多田さんの「燃料電池車は主流になりうる」説の根拠とは?
2024.07.16 あの多田哲哉のクルマQ&A多田さんは時々、「将来メジャーになる可能性の高い車種」として燃料電池車(FCV)を挙げていますね。それはなぜですか? 私には、少数派の意見のようにも思えるのですが……。現在のさまざまなパワーソースのなかではマイナーに見えるFCVに期待を寄せる理由を聞いてみたいです。
いろいろな技術の将来性をテーマにしたQ&Aは、いままでもいくつかありましたね。将来性でいうならば、「物理の原理原則に立ち返って考えると、最終的にはその原則に近いものが残る」ということを歴史が証明しています。
その点FCVは、エネルギー効率が内燃機関に比べてはるかに高いというのが大きい。例えば、ガソリンエンジンで燃料から最終的に駆動力として取り出せるエネルギーは15%ほどといわれますが、FCVだと30%以上。そういう基本的な長所があります。
自動車の世界でFCVがなかなか広まらないのは、水素の取り扱いにくさがネックになっているからです。そのため、チャージする場である水素ステーションが増えないという致命的なことになっている。安心して搭載・使用できる水素タンクを開発するなど、車体に取り込む術(すべ)までは確立したのに、です。
現実的にはこのように、FCVがいい悪いという以前の問題になっていて、国策として本気でインフラ整備をやるのかどうかにすべてがかかっています。
もし、これが世界中に広まっていったなら、環境問題的にはベストな解決策となるのは間違いありません。しかし、そこにはまた、各国の思惑もあるのです。FCVが世界標準になれば、トヨタ、そして日本がイニシアチブをとることになるわけで、それは欧米や中国にしてみれば看過できることではありません。なにがなんでもそっちに行ってもらっちゃ困る! という力学も働いているのです。
トヨタのFCV技術についていえば、ちょっと早すぎたともいえるでしょう。私が「GRスープラ」の開発でBMWとかかわっていたころは、ちょうどトヨタが燃料電池の技術でもBMWと協力関係を結んだ時期でしたが、当時、社内の担当者に話を聞いたところでは「(BMWサイドに)一生懸命ノウハウを教えても、特に生産技術の分野でついてこられない。『そんなの設備的に無理だ』と言われてしまって話が伝わらない」などと残念がっていました。
不幸なことに、トヨタだけが他社に対して2歩も3歩も先に行ったために周りがすっかり引いてしまって、「これは今後、トヨタに牛耳られてしまうぞ」という思いも生じたのでしょう。なにやら「あんなのはダメだ」という論調になってしまいました。これこそが自動車のような、国の経済を左右する産業の難しいところです。
日本の切り札といってもいい技術なのに、本当にもったいない。あるいは日本の政治家がもっとうまく立ち回ってくれれば……などと、いろいろ思いは巡ります。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。