第269回:世界は崩壊した……改造マシンが砂漠を駆ける!
『マッドマックス:フュリオサ』
2024.05.30
読んでますカー、観てますカー
女戦士誕生の謎が明かされる
今回の主人公はマックスではない。『マッドマックス:フュリオサ』というタイトルでわかるように、女戦士フュリオサの物語である。スピンオフという位置づけに見えるが、2015年の前作『マッドマックス 怒りのデスロード』でもフュリオサが主役のマックスより強い印象を残していた。だから、新作がフュリオサをメインに据えたことに誰も違和感を抱かないだろう。
シリーズ第1作の『マッドマックス』が公開されたのは1979年。1981年の『マッドマックス2』、1985年の『マッドマックス/サンダードーム』と続いてシリーズは終了したかに思われたが、30年の時を経て70歳のジョージ・ミラー監督がぶっ放したのが『デスロード』だった。老境とか円熟とかの言葉とは無縁の激走バイオレンス映画で、世界中の『マッドマックス』ファンが狂喜したのだ。『フュリオサ』は単独作としても十分に楽しめるようにつくられているが、サーガの流れを知りたい方は『デスロード』の記事で概観しておいたのを参照してほしい。
新作ではあるが、『デスロード』制作時にはすでに『フュリオサ』の脚本があったのだという。彼女がどこから来て何をしようとしているのか、並外れたドライビング技術と戦闘能力を有しているのはなぜなのか、左腕が機械の義手になっている理由は……等々の疑問についてスタッフとキャストが共有しておく必要があったからだ。もちろん、それらの謎は新作ですべて明らかにされる。
“緑の地”から連れ去られた少女
『デスロード』でフュリオサを演じたのはシャーリーズ・セロンである。坊主頭で額に黒いオイルを塗った姿は超絶カッコよく、冷徹な心と鋼鉄の意志を持つ戦士には彼女しかないと思えるキャスティングだった。しかし、今回は若い頃のフュリオサなので、再演するのは無理がある。新たに起用されたのがアニャ・テイラー=ジョイだ。その手があったか! ジョージ・ミラー監督の透徹した鑑識眼に感謝したい。大正解である。
アニャが若手最注目の女優であることは衆目の一致するところだ。Netflix配信の『クイーンズ・ギャンビット』で注目され、映画『ラストナイト・イン・ソーホー』や『ザ・メニュー』でも見事な演技を見せた。いずれの役も、強い女ということでは共通している。相手を射抜くような目ヂカラがあり、ただのかわいい女なんて似合わない。
『デスロード』がわずか3日間の出来事を描いたのとは対照的に、『フュリオサ』は15年間という長い時間のストーリーだ。フュリオサの10歳から26歳までということになる。さすがにアニャが10歳というのはおかしいので、少女期は子役が演じている。それがアリーラ・ブラウンで、幼いながらまなざしには鋭さが宿り、口の形がアニャとそっくりだ。彼女の今後にも期待しかない。
映画の冒頭で、少女フュリオサがバイクに乗った野卑な男どもに連れ去られる。母が後を追って連れ戻そうとするが、相手が悪かった。マッチョな独裁者ディメンタスが率いるバイカー軍団なのだ。とらわれの身となったフュリオサは、「必ず故郷に戻る」という母との約束を心に刻んだ。『デスロード』で彼女が帰還を目指した“緑の地”である。世界が崩壊して無法地帯となったウェイストランドとは別世界で、豊富な水があり風力発電を行っている。コミュニティーでは民主的な手続きで物事が決められているらしい。
筋肉とぬいぐるみ
ディメンタスを演じるのは“マイティ・ソー”ことクリス・ヘムズワース。筋肉パワー全開ではあるが、どこかかわいげがある。ワイルドな衣装をまとっているのに、いつもクマのぬいぐるみを身に着けているのだ。『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』という映画があったが、優しいだけでなく心に傷を負っているのかもしれない。暴君役がハマっているが、実際のクリス・ヘムズワースはフェミニストで環境派である。
ウェイストランドには3つの拠点がある。砦(とりで)とガスタウン、弾薬畑だ。それぞれが水と食料、石油、武器を供給し、三角貿易で微妙なバランスが保持されている。ディメンタスは圧倒的なパワーですべてを手に入れようとする。砦を襲撃し、イモータン・ジョーに勝負を挑む。自信満々だが、彼の思いどおりにはならない。砦には命知らずのウォーボーイズが972人も集っているのだ。彼らにとって死は最高の名誉である。
フュリオサは男のふりをして生き延び、クルマの製造や整備をするなかで技術を磨く。母の仇(かたき)を討って故郷帰還を実現するために、息を潜めて機会をうかがうのだ。次第に頭角を現し、イモータン・ジョーの信頼を勝ち取る。
馬の代わりの星型エンジン
今回もさまざまな改造マシンが激烈なチェイスを繰り広げる。撮影に使われたのは自動車35台とバイク110台。崩壊した世界ではありものを改造して使うしかないので、ノーマルなモデルは1台もない。ガソリンを運ぶ戦闘車の「ウォータンク」は前作からさらにパワーアップ。「ケンワース」の900シリーズを改造して最強のヘビーデューティートラックに仕立てた。公開されているスペックによると、2780N・mのトルクを誇るモンスターである。
フュリオサが乗る「プリムス・ヴァリアント」や六輪オフロードトラックの「シックス・フット」などの魅力的なマシンが砂漠を激走し、まるでダカールラリーのようなサバイバルレースが展開される。なかでも今回の目玉はディメンタスが操る「チャリオット」だろう。もとは古代オリエントの戦争で使われた戦闘用馬車のことである。二輪か四輪の装甲車に兵士が乗り、何頭もの馬で引っ張る。映画では『ベン・ハー』の戦車レースが有名だ。
ウェイストランドでは、バイクが馬の代わりを務める。当初の提案では「BMW R18」を2台使うことになっていたが、ジョージ・ミラー監督は物足りないと感じてしまう。中央に航空用のロテックの星型7気筒R2800エンジンを配したバカでかいマシンを置くことで、ディメンタスの底知れぬパワーと欲望を表現したのだ。『マッドマックス2』で活躍したものに似たジャイロコプターも登場し、バイクからパラグライダーが飛び立つ。2次元のカーチェイスから3次元の空中戦へと進化した。工夫をこらしたアクションで、観客を最後まで飽きさせない。
娯楽作として極上の出来であるが、この映画は別の角度から読み解くこともできる。崩壊した世界=『リヴァイアサン』的な混沌(こんとん)から権力が発生する過程を描いているのだ。時を同じくして公開されている『猿の惑星 キングダム』でも同様なテーマが扱われていた。2大レジェンドシリーズの最新作が思わぬかたちで共鳴していることに驚嘆する。何かの予兆でなければいいのだが。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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