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第160回:残り香にウッフ〜ン! 「車内のにおい」考察

2010.09.18 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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第160回:残り香にウッフ〜ン! 「車内のにおい」考察

クルマの印象

BMW「MINI」のデザイン担当部長であるゲルトV.ヒルデブラントが数年前に講演で語ったところによれば、「人がクルマに対して抱く印象には段階があり、それは人間が他者に対して印象をもつのと、同じステップを踏む」という。

第1段階は、見た目の第一印象だ。クルマでいえばスタイルである。その次は握手したときの手。クルマだとドアハンドルの感触という。第3は声−エンジン音だ。そう語るヒルデブラント氏が4番目に挙げたのは「香り」だった。本人によれば、香りというのは長いこと人の記憶に焼きつくものだという。その例として、「45年前に父親と出かけて摘んだキノコの香りは、今でも鮮明に覚えている」と彼自身のエピソードを語った。クルマの内装のにおいというのは、それだけ重要ということだ。

ということで、今回は「におい」のお話である。ひとりひとりの見解や好みがある話題なので、あくまでもボクの経験としてお読みいただければと思う。

筆者が1990年代初頭にドイツで乗った初代「オペル・コルサ」。
筆者が1990年代初頭にドイツで乗った初代「オペル・コルサ」。 拡大

なじめない香りとイイ香り

車内のにおいでボクが最初になじめなかったのは、幼少期わが家にあった1972年型「フォルクスワーゲン・ビートル」だった。なんとも工業的なにおいがしたものだ。シートをはじめ、内装に使われていたビニールが原因だったと思われる。もっと強烈だったのは、1990年代初頭にドイツの作曲家リヒャルド・ワーグナーゆかりの地・バイロイトを訪ねるため、ドイツで借りた「オペル・コルサ」だった。そのスペイン工場製のオペルは、アウトバーンでは見た目から想像できないくらい機敏な走りを見せた。しかし、その室内のにおいのなじめなさといったら、ビートルをはるかに上回っていた。毎朝ホテルを出てドアを開ける前、息を止めてから乗り込んだくらいだ。

ちなみに同じオペルでも、数年後に乗った当時の最高級車「オメガ」は、そんなことはなかった。その事実からして、コルサはコスト制約の多いエントリーモデルという性格上、マテリアル選択の過程で、においまで考慮する余地があまりなかったのであろう。とくにレンタカーに使われるのはベースモデルだから、推して知るべしである。

いっぽうで、同じ頃妙に良い香りがしたのは、フィアット系だった。
ボクが乗っていた「フィアット・ウーノ」は、オペル・コルサとは逆に、毎回ドアを開けてから思わず深呼吸したものだ。「アルファ164」の内装も、ウーノとは別の良い香りがしたものである。服にも移るのだろう、持ち主が背後を通過するだけで、「今164オーナーが通った」と気づくこともあった。

米国GM系各モデルのにおいも個人的には好きだった。そのクールな香りに包まれていると、単純なボクなどは1960年代のアメ車カタログの主人公になった気がした。シートベルト未装着を警告する「ポ〜ン、ポ〜ン」というアラーム音や、妙に低音ばかりが響くデルコ製のオーディオとともに、よく覚えている。

コルサは、街でもアウトバーンでも実によく走ったのだが……。
コルサは、街でもアウトバーンでも実によく走ったのだが……。 拡大
「フィアット・ウーノ」の車内の香りは、いまだまぶたに残る。
「フィアット・ウーノ」の車内の香りは、いまだまぶたに残る。 拡大

香りの記憶

香りといえば、少し前に取材でオーナー訪問した「メルセデス・ベンツ190E」のドアを開けたときのこと、筆者の親父が乗っていたので覚えていたのか、懐かしい新車当時のにおいがした。17年ものにもかかわらず、である。
聞けば、丁寧にガレージ保管していたうえ、オーナーは車内でタバコを吸ったり、動物を乗せたりすることはしなかったという。これらは、オリジナルの香りが残るかどうかを左右する要素だろう。

思い出話だけでなく、近年の話もしよう。ウチの女房はレクサスに乗るたび、開口一番「あ、トヨタのにおい!」ともらす。「これは一応、別ブランドのプレミアムカーなんだぞ」とボクが説教しても、昔本人が乗っていた初代「トヨタ・カローラII」を思い出すらしい。

すでにイタリア市場でいくつかのモデルが販売されている中国メーカー製自動車の「におい」についても触れておこう。そうしたクルマの多くの室内は、昨今イタリアで若者たちに人気の中国系雑貨ショップの店内のにおいに似ている。
やがて、雑貨ショップにたくさんディスプレイされているスーツケースやカバンのにおいと、自動車の内装材のにおいが、極めて似ていることがわかった。

「アルファ164」も、いい香りを放っていた。
「アルファ164」も、いい香りを放っていた。 拡大
1990年代初頭のGM系の香りも好きだった。写真は「オールズモビル・カトラス」。
1990年代初頭のGM系の香りも好きだった。写真は「オールズモビル・カトラス」。 拡大

香りのパワー

しかし、そうした個々の事象はあるものの、欧州メーカー全体でみれば、車内のにおいは、各メーカーとも共通になりつつある。理由は、今日の自動車メーカーが、昔とは比べ物にならないくらい国境や系列の垣根を越えて、室内パーツのサプライヤーを選定するようになったことがある。いちブランド共通のにおいというのは、存在しにくくなったのだ。

ところで、「におい」といえば先日こんなこともあった。
まもなく開幕するパリモーターショーを前に、前回2008年に会場でもらったカタログを整理していたときだ。どこからともなくいい香りが漂ってきた。その源は、まもなく判明した。「ジープ」のスタンドで受け取った1枚のカードだ。表面には香水瓶の写真が印刷されていている。そして「オー・デ・コロン」ならぬ「EAU DE CAMPFIRE(オー・デ・キャンプファイア)」と書かれていた。
「オー・デ・キャンプファイア」はジープが「ジープ・コンパス」のプロモーションを兼ねて2008年に限定販売したパフュームだ。パリの会場では、コンパニオンがテスターをそのカードに吹きかけ、配布していたのだ。
本当に木を燃やしたときに漂う香りを再現したもので、それが2年たった今もカードに残っていたのである。

面白いことに、その香りを吸い込むと、配っていたコンパニオンの表情や衣装まで記憶によみがえってくる。たしかに、冒頭のヒルデブラント氏が言うとおり、香りというものは大切なファクターである。
そればかりか、その香りによって、ふだん個人的にはたいして接する機会のないジープというブランドや、それを使った休日のイメージまでも空想が広がるから不思議だ。ちなみに、ユーザーの心をさらにくすぐるべく、カードの端には小さく、「冒険しましょう」と殺し文句がつづられている。

豪華美麗カタログではなく、香りのパワーで勝負したジープはあっぱれだ、と今さらながら感心したのであった。

(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=大矢アキオ、FIAT)

2008年パリサロンの「ジープ」スタンド。
2008年パリサロンの「ジープ」スタンド。 拡大
これが「オー・デ・キャンプファイア」。
これが「オー・デ・キャンプファイア」。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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