルチェンジする余裕がなく、国内では車名をマツダ2に変更してお茶を濁し、今回のマイチェンでは、グリルレスの「BD」をラインナップに加えたというわけです。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
マイナー系のマニアック名車
前置きが大変長くなりましたが、今回、そのグリルレスの「マツダ2 15 BD」(1.5リッターガソリン)に試乗させていただきました。
問題のグリルレスフェイスは、犬っぽくて悪くない。試乗車はボディーカラーが白だったのであまり目立たなかったが、他のボディーカラーなら、白い“口”はだいぶ目立って、他とはちょっと違う、ファッション志向の小型車に見えるだろう。
で、走りはどうなのかというと、相変わらず、地味にいいクルマだった。
私は4代目デミオが登場した直後に乗って以来となる久々の試乗だったので、かなり記憶が薄らいでいるが、9年前に比べるとボディーやサスがしっかりしたような印象は抱いた。かといって、特に感動も感激もしない。この9年間で、ライバルたちは長足の進歩を遂げたのだから。
いつものように首都高をゆっくり流しての燃費は、22.6km/リッターをマークした。ハイブリッド機構を一切持たない純ガソリン車としては悪くないが、特に良くもない。
いろいろ考えると、現行モデルは、過去4世代のデミオのなかで、最も特色に乏しかった気もしてくる。
マツダの功労者たるデミオは、現行モデルが最後になるとうわさされている。すでに欧州向けの「マツダ2ハイブリッド」は「トヨタ・ヤリス」のOEMである。国内向けがどうなるかわからないが、ぜひともマツダ2を残してほしい! とまでは思わない。
マツダ2で首都高を走っていたら、3代目デミオを見かけた。その隣には初代「ホンダ・インテグラ タイプR」が!
3代目デミオの13Cは、初代インテRのような有名マニアック名車とは真逆の、知る人ぞ知るマイナー系マニアック名車だった。3代目のテイストが残っていれば、「ぜひとも残してほしい!」と思っただろうなぁ、カーマニアとして。
(文と写真=清水草一/写真=マツダ/編集=櫻井健一)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第318回:種の多様性 2025.9.8 清水草一の話題の連載。ステランティスが激推しするマイルドハイブリッドパワートレインが、フレンチクーペSUV「プジョー408」にも搭載された。夜の首都高で筋金入りのカーマニアは、イタフラ系MHEVの増殖に何を感じたのか。
-
第317回:「いつかはクラウン」はいつか 2025.8.25 清水草一の話題の連載。1955年に「トヨペット・クラウン」が誕生してから2025年で70周年を迎えた。16代目となる最新モデルはグローバルカーとなり、4タイプが出そろう。そんな日本を代表するモデルをカーマニアはどうみる?
-
第316回:本国より100万円安いんです 2025.8.11 清水草一の話題の連載。夜の首都高にマイルドハイブリッドシステムを搭載した「アルファ・ロメオ・ジュニア」で出撃した。かつて「155」と「147」を所有したカーマニアは、最新のイタリアンコンパクトSUVになにを感じた?
-
第315回:北極と南極 2025.7.28 清水草一の話題の連載。10年半ぶりにフルモデルチェンジした新型「ダイハツ・ムーヴ」で首都高に出撃。「フェラーリ328GTS」と「ダイハツ・タント」という自動車界の対極に位置する2台をガレージに並べるベテランカーマニアの印象は?
-
第314回:カーマニアの奇遇 2025.7.14 清水草一の話題の連載。ある夏の休日、「アウディA5」の試乗をしつつ首都高・辰巳PAに向かうと、そこには愛車「フェラーリ328」を車両火災から救ってくれた恩人の姿が! 再会の奇跡を喜びつつ、あらためて感謝を伝えることができた。
-
NEW
第844回:「ホンダらしさ」はここで生まれる ホンダの四輪開発拠点を見学
2025.9.17エディターから一言栃木県にあるホンダの四輪開発センターに潜入。屋内全天候型全方位衝突実験施設と四輪ダイナミクス性能評価用のドライビングシミュレーターで、現代の自動車開発の最先端と、ホンダらしいクルマが生まれる現場を体験した。 -
NEW
アウディSQ6 e-tron(4WD)【試乗記】
2025.9.17試乗記最高出力517PSの、電気で走るハイパフォーマンスSUV「アウディSQ6 e-tron」に試乗。電気自動車(BEV)版のアウディSモデルは、どのようなマシンに仕上がっており、また既存のSとはどう違うのか? 電動時代の高性能スポーツモデルの在り方に思いをはせた。 -
NEW
第85回:ステランティスの3兄弟を総括する(その3) ―「ジープ・アベンジャー」にただよう“コレジャナイ感”の正体―
2025.9.17カーデザイン曼荼羅ステランティスの将来を占う、コンパクトSUV 3兄弟のデザインを大考察! 最終回のお題は「ジープ・アベンジャー」だ。3兄弟のなかでもとくに影が薄いと言わざるを得ない一台だが、それはなぜか? ただよう“コレジャナイ感”の正体とは? 有識者と考えた。 -
NEW
トランプも真っ青の最高税率40% 日本に輸入車関税があった時代
2025.9.17デイリーコラムトランプ大統領の就任以来、世間を騒がせている関税だが、かつては日本も輸入車に関税を課していた。しかも小型車では最高40%という高い税率だったのだ。当時の具体的な車両価格や輸入車関税撤廃(1978年)までの一連を紹介する。 -
内燃機関を持たないEVに必要な「冷やす技術」とは何か?
2025.9.16あの多田哲哉のクルマQ&Aエンジンが搭載されていない電気自動車でも、冷却のメカニズムが必要なのはなぜか? どんなところをどのような仕組みで冷やすのか、元トヨタのエンジニアである多田哲哉さんに聞いた。 -
トヨタ・ハリアーZ“レザーパッケージ・ナイトシェード”(4WD/CVT)【試乗記】
2025.9.16試乗記人気SUVの「トヨタ・ハリアー」が改良でさらなる進化を遂げた。そもそも人気なのにライバル車との差を広げようというのだから、その貪欲さにはまことに頭が下がる思いだ。それはともかく特別仕様車「Z“レザーパッケージ・ナイトシェード”」を試す。