マクラーレン・アルトゥーラ スパイダー(MR/8AT)
レーストラックはキャンバスだ 2024.10.22 試乗記 「マクラーレン・アルトゥーラ スパイダー」のルーフはあっという間に開いて瞬く間に閉まる。つまりいつでもどこでも700PSの最高出力とオープンエアドライビングが楽しめる。東京を離れて西を目指したのは、ある晴れた日のことだった。離陸するかもという加速感
夜明け前のひんやりした空気のなか、前日、webCG編集部から引き取ってきたマクラーレン・アルトゥーラ スパイダーに乗り込む。筆者の自宅がある東京はるか郊外の住宅地はまだひっそりとしている。みなさん、まだ寝ているのだ。たぶん。そんななかで、マクラーレンの特徴的な跳ね上げ式のドアに手を伸ばす。ドアはノブにタッチするだけでスーッと持ち上がる。低い着座位置にもかかわらず、乗降性がよいのは、このドアのおかげに違いない。からだの出し入れがしやすい。敷居が低めなことも乗降性をおもんぱかってのことだろう。
薄暗がりのなか、センターコンソールの、朱色の丸いスターターを押す。電動モードが標準ゆえ、エンジンは始動しない。その代わり、ムウゥゥゥ~ンッという電気的なうなり音が聞こえ始める。右足を伸ばした先にブレーキのペダルがある。右足の踏力を緩めると、アルトゥーラはゆっくり動き始める。ステアリングとペダルは適度に重い。
駐車場を出て、しばらく走る。一般道はめちゃんこすいている。アクセルペダルを軽く踏み込む。ヒイイイイイイッという、ジェット戦闘機とかSF映画の宇宙船とかが発しそうな高周波音をとどろかせ、アルトゥーラは空を飛んじゃいそうな勢いで加速する。モーターの最高出力は95PS、最大トルクは225N・mと、ガソリンエンジンでいえば2リッター4気筒程度の数字だけれど、いきなり大トルクを生み出すモーターの初期加速は内燃機関とは質が異なる。おまけにアルトゥーラ スパイダーは車検証の数値で車重1570kgと、このクラスにあっては異例に軽い。MCLA(マクラーレンカーボンライトウェイトアーキテクチャー)のカーボンモノコックのたまものだ。アクセラレーターを深々と踏み込むと、クルマ全体のエネルギーが後輪に集中して送られ、波動砲を発射したときの宇宙戦艦ヤマトのようなカタルシスが得られる。ふふふ。ヤマトの諸君。あ、これはやられる側のデスラー総統だった……。
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V6エンジンがパワーアップ
ヒュウウイイイイイイイ~ッというSF的サウンドを聴いているうちに、こんなセリフが浮かんできて、気がつくと口に出していた。ワレワレハ宇宙人ダ。フロントスクリーンから見える西の空は灰色で、星はひとつも見えない。広大な宇宙に、ひとりぼっち。そんなイメージが膨らんできて、怖っ! と、われに返る。信号待ちで止まる際には、ヒュウウウウウンッという、おそらくエネルギー回生の電子音が聞こえてくる。赤信号で停止し、ウインカーを出すと、すいっちょん、すいっちょん、というアニメ『鉄腕アトム』の足音にも似た音が室内に響く。そんなことがホントにアルトゥーラ!? SF的妄想が次々に脳内に浮かんでは消える。20世紀に青春時代を送った筆者には未来にすぎる。日の出前の「かわたれどき」はなおさらに。
乗り心地も加速っぷりも、加速時のサウンドも、初代「テスラ・ロードスター」に似ている。テスラ・ロードスターは「ロータス・エリーゼ」をベースに、ロータスがシャシーを開発した100%電気スポーツカーである。プラグインハイブリッドのマクラーレン・アルトゥーラとはサイズもパワートレインのタイプも異なるけれど、電動モード時はEV走行という一点で似ている。軽さへのこだわりとか、ストローク感たっぷりのサスペンションとか、ロータスとマクラーレンでは共通するものがある。と筆者は常々思っているけれど、そういう理屈ではなくて、感覚的に似ている、と感じるのだ。やっぱりイギリスのスポーツカーだから、なのかもしれない。
アルトゥーラ スパイダーは、2021年発表のアルトゥーラの単なるオープン版にとどまらず、パワーユニットが改良されている。3リッターの120度V6のパワーを585PSから605PSに引き上げ、システム最高出力を680PSから700PSに強化しているのだ。同時にEV走行の航続距離が30kmから33kmに延びてもいる(この新しいパワーユニットはアルトゥーラの2025年モデルにも搭載される)。モーターで33km走行できれば、住宅街を静かに抜け出すには十分である。首都高速に上がってしばらく走ると、電池のエネルギーがゼロに近づいている。まずはメーターナセル右上のカドにある「パワートレインコントロール」と呼ばれるスイッチで、デフォルトの「Eモード」から「コンフォート」に切り替える。すると、エンジンが始動する。ものは試し。と、さらに「スポーツ」に切り替えると、エンジン音が明瞭に大きくなり、8スピードのDCTがV6エンジンをより高回転まで引っ張るようになる。これを「トラック」に切り替えると、その違いは一層はっきりする。
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乗り味は軽やか
「プロアクティブダンピングコントロール(PDC)」と呼ばれる電子制御サスペンションは、メーターナセル左上のカドにある「ハンドリングモード」のスイッチで切り替えることができる。モードにはデフォルトの「コンフォート」のほか、「スポーツ」と「トラック」がある。コンフォートだとソフト。スポーツにすると、ダンピングが引き締まり、ボディーの上下動が小さくなる。トラックだと、本気のガチンコな感じになり、乗員に伝わるショックもガツンとくる。
首都高の場合、コンフォートで目地段差を通過する際は、バスンと段差を踏みしだくような感覚がある。だけど、軽快感も同時にある。タイヤは前235/35ZR19、後ろ295/35ZR20の「ピレリPゼロ」を装着している。いかにも極太大径だ。でも、ライバルの「フェラーリ296GTS」と比べると、ひとまわり細い。296は前が245/35、後ろが305/35の、ともにZR20である。車重が296GTSの1730kg(かつて試乗した個体の車検証値)より160kgも軽いこともある。296GTSよりも軽やかな感じがするのは、タイヤも車重も実際に軽いからなのだ。おそらく。
100km/h巡航は8段DCTのトップで1750rpm程度。アルトゥーラ スパイダーは快適な移動空間となって、待ち合わせ場所の中央自動車道・石川PAに到着。そこで初めて、マジマジとスタイリングを眺める。各部の有機的な造形は、ヤマトというよりは新世紀エヴァンゲリオンである。
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生きる喜びを得るための道具
ここに至って初めてリトラクタブルハードトップ(RHT)を開ける。8個ものモーターにより、11秒という素早さでリアのトノカバーを開き、トップ部分を格納して、トノカバーを閉じる。見上げれば、青空が広がっている。ただし、フロントスクリーンがドライバー側まで迫っているため、開放感はそれほどでもない。そのおかげで、オープンのまま高速走行しても、風の巻き込みは皆無といってよい。空気は頭頂部の髪をそよそよとなでていくだけで流れ去る。複雑な機構を付加しているのに、車重が60kg強しか増えていないのはアッパレだ。
ハンドリングは極上である。本格的な山道は試せていないものの、低重心、ワイドトレッドで、よく曲がる。バンク角120度のV6は理論上、完全バランスということもあって、8000rpm近くまでウルトラスムーズに回る。しかもV8にも似たレーシィなサウンドをとどろかせて、ドライバーを夢の世界に誘う。電動走行時とはまた別種のレーシングスポーツの顔を見せる。オープン化にもかかわらず、開けても閉じても快適で、ボディー剛性の変化は感じとれない。これもカーボンモノコックのたまものだろう。開ければ、生でレーシングサウンドを堪能できる。全幅は1.9mを超えているのに、ボディーがコンパクトに感じられる。街なかでも扱いやすい。と思えるほどに。
今回のテストのトータル燃費は6.4km/リッターだったけれど、モーター走行をうまく使えば、いかようにもガソリンは節約できる。フェラーリ296GTSがアート作品だとすると、アルトゥーラ スパイダーはアートを自分で描くための筆と絵の具。ドライビングによって生の喜びを得るための道具であるように思える。道具は使うほどに手になじむ。走らせるほどにドライビングエンゲージメントは一層強くなる。マクラーレン乗りにサーキット走行派が多いのは、おそらくそれゆえなのだ。
(文=今尾直樹/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
マクラーレン・アルトゥーラ スパイダー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4539×1913×1193mm
ホイールベース:2640mm
車重:1570kg
駆動方式:MR
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
モーター:アキシャルフラックスモーター
トランスミッション:8段AT
エンジン最高出力:605PS(445kW)/7500rpm
エンジン最大トルク:585N・m(59.7kgf・m)/2250-7000rpm
モーター最高出力:95PS(70kW)
モーター最大トルク:225N・m(22.9kgf・m)
システム最高出力:700PS(515kW)/7500rpm
システム最大トルク:720N・m(73.4kgf・m)/2250rpm
タイヤ:(前)235/35ZR19 91Y/(後)295/35ZR20 105Y(ピレリPゼロ)
ハイブリッド燃料消費率:4.8km/100km(約20.8km/リッター、WLTPモード)
EV走行換算距離:33km(WLTPモード)
充電電力使用時走行距離:33km(WLTPモード)
交流電力量消費率:--Wh/km
価格:3650万円/テスト車=3650万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:3209km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:381.8km
使用燃料:58.7リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.5km/リッター(満タン法)/6.4km/リッター(車載燃費計計測値)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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