第945回:「時速286キロの香り」とは? 109回目のピッティ・イマージネ・ウオモから
2026.01.22 マッキナ あらモーダ!時代はプリミティブ?
2026年1月13日から16日まで、イタリア・フィレンツェで紳士モード見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」が開催された。第109回を迎えた今回は、主に2026-2027年秋冬コレクションが世界のバイヤーに紹介された。さっそく、会場で筆者が見つけた四輪車や二輪車にちなむ話題を紹介しよう。
エントランスを過ぎた直後、筆者の目に飛び込んできたのは、初代「ジープ・グランドワゴニア(SJ)」だった。カリフォルニアのファッションブランドであるGUESSのデニム特化ライン、GUESS JEANSのパビリオンである。グランドワゴニアであるのには理由があった。今回、彼らのカプセルコレクションは、ローリング・ストーンズとのコラボレーションであった。とくにトリビュートとしたのは、1978年の全米横断ツアーだ。トランスアメリカンを想起させるのに、グランドワゴニアは最適の選択と考えたのであろう。
次に現れたのは「ランドローバー・シリーズ2」である。こちらは、イタリアのスポーツウエアブランド、MC2サンバースによるものだ。過去にも初代「フィアット・パンダ4×4」「アウトビアンキY10」「Miniモーク」などをアイキャッチとしてきたブランドである。スタッフに聞けば、設立者2人のうち1人が熱心な自動車愛好家で、とくにランドローバーの信奉者なのだという。来季コレクションの広報写真にも、別の個体ではあるがしっかりとアクセントとして用いられている。
自動車産業では、依然ラグジュアリーSUVが一定の存在感を見せるいっぽうで、あえて言えばプリミティブな4WD車が、最先端ファッションのアイキャッチに選ばれているのが興味深い。
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シューズ界のレクサスか
日本からも積極的な出展が数々みられた。東京ファッションアワード2024を受賞したシンヤコヅカや、LVMHプライズを獲得して話題を呼んだソウシオオツキは、いずれもゲストデザイナーとしてランウェイショーを開催。主要イタリア系メディアが相次いで報じた。
近年、大人向けファッションとしてのランドセルの可能性に果敢に取り組んできた東京の土屋鞄製造所は、ライダーズジャケットを模したモデル「ランドライダー」を出展。大阪のエーレザーとの初コラボレーションによるもので、2026年10月から日本でも販売するという。
いっぽうで実はピッティ初出展だったのはアシックスである。自動車関係者の間では、豊田合成とともに2023年にはエアバッグの端材、2025年にはステアリングホイール用レザーの端材を用いたスニーカーを発表したことが記憶に新しい。
今回、彼らが展開したのは「アシックス ウォーキング」である。欧州で一定の知名度を獲得している同社製スニーカーに対して、こちらは初の紹介だ。スポーツシューズで培った技術と、品格の融合を訴求する。
最新のドレスシューズ「ランウォーク7」は、靴底で最初に着地するかかと部分に、衝撃吸収性を持つ軽量な発泡素材を採用。さらにY字型の樹脂製補強材は、歩行時の過度なねじれを抑制し、安定した走行を助けるという。対するアッパー部分は、靴型に合わせてハンマーでたたき込みを行い、シルエットがきれいに表れるようツヤの出し方を工夫している。シャシーと車体の解説に聞こえてくるのが不思議だ。
技術水準の追求と仕上げのよさ、そして同じ日本ブランドという観点でさらに私見を述べれば、スニーカーはトヨタ、ドレスシューズはレクサスにたとえることができる。自動車同様、プレミアムブランドがひしめく欧州で、どこまで存在感を示せるか見守りたい。
アルファ・ロメオの思い出
今回のピッティでは、「ハイ・ビューティー」と題して高級ニッチフレグランスのコーナーも特設されていた。今回の出展とは関係ないが、2022年にインタビューしたNHK交響楽団の首席指揮者、ファビオ・ルイージ氏も、香水づくりに情熱を傾け、自身のレーベルを立ち上げていた。人を動かす魅力を秘めたジャンルであることがうかがえる。
参加10ブランドのひとつ、サランヘヨ(以下SRHY)は、ソウル随一の高級街区・江南を本拠とする。ハングルで「愛してる」を意味するこのブランドに筆者が注目したきっかけは、会場訪問前に読んだ解説だった。全14タイプのなかに、次のようなプロダクトを発見したのである。No.51は「乾燥したトスカーナの太陽の下で、緑の日陰が呼吸します。アルファ・ロメオとアロマティックなビオンディサンティ(筆者注:トスカーナ産の高級ワインブランド)の思い出」。No.61は 「4バルブ4気筒DOHC 圧縮比13.0:1、167ps 時速286キロメートル」……とある。一般的なフレグランスの説明からは明らかに逸脱している。創設者は自身が生粋のアルフィスタであることをことさら主張する人物か、もしくは世俗から隔絶された感の漂うライダーか?
そうした予想は、ブースを訪れた途端に雲散霧消した。ソン・スー・キム氏はいでたち、語り口ともにきわめて穏やかな紳士であった。高校卒業後、米国コーネル大学でファッションマネジメントの学位を取得したのち、LVMH傘下の複数ブランドで16年間キャリアを積んだ。「その後サムスンに移籍しましたが、やはり自分はファッション界の人間であることを自覚し、自らのフレグランスブランドを2020年に設立したのです」。自身で使いたいものを、との信念から女性向けは手がけない。
ラインナップは14種類だ。「すべての着想源は過去の旅の思い出です」とソン・スー氏。大韓航空のマイレージは340万マイルに達すると明かしてくれた。
ところで例のNo.51 アルファ・ロメオの思い出とは? 筆者の質問にソン・スー氏はこう語る。「私がブルガリ・コリアの統括責任者だった2015年、トスカーナに出張したときのことです。工場長は『私は時間がないので、迎えに行けない』とのことでした。早朝、宿泊していたホテルのロビーに降りると、ベルキャプテンからクルマのキーを渡されました。彼は『外に出てみてください』とだけ告げたのです。そこには1969年製の赤い『アルファ・ロメオ・ジュリエッタ スパイダー』がたたずんでいました。工場長の個人所有車でした。粋な計らいだったのです」。プロダクトは、そのドライブで感じた夜明けの空気、ワイン畑の合間に漂う花の香りといった美しい記憶を表現したものという。筆者が試香させてもらうと、リモネン、シトラール、リナロールといったかんきつ系の香料が爽やかかつ上品な落ち着きを醸し出していた。
いっぽうNo.61の舞台は、ソウルの漢南洞(ハンナムドン)という。KTM、BMW、ハーレーダビッドソンなどの販売店が軒を連ねる「忠武路(チュンムロ)オートバイ通り」がある街区だ。「私はバイクが大好きで、東京・上野のバイク街もよく訪れていました」。プロダクトは、どのモデルをイメージしたのかと質問すると、ソン・スー氏は「私の『BMW K1200S』です」と教えてくれた。二輪の魅力は、四輪車では可能なモデルがきわめて限られる0-100km/h 2秒台の加速と、その瞬間に感じる風とソン・スー氏は定義する。香りにはレザーを思わせるムードを込めた。
ただしK1200Sはすでに彼のもとにないという。「子どもが生まれたとき、妻から『あなたがバイクで万一のことがあったら、誰がこの子の面倒をみるの?』と言われたのです。しかし、今でも二輪車は私の心にあります」
クルマという共通項
ソン・スー氏による四輪車の車歴は「メルセデス・ベンツEクラス」「BMW 5シリーズ」「レクサスGS」「アウディA6」など多彩だ。今は「(ヒョンデのプレミアムブランド)ジェネシスの『G80』に乗っています」と教えてくれた。2017年のツインターボです。BMWのMやメルセデスAMGに相当します」。ハイパワーモデルが好みとみた。「外装色に合わせ、内装もブルーのナッパレザーにしてもらった私だけの仕様です」
SRHYのボトルにはリサイクル可能な高純度ガラス素材を厳選している。同時にスプレー部分にも細心の注意を払ったという。ソン・スー氏は、そのたとえにポピュラーなモデルと高級車のアクセラレーターペダルの感覚の違いを用いた。「SRHYのスプレーは、日産車でいえば『プレジデント』のものです」。求める感覚を実現できる韓国内サプライヤーは存在しなかったため、あえてフランス企業のものを採用したという。筆者自身はプレジデントを運転したことはないが、SRHYのボトルのアクチュエーターを押してみると、要する力は適切で、反動も滑らかかつ上品だった。
ピッティ閉幕後のソン・スー氏は、ロンドンのハロッズ百貨店とミュンヘンでイベントに出展するという。「ミュンヘンの催しは午後からなので、先にBMWミュージアムを訪問するつもりです」と教えてくれた。
四輪車や二輪車のブランド名を冠し、その世界観を反映したと称するマスプロダクションのフレグランスは、過去にあまた存在した。しかし、個人の乗り物に対する思いや体験を反映したという点で、サランヘヨはきわめて個性的なプロダクトである。
異なった業種の取り組みに関心を抱くきっかけとなり、見知らぬ人ともたちまち話でつながる。「自動車」は乗るだけはない。社会を見つめるひとつの視点であり、人と人とをつなげる素晴らしき文化なのである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、ブルネロ クチネリ、MC2サンバース、サランヘヨ、ピニンファリーナ/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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