第147回:なんでまたココに? 日本製霊柩車とドイツで遭遇
2010.06.19 マッキナ あらモーダ!第147回:なんでまたココに? 日本製霊柩車とドイツで遭遇
ゆっくり見られないクルマ
東京に行って電車に乗れば、山田優の消費者金融からイケメン弁護士事務所まで、中吊り広告をくまなく眺める。タクシーの後席では、用もないのに電話秘書のパンフレットを熟読する。どんな乗り物も興味をもって眺めるボクなのに、昔から見たくてもゆっくり見られない乗り物があった。
それはズバリ、「霊柩車」である。
他人の家の葬式のときは、そればかりに気をとられていると、普段以上に「空気が読めないヤツ」と言われかねない。いっぽう、身内の葬式のときこそ霊柩車を観察する絶好のチャンス、かと思ったら、出棺前はあいさつなどに追われ、それが終わったら、こんどは葬儀屋さんの言われるがままに自分が行動させられ、気がつけば霊柩車は帰ってしまっていた。
というわけで、これまで霊柩車をゆっくり見せてもらえる機会はなかったのだ。
拡大
|
ゲルマンの地に宮型霊柩車
ところが先日、とんでもなく意外な場所で、その霊柩車をゆっくり観賞する機会に遭遇した。それはドイツの古典車ショー「テヒノクラシカ(テクノクラシカ)2010」である。
以前本欄で紹介した「トヨタ・センチュリー」と同じ会場に展示されていたのだが、ボクとしてはそれに匹敵するくらい「目が点」になった。
霊柩車といっても、メルセデスなどをベースにした欧風ではない。本当の日本の霊柩車である。もちろん洋式などではなく、トラディショナルな宮型霊柩車だ。
ベース車両は初代「日産プレジデント」の後期型(250型)の最高級仕様「ソブリン」である。
いったいどうして、宮型霊柩車がゲルマンの地に漂着してしまったのか。ボクは、脇に待機していたおじさんをつかまえた。そして、思わず刑事物テレビドラマの血気盛んな若手刑事のごとく問い詰めてしまった。
彼の名前はエマヌエルさん。日頃は南ドイツ・ミュンヘンに在住という。
彼はまず自分が「古典霊柩車保存会」という団体のメンバーで、ここはクラブのスタンドであることを説明してくれた。
ふたたびクルマに目を戻すと、そのプレジデント霊柩車のお宮は「四方破風(しほうはふ)」である。つまり、屋根の前後だけでなく、両サイドにも三角形の造形がある。和式霊柩車の世界では、前後だけの「二方破風」よりも高位とされているものだ。
屋根の上に目を移すと、1頭の龍が舞っている。実は、霊柩車には2頭の龍を載せた「双龍タイプ」という超豪華版があるのだが、この車両の龍は1頭でも極めて大型のバージョンである。エンジンでいえば、ツインカムより性能のよいシングルカムといったところか。
「漂着」の経緯
エマヌエルさんは、お宮の中も「見ろ見ろ」とボクに勧める。開けた瞬間、なにやら人を寄せ付けぬ霊気を感じるのは、イタリアなどで使われているガラス張り霊柩車と違い、窓がない密閉空間だからに違いない。
だが逆に、キャビンとのスカットル部分に貼られた天女像や、天井に連続する菊の紋など、そのディテールの細かさは欧州版をはるかにしのぐ。
お棺を載せてスライドさせるトレーまで金色で仕上げられている。
あまりじっくり眺めていたら、「すまないけど、内部照明でクルマのバッテリーが上がっちゃうので」とタイムアウトにされ、一旦扉を閉められてしまった。たしかに、このクルマの場合、エンジンを止めてこんなに長く内部を観察されているシチュエーションはないだろう。
別の視点から見ると、霊柩車のカロッツェリアというのは、そうした高度なディテールを要求されつつも、一瞬の印象も勝負という、なかなか厳しい世界に身を置いていることがわかる。また、そのあたりに、彼ら霊柩車マニアをしびれさせるエッセンスが隠されているに違いない。
そうそう、なぜこのプレジデント霊柩車がドイツに来たのかを聞かねばならない。
エマヌエルさんの説明によると、年式は1989年というから、250型でも最後のほうである。正確に記すと、「ソブリンV8E VIP」というグレードだ。
もともとは、日本人コミュニティの葬儀需要のためにイギリスで使われていたものという。たしかに右ハンドルである。数年前オークションに出されていたのを発見して購入。ドイツナンバーが付けられて現在に至っているという。
もしかしたら、ボクもお世話に?
なお、エマヌエルさんが所属する霊柩車保存会は、すでに創立25周年で、約50名の会員がいるらしい。
驚いたことにエマヌエルさんは「4月はイタリア、5月は……」と、欧州各地で行われる葬儀用品ショーの年間カレンダーを暗唱してくれた。
古い霊柩車を愛好するだけでなく、新車の「追っかけ」を、それも国境をまたいでやっているとは。その熱意にただただ敬服した筆者であった。
そして、発見した瞬間ビビッたのとは裏腹に、「仮に、もしボクが英国で暮らしていて、もしものことがあったら、このプレジデントで俗世最後のクルージングをしていたのか?」と考えると、なにやら他人のクルマの気がしなくなっていたボクだった。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
拡大
|

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
最終回:人それぞれに「最後のアルファ・ロメオ」 2026.8.27 イタリア・シエナで開催された「アルファ・ロメオ・スパイダー/GTV」のささやかなオーナーミーティングを、地元在住の大矢アキオが取材。あなたにとって最後で最高のアルファ・ロメオは、いつの世代のどのモデルですか?
-
第975回:ホンダ&スバルのTシャツがイタリアを席巻中 2026.8.20 イタリアで、ホンダやスバルをモチーフにした“日本車Tシャツ”が人気に。自動車をモチーフにしたアパレルの世界で、日本車や日本のブランドがもてはやされる理由とは? 素直に喜べないその背景を、現地在住の大矢アキオが考察する。
-
第974回:「民生用」と「軍用」をまたぐクルマたち――ルノーの最新戦術車両に思う 2026.8.13 ルノーのクロスオーバーSUV「ラファール」がまさかの軍用車に? ルノーと軍需との第1次大戦にまでさかのぼるつながりと、彼らが今ふたたび防衛産業と距離を詰め始めた理由、世界的に見られる軍用と民生用の垣根を超えたクルマの歴史を、大矢アキオが解説する。
-
第973回:静かになりすぎたクルマと「聴かせて、聴かせて隊」に思うこと 2026.8.6 最近イタリアでよく見かけるという、道行くスポーツカーやスーパーカーのドライバーに、豪快なエキゾーストサウンドをせがむ若者の姿。彼らの存在は静かになりすぎた四輪車に対するアンチテーゼか? 現地在住の大矢アキオが考察する。
-
第972回:黒船来襲も! イタリア自動車販売店は戦国時代 2026.7.30 イタリアで急速に進む、自動車販売店の統廃合と巨大グループの伸長。その背景にはどんな理由があり、私たちにどんな変化をもたらすのか? 現地在住の大矢アキオが、変わりゆく自動車販売のあり方を考察するとともに、消えゆく街かど自動車文化に思いをはせた。
-
NEW
第127回:新型BMW X5(後編) ―迷走するBMW 結局アナタは“ノイエクラッセ”でなにがしたかったの?―
2026.9.2カーデザイン曼荼羅その姿が明らかとなるや、賛否両論を巻き起こしている新型「BMW X5」。このクルマは既存のBMW製SUVとはなにがちがうのか? そもそもBMWは“ノイエクラッセ・デザイン”になにを託していたのか? カーデザインの識者と、迷走するBMWの明日を探った。 -
NEW
BMW X1 sDrive20iオリジナル(FF/7AT)【試乗記】
2026.9.2試乗記BMWのコンパクトSUV「X1」に新グレードの「オリジナル」が登場。走りの楽しさをはじめとしたBMWらしさをキープしつつ、装備の厳選によって価格抑制を図った新たなエントリーグレードだ。都市部におけるドライバビリティーとユーザービリティーをリポートする。 -
スポーツカーに未来はあるか?
2026.9.1あの多田哲哉のクルマQ&A年々、開発環境が厳しくなるといわれるスポーツカーは、この先も存在しうるのか? トヨタのエンジニアとしてさまざまなスポーツカーを開発してきた多田哲哉さんに“未来のスポーツカー像”を聞いた。 -
トヨタGRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”+エアロパフォーマンスパッケージ【試乗記】
2026.9.1試乗記2020年のデビュー以来、間断なく進化を続けてきたコンパクトスポーツの「トヨタGRヤリス」。一般ユーザーの間ではもちろん、コンペティションの世界でもチューニングのかいわいでも光を放つ一台は、2026年モデルでどう進化したのか? その走りを報告する。 -
“自然を連想する車名”の名車特集
2026.9.1日刊!名車列伝暑さが和らぐ一方で、台風シーズンとも呼ばれる9月。その風をはじめ、星座、景観など自然を連想させる名前が与えられた、世界の名車を日替わりで紹介します。 -
興味があるのはたったの3割!? 自動車業界を揺るがすSDVやAIって本当に必要なの?
2026.8.31デイリーコラム自動車も、スマホのように機能がアップデートできるようになる! ……ということで注目されるソフトウエアディファインドビークル(SDV)だが、日本のユーザーの多くが「いらない」と思っていることが判明! 急速に進むデジタル技術の、必要性について考えた。