伝統のモデルと新規のモデル、開発するならどっちがいい?

2024.03.26 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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自動車開発の現場では、何台も続いた歴史・伝統のあるモデルと、完全新規でつくられるモデルがあると思います。多田さんだったら、どちらの開発を担当したいですか? それぞれの難しさや魅力を教えてください。

それぞれ良しあしがあって、どちらを好むかは人によりますが……私なら、もう明確に「新規のモデルを担当したい」ですね。

まず伝統的なモデルの開発について魅力的な点を挙げるなら、それは資金的なことです。こうしたモデルはある程度の販売数が担保されているので、開発のためのお金が使える。結果的に、コストのかかる新技術が試せるようになり、新しい装備も採用できる。関連の部品メーカーからも、例えば「これは次の『カローラ』で使ってみては?」などという提案がきます。彼らも伝統的なモデルであれば次の展開がイメージしやすいから、そうしたことができるわけです。

これが完全新規の車両開発になると、そうはいきません。まず自動車メーカー側が部品メーカーに「こういう部品をつくってもらえませんか?」と問い合わせ、協力をあおぎつつ手間をかけて実現を目指すことになります。

一方、伝統車開発のイヤなところは、トヨタでいうなら「カローラ」や「クラウン」はこうじゃないといけないという決まりごとがある、という点です。なのに、変えなきゃいけないという使命もある。だから必然的に、歴代のチーフエンジニアをはじめ社内の人から「ああせい、こうせい」と散々言われながらの仕事になるわけです。

そういうことは、おかげさまで(新規開発車だった)「86」では一切ありませんでした。

その86はいまや“初代”になり、2代目にあたる「GR86」があるわけですが、私としては、後継モデルについて「ああしろ、こうしろ」という要望はありません。あくまで感想ですが、2代目についていうなら、私がつくった初代など意識せずにもっとクルマを変えてほしかった。初代の要素を引き継ぎすぎているのではないか、という印象はありますね。

スポーツカーというのは「プラットフォームをどうするか」が一番のキモであり開発の醍醐味(だいごみ)なんです。今の自動車は、新しいプラットフォームを開発すると2回(2代)くらいは同じものを使うという暗黙のルールみたいなものがあります。それを覆すのは大変で社内でも軋轢(あつれき)を生みますが、そこをあえてチャレンジするのが大事だし、やらないとスポーツカーを新しくする意味がない。

GR86も日産の新型「フェアレディZ」も、今回の質問でいうところの「歴代のクルマの影を引きずってつくっている」感じで、「つくっている当人にしてみれば、おもしろくないところもあるだろうな……」などと思ってしまいます。

伝統のモデルも新規のモデルもどっちもどっちといいますか、車両開発は同様に大変ではあるのですが、せっかくクルマをつくるのだから「新しく、大きく変えて、世の中にその是非を問いたい」というのが、私の希望であり夢なのです。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。