“トランプ関税”は日本の自動車業界にどれだけのダメージをもたらすか?

2025.07.22 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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アメリカ合衆国のトランプ大統領が関税を伴う経済政策を推し進めようとしていることが、多くの国にとっての問題となっています。日本の自動車業界にはどれほどのダメージがあるとお考えですか?

結論から言うと、さほど致命的なことにはならないと思います。当然時間はかかるでしょうが、日本からアメリカに輸出される自動車や関連部品に対して、仮に今いわれている25%の関税が課せられても、そのうち何事もなかったかのようにアメリカで日本車が売れるようになり、日本の自動車産業にも大きな変化はないままになるでしょう。なぜ、そう言えるのか?

私自身、トヨタではしばらくアメリカ向けのクルマの開発を担当していたことがあります。当時はちょうど円高の時代で、1ドル100円を下回った! というのが大きな問題になっていて、役員会などでも厳しくフォローされました。

円高になれば、日本からの輸出品で得られる利益は減ってしまいます。社内は、その為替変動に対抗できるように、もっと安くクルマをつくれ! という話ばかりでした。そのうち100円が90円になり、これはとんでもないことになると思っていたら、80円になり……。

それがいまや、1ドル145円とか150円です。25%の関税がかけられたところで、前述の為替のことを思えば、万事休すというほどではない。1ドル80円ともなれば、それこそ関税なら100%課税みたいな厳しさの話ですから。(加工貿易国である)日本のメーカーはみな、そうした困難を乗り越えて今に至っているわけですし、大丈夫です。

だいたい、そういうトランプ関税みたいな無謀な政策というのは、結局は為替をはじめとするさまざまな経済的要素で相殺されて、落ち着くべきところに落ち着くものです。

かつての円高のケースは日本メーカーだけが厳しい状況におちいったのですが、今回のトランプ関税は、欧州諸国にも課せられます。しかもEUに対する税率は、現時点では日本のそれを上回る30%とされている。となれば、日本メーカーは諸外国に対して有利になるという側面もあります。日本メーカーだけがひどい目に遭っているという論も散見されますが、そんなことはないでしょう。

繰り返しになりますが、日本の自動車メーカーは、これまでも厳しい状況を乗り越えて生き残ってきているのであり、為替やそういう経済政策に対する対応力は高い。過剰な反応はせずに淡々と過ごしていけば、それなりのところに落ち着くだろうと思います。

それに、普通に考えれば、これはアメリカの自動車産業にとっても困った政策です。海外のサプライヤーから調達している部品がどれも高くなってしまうし、アメリカのメーカーだって、メキシコやカナダにも工場があるわけです。そのせいで、トランプ大統領が最も強調している「アメリカの産業の復活」がダメになりかねません。大統領は「結果をみては、どんどん話を変える」というところがあるようですから、今回も、国内産業に悪影響が出てからあわてて方針を変えるのではないかと想像します。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。