「わくわくドキドキするクルマ」って何ですか?
2024.08.27 あの多田哲哉のクルマQ&Aかつて多田さんは、「『なんだかクルマがつまらない』のはどうしてか?」という質問に対して、「皆さんがわくわくドキドキするのはどんなクルマですか? そのために何が必要だと思いますか?」と逆に問われました。読者からの反応を受けての考えを聞かせてください。“わくわくドキドキするクルマ”は、この先つくれるのでしょうか?
読者の皆さま、想像を超えるたくさんの回答をお寄せいただきありがとうございました。読むだけでも大変という分量でしたが(笑)、すべて、じっくり拝読いたしました。
それらの意見をうかがって、あらためてよくわかったのは、わくわくドキドキするクルマというのは、ただそのとおりつくればいいという単純な話ではないということです。それは、個々の方の自動車遍歴などさまざまなバックグラウンドに基づくものであり、実に千差万別。ある人にとっての理想のクルマが、別の方には最悪のクルマだったりする(苦笑)。そうしたニーズをひとつのクルマに昇華するのは難しい時代なのだなぁと実感した次第です。
同じ課題には、自分が「トヨタ86」の企画をスタートするときも、はじめの段階で直面しました。「自分たちがわくわくするスポーツカーとは何か」ということを知るために、1年ほどの時間と手間をかけて、世界中で催されるクルマのファンミーティングや走行会などに出向き、調査・ヒアリングを行ったのです。
そこでもやはり参加者の意見は個々に違っていて、「(スポーツカーの理想像をまとめることは)とても無理だ……」という話になったのですが、企画としてたどり着いた案は「クルマの最終形がどうなるかはお客さまに任せるべき」「(そのためにつくり手は)極力カスタマイズしやすいクルマを開発しよう」ということでした。
しかし、当時はユーザーがクルマをいじるなんてことはご法度で、どのディーラーも「カスタマイズしたら保証はしない」と強く言っていた時代です。「やっぱり実現できるわけがない」「合法の改造ができるとしたらそれは何か」という議論になり、結果、「AREA(エリア)86」という86を専用に扱うコーナーを全国のディーラーにつくって、特別研修を受けたマニアックなメカニックが対応するという体制も整備しつつ、86自体もできるだけ改造しやすい設計にすることになりました。
とにかく、やれることは全部やろうという一心でした。トヨタとは無関係なチューナーや改造ショップにも開発中のクルマを見てもらいましたし、社内のものすごい反対を押し切って、最後は設計図までショップ向けに公開する、ということも断行しました。すべては、なるべく安く高品質なチューニングパーツをつくってもらうためです。
それでチューニング文化みたいなものも少しは戻ってきてくれたかとは思いましたが、とはいえ、昔のクルマからすると、そもそも今のクルマは電子制御化されており、例えばエンジンに手を入れるというのは、普通の人にとっては大変ハードルの高いことになっているのです。ほかにも、車内のさまざまな装置がネットワークで電子的につながっていて、極端な話、オーディオを取り除いただけでエンジンがかからなくなってしまうことだってあるのです。
いくら「改造しやすいクルマをつくろう」と言っても、どうしても電子制御系がネックになってくる。そのため、どちらかというと、見た目に関することや、一部足まわりのチューニングに傾注せざるを得なくなり、ディープなマニアにしてみれば、なんだか物足りない。これは、今も残る課題ですね。
その点、ハイブリッドを含む電動車全盛の時代になると、モーターやバッテリーのチューニングというのは(危険度が高く触れてはいけない領域になるので)ますます難しくなります。SDV(ソフトウエア・デファインド・ビークル)ともなれば、スマホがそのままクルマになったようなものですから、カスタマイズは事実上不可能です。
そういう時代になると、「昔のクルマはよかった」みたいな……懐古趣味ではありませんが、皆さまへの回答としては身もふたもないことになる(苦笑)。そういえば、今回皆さまからいただいた投書のなかにも、「極力電子デバイスを減らしてほしい」「昔のままのクルマを出してほしい」というコメントが数多く見られました。
しかし、これはひとつのキーではあります。
トヨタが「ランドクルーザー“70”」を復活させたのも、そうした声と無関係ではありません。クルマの中身をよく見ると、最新の予防安全への対応をはじめ、中身の電子的な変更は多々ありますし、やはり、それらを無視していじり倒すことまではできませんが。
皆さまからの意見に触れて気づいたのは、ユーザーの多くが、「自分がわくわくドキドキするクルマは、今ではニッチな商品である」と認識されているということでした。多くの方の説明には、「(企業は慈善団体ではないので、なかなかそういうことはできないだろうが)採算を度外視して、こういうクルマをつくってくれたら……」という注釈が付いている。
でも、トヨタのGRの活動を見てもわかるように、近年は、採算はとれるのかと思えるマニアックなクルマもけっこう出ています。それは企業としても、「そのクルマ単体では赤字であれ、狭くディープなニーズに応えることで熱心なファンが育ち、そのブランドそのものを広めてくれるなら商品として元が取れる」と思うようになってきたということでしょう。そして、実行に移せるようにもなっています。
このように、みんながそうしたニーズをメーカーにぶつけ続ければ、全部とは言わずとも、ある一定数は期待に応えてもらえる世の中になっている。そこに、皆さまの救い、希望があると思います。実際、クルマの開発者が上司や役員に対して「それは違います」「こうあるべきです」と強く言える根拠は、なによりもユーザーからの声なんです。まさに水戸黄門の印籠とでもいいますか(笑)。
わくわくドキドキするクルマの実現は、まったく不可能だということはありません。ぜひ希望を持って、理想とするクルマに対するニーズをメーカーに訴え続けてください。
→連載記事リスト「あの多田哲哉のクルマQ&A」

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。