第815回:イタリア式マイナンバー&自動車ナンバーの恐るべき「ひもづけ」
2023.07.06 マッキナ あらモーダ!カードなしでは電話が引けない
日本では、マイナンバー(個人番号)カード制度の運用に関する議論が行われている。
実はイタリアにもマイナンバーに相当するものがある。今回はその解説と、自動車生活にどう関わりがあるか、さらにナンバープレートがどのように使われているかも紹介したい。本稿は、日本のマイナンバー制度との優劣や、存在の是非・あり方を論じるものではない。あくまでもイタリアの日常生活における話として捉えていただきたい。
1996年に筆者がイタリアに住み始めて間もなく、滞在許可証の次に取得したもの、いや取得させられたものといえば、イタリア版マイナンバーカードだった。当時は外国人大学の学生にすぎず、住民票さえなかった。つまり納税義務が課せられていなかったにもかかわらず、なぜそのようなものが必要だったか。それは固定電話を引くためだった。手続きを手とり足とり指南してくれた大学の学生課のスタッフが、「コーディチェ・フィスカーレを取得しないと、電話が引けない」と教えてくれた。「Codice fiscale」とは納税者番号のことである。納税者でもないのに要るのかと問うても、規則だから仕方がないという。筆者は、コーディチェ・フィスカーレという言葉を忘れないように何度も唱えながら、町外れにある税務署に赴いた。窓口で必要事項を記入し、パスポートを提示すると、署員が2つ折りの小さな紙製番号票を渡してくれた。そこには筆者の納税者番号がドットプリンター出力で記されていた。
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日本式との違い
納税者番号は、数字とアルファベットの16桁で構成されている。日本のマイナンバー(12桁)より4桁多い。
最初の3桁は姓に関連づけられている。アルファベット表記において1番目、3番目、4番目の子音が抽出される。筆者(OYA)のように子音の数が3文字未満の場合は、母音も混ぜてつくられる。
次の3桁は名前をもとに同様の方法で、アルファベットの羅列が生成される。
続いて生年の2桁、個別の誕生月を意味するアルファベット1桁、誕生した日だ。次のアルファベットと数字の4桁は誕生した自治体である。筆者は外国人なので国別に割り当てられたものだ。日本には「Z219」が割り当てられている。最後の1桁はチェックデジット(検査用数字)だ。
すなわち、末尾のチェックデジットの存在こそ同一だが、日本のマイナンバーが住民票コードから作為が分からない方法でつくられた数字であるのとは根本的に異なる。またイタリア式は、生年月日・出身地が分かるため、他人の番号を類推しやすい。納税者番号と、認証・本人確認用の携帯電話番号を知っていれば、かなりオンライン詐欺を仕掛けやすくなるのだ。目下のところ、歯止めとなるのは「他人の納税者番号を借用して虚偽の申告をした場合は、1年から5年の懲役刑が科される」という刑法のみである。
歴史をひも解くと、イタリア政府の納税者番号導入は、遠く1973年にまでさかのぼる。時の財務大臣の強い意向により、財務・税務行政の効率化を目指したものだった。発足と同時に、全国民および在住外国人に、自動的に割り振られた。なお新生児は、出生届が市役所に提出された段階で税務当局とひもづけされ、納税者番号が自動的に割り振られる。
後年、紙の納税者番号票はプラスチック製の磁気ストライプ入りカードに変わった。さらに2011年には、同様に2つ折りの紙製だった健康保険証と統合されたICチップ入りカードとなった。
納税者番号は各種納税や銀行口座の開設はもとより、購入・売却、運転免許の更新、保険など、自動車にまつわるほとんどの取引に際して記入、もしくはオンライン入力する必要がある。
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一本化への道のりは半ば
ただし、イタリア式マイナンバーカードと他の公的カードとの統合は、その後は進んでいない。納税者番号+健康保険証カード自体は、写真が含まれていないこともあり、身分証明書の役を果たすことはないのである。日常生活で利用するのは、医療機関と、医療費の還付がある薬局での薬品購入程度である。
個人を証明する必要がある際に最も求められるのは、内務省が発行している写真入りIDカードだ。宿泊施設を使う際にイタリア人・外国人を問わず求められるのはこちらである。筆者のように外国人の場合は滞在許可証カードも提示する必要がままある。さらにクルマを運転する場合は免許証(納税者番号の記入なし)が必要だ。したがって、筆者の場合、自動車で外出する際は、最低4枚のカードを携えることになる。日本は、どこまでをマイナンバーカードに置き換えるかの議論が盛んだが、イタリアの場合は導入から半世紀たっても1枚には集約されていないのである。
イタリアのデジタル推進庁は2020年、「イオ」と称するスマートフォン用アプリケーションを導入。行政手続きの合理化を試みた。しかし、利用にはダウンロードのほかに、認証IDを郵便局もしくは指定民間業者で取得する必要がある。その入力手続きの煩雑さは想像を絶するほどで、筆者もくじけそうになったくらいだから、高齢者などが利用するのは至難の業だ。アプリには前述の納税者番号+保険証カードが表示されるものの、いまだ使用できる場所は限られる。
イタリア政府によれば、QRコード付きデジタル運転免許証をイオに統合させる計画が進行している。早ければ2023年中に実現するというが、目下のところそれ以上の情報はない。ついでに言えば、保険証が紙からカードに変わったときもしばらくは双方を持ち歩くのが賢明だった。なぜなら、わがかかりつけ医はめっぽうパソコンに弱く、カードリーダーの導入にもかなりの時間を要したからだ。ゆえに、運転免許がアプリケーション化されても、当面は従来のカードも携行したほうが、検問などの際に面倒がなさそうである。
ナンバーを入力するだけで
ところでイタリアで自動車生活をしていると、もうひとつ情報共有されていて驚く番号がある。ずばり自動車の登録番号、つまりナンバープレート(以下ナンバー)だ。
自動車税のオンライン支払いのとき、州の公式ウェブサイトでナンバーと初回登録年を入力するだけで金額が表示される。
さらに、いずれも民間の
- 自動車保険(一括見積もりも含む)
- ディーラーや大手カー用品チェーンの整備部門による定期点検
- クルマ買い取り
といったサービスの見積もりも、ナンバーと一部情報だけで可能なのである。それらを入力するだけで、車種やモデル、年式、馬力からグレードまで勝手に画面上に表示される。正直なところ、慣れないころは薄気味悪かった。
データを管理しているのは「PRA(自動車登録機関)」と称する公共機関である。その始まりはイタリアが王政かつファシスト政権下にあった1927年にまでさかのぼる。以来、自動車税の徴収業務など公的機関としての性格が強い「ACI(イタリア自動車クラブ)」と事実上一体の組織として存続してきた。このPRAが持つデータが、広く民間企業にも活用されているのだ。
一般ユーザーも、PRAに情報提供をオンライン申請できる。調べたいナンバーと四輪・二輪・トレーラーの種別を入力すると、約2時間後に氏名(リースの場合は使用者)、納税者コード、住所、法的な状態(ローン、保証金など)、車台番号、排気量、ブランド、車種、残存価格のデータが送られてくる。個人の申請は一件につき、税込み13.6ユーロ(約2200円)を要する。自動車売買における車両情報の確認や、交通事故の際の相手方の特定に有効であるとうたわれている。
日本でも陸運支局や車検登録事務所で、ナンバーをもとにクルマの所有者情報を請求できるが、請求理由の明示など個人情報保護を目的とした策が厳格化されている。対して、イタリアにおけるナンバーからの情報検索は甘い。
それに困っているのは中古車販売店だ。以前、知人のセールスパーソン、マッシミリアーノ氏のもとを尋ねたときのこと。中古車検索サイトに掲載するための自動車を撮影し終わった本人に「お疲れさま」と声をかけると、「次はナンバーの画像加工をしなきゃ」と言った。委託販売として預かった車両の場合、「サイトの閲覧者がナンバーから現オーナーを割り出して、先に直取引してしまうんだ」と教えてくれた。
突然「誕生日祝い」の不思議
イタリアの納税者番号に話を戻せば、筆者の個人情報を意外なかたちで“流用”されてしまったことがある。
10年ほど前、あるイタリア人から「ブォン・コンプレアンノ!(誕生日おめでとう)」と、弾んだ声で電話がかかってきた。インターネットを通じた顧客情報収集が今日ほど進んでいなかった時代ゆえ、どこから筆者の誕生日を知ったのか不思議だった。加えて、宣伝らしきトークは一切なかった。
思い起こせば、彼がフロントを務める正規自動車ディーラーのパーツセンターへ、小さな部品をふらっと買いに行ったことがあった。その際、正式な請求書を発行してもらうにあたり納税者番号を告げた。彼はそこから、筆者の誕生日を知ったのだ。
そればかりか彼は、同様に納税者番号から、筆者の出生地が日本であることも把握していた。この個人情報運用は、日本だったら即刻、『朝日新聞』の「声」欄で取り扱う案件になりかねない。
だが、以来熱烈な日本ファンである彼の家に呼ばれるようになり、たびたび彼の家族と夕食を共にするようになった。後年、彼らは心機一転すべく別の地へ旅立っていったが、今思い返すと愉快な思い出である。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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