自動車開発の“意外な専門職”とは?

2024.05.21 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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自動車メーカーには、スイッチ操作の感触だけをとことん研究・追求している人がいると聞いたことがあります。そのように、社外の人が知らないであろう、意外な専門家や開発部隊というものがあれば、ぜひ聞かせていただきたいです。

トヨタに限らず、新車のPRで「これだけこだわりを持ってつくっています!」ということを説明するために、そういうエピソードを紹介することはありますね。

内装をはじめ、品質を上げるための専門部署をつくって著しい成果をあげたブランドとしてはアウディが思い浮かびますが、今や世界中のメーカーが同じことをやっています。人間の視覚・聴覚・触感などにかかわるところを突き詰める専門スタッフをそろえ、車両開発にあたっているのです。

トヨタの例で、皆さんにあまり知られていない“意外な専門職”を挙げるとしたら、やはり「特異環境担当者」、略して「特環(とっかん)」でしょう。

特殊な条件下でのクルマの耐久性をテストするというのが主な仕事で、例えば「極寒の南極と灼熱(しゃくねつ)の砂漠を交互に走らせたらどうなるか?」みたいなことを試しています。ご想像のとおり、それだけ差のある温度変化にさらされた機械にはとんでもないストレスがかかり、あちこちひずんだり壊れたりする恐れがあるわけです。

そして、「そういう試験をするための“条件”を世界中に探しに行く専門スタッフ」もいます。試すからには、製品開発のうえで有効なテストでなければならないので、この役目は重要なんです。

クルマのユーザーは、製品の特性上さまざまなところに移動していきますし、気象条件をはじめとする周辺環境も変わっていきます。そうした条件の組み合わせにより、常に新たな問題が生じてくる。実際に市場でどんなトラブルがあったのか。それはどういう要因が合わさって起こったのか……。それを探求する“珍獣ハンター”みたいな仕事をしている人が、実際にいるのです。

一方で、トラブル対策のやり過ぎというのは、メーカーにとって、さらにはユーザーにとっての不利益につながります。

例えば、車両生産の現場においては、通常ではとうていユーザーの手が届かない位置にある鉄骨のバリを(万が一、手を傷つけてしまうことのないように)、特別な生産ラインに通して丸める(あるいはカバーを付けておく)、なんて例がたくさんあります。過去に一度でもトラブル事例があった以上は、割に合わないと思えることでも継続せざるをえない、というわけです。

前述の厳しい条件下での試験についても、そうした厳しいテストのおかげで製品のクオリティーが上がっているのは事実だとしても、過ぎれば「ムダなコスト」になってしまう恐れがあります。さらに、対策結果として「車両重量の増加」を招く可能性もある。ただでさえ電動化その他でクルマが重くなりギリギリの状況にある今、これ以上の車重アップは避けたいところです。

そうした点で“行き過ぎ”があれば戻し、適正化するというのは、ユーザーメリットの観点から、実は極めて大切なことなのです。実際、各自動車メーカーは状況を改善しようと一生懸命取り組んでいるはずですが、正しい下げ幅を見極めるのは基準を厳しくするよりもはるかに難しく、ややもすると責任問題になりかねないため、大変困難な課題になっています。

これもまた、専門の部署やスタッフを用意して取り組んでいくべき、重要なことがらだと思います。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。