レンジローバー・スポーツSVエディションワン(4WD/8AT)
全能なるSUV 2024.03.16 試乗記 走りが自慢のプレミアムSUV「レンジローバー・スポーツ」に、“レンジローバー史上最速”をうたうハイパフォーマンスモデルが登場。限界に挑戦したというその仕上がりを、サーキットを含むポルトガルのさまざまなステージで試した。並のV8モデルじゃない
ジャガー・ランドローバー(JLR)は今、ブランド戦略を再構築しようとしている。近い将来の劇的な変化に備えてのことなのだろう。
クルマ好きにはぜひとも知っておいてほしいのだが、JLR(発音的にはほとんど“ジェラー”に聞こえる)という会社には今、事実上“独立した”ブランドが4つある。ジャガー、レンジローバー、ディフェンダー、ディスカバリーである。
何が変わったの? ランドローバーはどうなったの? これまではランドローバーというバッジのもとに「ディフェンダー」や「ディスカバリー」、「レンジローバー」があり、さらにレンジローバーの下にはほかに「イヴォーク」や「ヴェラール」などがあった。
ところが今後は先に挙げた4つのブランド名(ジャガー/レンジローバー/ディフェンダー/ディスカバリー)がそれぞれ同格に存在することになり、別個のマーケティング活動を行うという。ジャガーは先行してさらに高級な電動ブランド路線を突き進み、旧ランドローバー系の3モデルはそれぞれの特性を生かしたモデル開発とブランド戦略を採っていく。
寂しいかな、ランドローバーのバッジが特定のモデルに使われることは、しばらくなさそうだ。会社名に残るのみ、だそうである。
というわけなので、もはや風前のともしびとなったマルチシリンダーエンジンの搭載も、例えばレンジローバーとディフェンダーとではまるで異なる戦略を採っている。ディフェンダーには5リッタースーパーチャージドの自社製V8エンジンを積んだ。ところがレンジローバーのV8はというとBMW製の4.4リッターツインターボだ。ブランドの個性に応じてパワートレインを選んでいるのだった。
そうなるとレンジローバー・スポーツの高性能版である「SV」にも当然ながら、BMW製のV8が積まれることになる。しかもそれはなんとS63エンジン! つまりBMW M謹製のユニットであり、基本的に「M5」や「X5 M」などに積まれているエンジンと同じもので、BMWエンジンのなかでもハイスペックかつ特別なV8だ。
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「AMG」や「M」のように
レンジローバーの販売上のピラーモデルは今やレンジローバー・スポーツらしい。およそ半数を占めていて、いわゆる「レンジローバー」は12%程度。そのほかをヴェラールとイヴォークが分け合うという販売構造になっているという。
“レンスポ”のなかでも先代スポーツに存在した高性能版グレードの「SVR」は、レンジローバー・スポーツのイメージを劇的に引き上げた人気モデルだった。筆者もそのデビュー時に衝撃を受けた記憶がある。かなり困難なオフロードを走り抜いたその足で(下まわりを洗ったのち)サーキットを豪快に攻めることができたからだ。それが今から10年前のことだった。
2023年7月に日本でも披露されたレンジローバー・スポーツSV。その「エディションワン」は全世界2500台の限定で、日本へはわずかに75台がやってくるにすぎない。もちろんすでに完売御礼だ。
レンジローバー・スポーツSVは、前述したSVRの事実上の後継グレードである。なぜRを取ったのか? 実はSV(スペシャルビークルオペレーションズ)という特別なブランドをAMGやMのように確立するための戦略のようだ。レンジローバーの各モデルにはそれぞれに個性がある。
その個性(レンジローバー・スポーツなら性能)、をさらに引き上げたモデルというのが“SV”の位置づけなので、「レンジローバーSV」といえば超高級ラグジュアリー路線のグレードであり、レンジローバー・スポーツSVといえば従来のSVRと同じくスポーツ性能を著しく引き上げたグレードということになる。ちょっとややこしい話かもしれないが、今後SVといえば各モデルの理想を追求した最上級グレードであると考えればよさそうだ。
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見た目からして強烈
レンジローバー・スポーツSVの詳細はwebCG編集部ほった君による2023年のリポート(参照)がわかりやすい。読み返すのは面倒だという方のために簡単におさらいしておこう。
まずは前述したエンジン。マイルドハイブリッドのS63B44エンジンが振り絞る最高出力はなんと635PS! 本家モデル群を上回るスペックである。カーボンパーツをたらふくおごったエクステリアも特徴のひとつ。なかでも23インチのカーボンホイールや専用デザインの巨大なブレンボ8ポッドフロントブレーキ、カーボンセラミックローターといったパフォーマンス面での見栄えがすさまじい。
性能面においてエンジンとともに白眉(はくび)というべきポイントが「6Dダイナミクス」と呼ばれるアクティブエアサスペンションシステムだ。高性能SUV専用に開発されたピッチ&ロール制御付きの油圧連動式アクティブサスである。
そしてもうひとつ、性能とは関係ないけれど筆者の(そしてほった君も)お気に入りのアイテムが「ボディー&ソウルシート」という音響システムで、これについては後述したい。
まずはレンスポSVの乗り味から報告しておこう。今回の国際試乗会はポルトガルでの開催となったが、近年まれにみる“おもてなしプログラム”で、かなり事務的になりつつあるドイツプレミアム勢とは一線を画す。ブランドのこだわりがホテルやレストランのチョイス、コースの設定など随所に表れていた。
テストそのものも一般道や高速、そしてオフロードはもちろん、10年前と同様にサーキットでも走るという、たっぷり2日間のプログラム。しかもサーキット走行の舞台はアルガルヴェとくればスーパーカーのテストではおなじみで、筆者も大好きなコースのひとつである。
クリスチャン・ルブタンがプロデュースするホテルからカーボンホイールを履いた「カーボンブロンズ」というマットカラー(それだけで+300万円という計算になる)のSVエディションワンで走りだす。ポルトガルの田舎道は凸凹も多く、ホイールをすりゃしないかと気になってしょうがない。けれどもものの数分もしないうちにその運転しやすさに気づいてしまうと、もうそれっきりカーボンホイールの気がかりなどすっかり忘れてしまった。
とにかくアシの調子がいい。自転車用のように大きくて、スーパーカー用のように薄いタイヤとは思えない乗り心地の良さで、とてもキレイに転がっていく。ちなみにタイヤは「ミシュラン・パイロットスポーツ」の「オールシーズン4」だった。もちろん「LR(ランドローバー)」の刻印入りだ。
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まるでFRスポーツカー
ステアリングフィールも軽すぎず重すぎず、タイヤの存在感をほどほどに伝えるといったセッティングで、とても扱いやすい。思いどおりに動かせるという感覚と、“SUVならでは”な高い視線とが相まって、どんな場面でも(それこそオフロードでも)自信を持って進んでいけた。その間、S63エンジンといえば、ノーズの先で猫をかぶって喉を鳴らすだけだ。
ちょっとしたカントリーロードも結構なペースでクリアする。6Dダイナミクスの効果はもうすでにテキメンで、フラットライドを自然に、心地よく楽しむことができる。ピッチはほぼ皆無、ロールはというと体への伝わり方が不自然にならない絶妙な“遅れ”とともに打ち消してくれる。フラットでありながらタイヤの位置や傾きが手に取るようにわかるから、安心して両手と右足の操作を続けることができた。
もちろん、その真骨頂はサーキットで発揮される。タイトベントの姿勢などはもはやFRの大型スポーツカーのようで、腰が常に曲がりたい方向と逆向きに沈み込む感覚があって、ひたすら体を任せやすい。エイペックスを過ぎてからは出口に向けて尻と腰とが心地よく押される感覚すらあった。サーキットで今、最も楽しいSUVだろう。同じエンジンを積む「BMW XMレーベル」あたりとは、トラック性能への考え方にツーリングカーとフォーミュラーカーほどの違いがあると思う。もちろんツーリングカー的な走りを見せるのがレンスポSVだ。
まさかカーボンホイールをおごった仕様でオフロードに行くことはあるまい。けれどもそこはレンジローバー、10年前のSVRと同様にオフ走行にも挑戦した(使用する個体にはカーボンホイール非装着でホッとした)のだが、予想どおり、四肢はクモのように動き、走行制御はクロカンドライバー不要の上出来で、“ランドローバー”としての基本の機能を忘れるような裏切りはなかった。
「ポルシェ911」や「ランボルギーニ・ウラカン」といったスポーツカーまでもがラフロードを走る時代である。オフ走行の本家本元というべきランドローバーとレンジローバーが、その本分を忘れることなど決してないというわけだ。
最後に、走りながら体験したボディー&ソウルについて報告しておこう。シートにおさまった体全体が音楽に合わせてリズムよく動くことによって、神経がより研ぎ澄まされていくように思った。より運転への集中力が増すのだ。エンタメ装備であると同時に、アクティブセーフティー的な機能を果たしている。ちなみに、筆者が大音量で鳴らしてみたのはメタリカの最新アルバム「72シーズンズ」であった。
(文=西川 淳/写真=ジャガー・ランドローバー/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
レンジローバー・スポーツSVエディションワン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4970×2209×1814mm
ホイールベース:2998mm
車重:2560kg
駆動方式:4WD
エンジン:4.4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:635PS(467kW)/6000-7000rpm
最大トルク:750N・m(76.5kgf・m)/1800-5855rpm
タイヤ:(前)285/40R23 111Y/(後)305/35R23 114Y(ミシュラン・パイロットスポーツ オールシーズン4)
燃費:11.7-12.5リッター/100km<8.0-約8.5km/リッター>(WLTPモード)
価格:2474万円/テスト車=--円 ※価格は日本仕様車のもの
オプション装備:--
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロード/トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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