マセラティMC20チェロ プリマセリエ ローンチ エディション(MR/8AT)
これは目が離せない! 2023.08.14 試乗記 新世代マセラティの象徴たるスーパースポーツ「MC20」のオープントップバージョンに試乗。その走りはフェラーリやポルシェ、マクラーレンなどとはひと味ちがう、独自のドライビングプレジャーに満ちていた。空にこだわるスーパースポーツ
MC20は「100%メイドinモデナ、100%メイドinイタリー」をうたう。親会社の旧フィアット・クライスラー・オートモービルズがフェラーリとたもとを分かったことを受けて、新生マセラティの象徴として、MC20は開発された。フェラーリの本拠もマセラティと同じモデナ県なのだが、冒頭のキャッチフレーズは“全身がマセラティ自社開発”を意味する。
もっとも、MC20が最初のクーペと今回の「チェロ」、そして電気自動車版の「ファルゴーレ」を同時並行で開発されて、しかも24カ月という短期間でカタチになったのは、クルマの核心となるカーボンモノコックの設計や空力の開発を、レーシングコントラクターにして開発請負会社でもあるダラーラが分担したからでもあろう。ちなみに、ダラーラの本拠はモデナ県の隣のパルマ県だから“100%メイドinモデナ”は誇張ありでも“100%メイドinイタリー”は、まあ正しい。
オープン仕様のMC20の呼称が「スパイダー」ではなく、イタリア語で空を意味する「Cielo=チェロ」なのは、片道12秒で開閉する電動リトラクタブルトップに加えて、クローズド状態でも“空”を楽しめる特殊なガラストップを備えるからだ。このガラストップはPDLC=高分子分散型液晶になっており、通常の曇りガラス状態から一瞬にして透明に変わる。
そんな追加機能があっても、アルカンターラとカーボンで包まれたインテリアに追加のハードスイッチはないのが、いかにも今っぽい。トップ機能(と電動リアウィンドウ)の操作はすべてセンターのタッチパネルでおこなう。リトラクタブルトップの開閉は「スパイダー」モード、ガラストップ透過率の切り替えには「チェロ」モードなる呼称が与えられている。リトラクタブルトップは50km/hまでなら走行中も開閉可能だが、けっして大きくはないタッチパネル上のポイントを、走行中に指先でぴたりと差し当てるのは練習が必要かも……。
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“ハレのクルマ”には難もある
オープン時にトップを格納するチェロの車体後半部には、乗員の頭部を保護するかのように、2つのフェアリングが形成される。最新のおちょぼ口グリルは「A6GCS/53」や「ティーポ61」といった1950~1960年代の名レーシングスポーツカーを想起させるものだから、このクラシカルな出っ張りがよく似合う。
さらに、MC20最大の特徴であるバタフライドアは、チェロでも当然ながら健在である。こうした上に開くドアは本来、せまい場所でも全開にできて、高くて幅広いサイドシルをまたぎやすいのがメリットだ。ダラーラによるバスタブ型カーボンモノコックは、この種のものとしてはサイドシルが低く、乗降性良好なのが美点だが、バタフライドアは開閉時に左右スペースにも余裕が必要でもある。なので、せまい場所での乗降ではドアが上がりすぎないように手で支えながらその下から潜り込む……と、なかなかのアクロバットが強いられる。ただ、これなら一般的な横開きスイングドアのほうが合理的では……という冷静な指摘は、この種のスーパーカーにはヤボというものだ。
バスタブ型カーボンモノコックはもともと屋根の有無による剛性変化が少ない。しかも、MC20チェロは要所ごとにプリプレグ(=樹脂をしみ込ませた炭素繊維)の積層を増やして剛性を確保しているという。これは本物のドライカーボンによるハンドメイドに近いモノコック(それを製造するTTAアドラー社もイタリア企業)ならではの利点だろう。
それもあって、MC20チェロに単独で乗っているかぎり、ミシリといった低級なノイズや振動はまるでなく、どこぞのスチールモノコックのオープンカーのような剛性が明確に落ちた感覚はほぼない。まあ、トップを開け閉めしながら丸一日も試乗すると、オープン時は前輪に後輪がわずかに遅れて追従する感覚もなきにしもあらずではある。しかし、トップをクローズにすれば、一気に前後一体感のあるリニアなハンドリングとなる。
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刺激に満ちたパワーユニット
現在のマセラティには2種類のエンジンがあるが、どちらも類例のあまりない新機軸を売りとする。直列4気筒の最大の新機軸が「eBooster」だとすれば、このマセラティ自社開発という3リッターV6ツインターボ=通称「ネットゥーノ」のそれは、メイン点火プラグの周囲にある小さな副燃焼室=プレチャンバーである。プレチャンバー自体は現代のF1エンジンでは常識だそうだが、市販エンジンでの採用例は、このネットゥーノが世界初とか。
プレチャンバーの効能のひとつにノッキング限界の高さがある。実際、ネットゥーノの圧縮比はこのハイパワーターボエンジンらしからぬ11.0という高圧縮比で、高性能と高効率をねらっているのだろう。3リッターで630PS、730N・mという最高出力・最大トルクは現代の市販過給エンジンでも、トップ中のトップクラスのハイチューンというほかない。
実際、ネットゥーノは率直にトルキー、かつすこぶるパワフルなエンジンだ。3000rpmあたりから十二分なパンチを繰り出してくれるだけでなく、5000rpm付近から明確に伸びて、8000rpmという超高回転まで回り切る。そこにこれ見よがしの抑揚はないが、いかにも“仕事ができる”感が頼もしい。
その排気音もかつてのV8のように響きはしないものの、その回転フィール同様に、緻密で身の詰まった理性的な最新レーシングサウンドとでもいうべきか。これはこれで個人的には快音と思う。とくに排気システムが完全開放となる「コルサ」モードでは、その乾いた排気音に実の詰まったメカニカル音、そこにパシューン! パシューン! ……というド派手なブローオフバルブ音が加わって、素直に迫力満点だ。
もっとも、そのコルサモードは耳にはすこぶるつきの快感である反面、スロットル特性はちょっと“即開け”すぎの感がなきにしもあらず。過渡域も含めてネットゥーノを深く味わいたいなら、その下の「スポーツ」モードがいい。
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他ブランドのとはちがう味
キャビン内に届くエンジン音は、今どきのクルマらしく、スピーカーの加音効果もかなり大きい。しかし、リトラクタブルトップを開けたときの突き抜けるような自然なサウンドを一度でも耳にすれば、あえてチェロを選ぶ甲斐もあったと思えるだろう。
そんなチェロも含めたMC20の乗り味を端的に表現するなら、とても素直で乗りやすい。これだけ速いミドシップだから、限界領域はプロの世界だが、その一歩手前まではアマチュアでも怖さはまるでない。ソフトな「GT」モードなら乗り心地は望外に快適で、高速域になると明らかにダウンフォースがかかった安定感が出る。コーナー出口でアクセルを踏み込むと、LSD効果もあってグッと蹴り出すトラクション性能にも不満はない。MC20はとにかく論理的によくできたスポーツカーだ。
ただし、パワーステアリングはどのモードも接地感が少々希薄でバーチャル感は否めず、たとえばマクラーレンやロータスのような“生ステ感”には一歩およばない。また、ハードなコルサモードは、箱根のような道で滑ったり跳ねたりするわけではないのだが、路面感が希薄でちょっと緊張感がある。コルサは基本的にサーキット用といわれればそれまでだが、これがポルシェあたりだと、いちばん硬いモードでも濃厚な接地感があり、スリップリーなワインディングでも楽しめる。
マセラティの本格量産ミドシップスーパーカーといえば、それこそ1970~1980年代の「ボーラ」や「メラク」以来(2004年発売の「MC12」の販売台数はわずか50台前後)で、ほぼゼロから歴史を刻んでいくMC20は、これから生きた道や口うるさい顧客に揉まれて、急速に熟成されていくのだろう。
現時点でもエンジンやシャシーの基本能力の高さは明白。フェラーリほど開けっぴろげでなく、ランボのようなドイツ資本臭(?)もせず、どこかバックヤードの伝統がただよう英国マクラーレンともちがうマセラティ味が、どんどん醸成されていくことに期待したい。
(文=佐野弘宗/写真=山本佳吾/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
マセラティMC20チェロ プリマセリエ ローンチ エディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4670×1965×1215mm
ホイールベース:2700mm
車重:1750kg
駆動方式:MR
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:630PS(463kW)/7500rpm
最大トルク:730N・m(74.4kgf・m)/3000-5750rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 96Y/(後)305/30ZR20 103Y(ブリヂストン・ポテンザ スポーツ)
燃費:--km/リッター
価格:4438万円/テスト車=4438万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:3168km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(6)/山岳路(3)
テスト距離:439.9km
使用燃料:93.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:4.7km/リッター(満タン法)/2.9km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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