第145回:欧州クルマ広告に「民族主義旋風」の予感!
2010.06.05 マッキナ あらモーダ!第145回:欧州クルマ広告に「民族主義旋風」の予感!
オペルの「アレ」が変わった
日本では市場撤退以来ごぶさた気味の「オペル」だが、最近ヨーロッパ各国でさまざまなメディアを見ていて気がつくのは、シンボルマークの下に書かれている彼らのスローガンが変わったことだ。
昨年前半までは「Discover Opel」だったが、後半からは「Wir leben Autos」に変わったのだ。スローガンは、ひとあし先の2008年7月にマイナーチェンジしたエンブレム(稲妻マークがより立体的になり、上部に「OPEL」の4文字が入った)と組み合わされている。
直訳すると「我々は車で生きる」といったところか。本来のドイツ語としても少々ぎこちないのだが、それは衆目を集めようというコピーライターの意図であろう。
オペルによると、「Wir(我々)」は、エンスージアズムの共有と「私たちはできる」といった前向きな姿勢。「leben(生きる)」は、クルマを造るだけでなく、オペルに携わる人々のエネルギーと未来。そして最後の「Autos(自動車)」には、オペルがただ運転するだけでなく、毎日の生活における基本的な一部分である。ということが込められているという。ボクからすれば、昨年GMの経営危機に翻弄(ほんろう)されたオペルの、再出発に対する決意とも受け取れる。
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母国語スローガンの背景
ここまでは主にメーカー発の説明文だから斜めに読むだけでよいが、注目すべきは、この「Wir leben Autos」が、世界各国の広告でドイツ語のまま使用されていることだ。オペルによれば、ドイツ系メーカーであることを示すだけでなく、強いエモーションとパッションを表すためという。
気がつけばフォルクスワーゲンもここ数年、自国以外の広告でもドイツ語のスローガン「Das Auto」を堂々と使っている。英語だと「The car」の意味でしかなく、こちらはオペルよりもさらに「ウチらドイツだ。すごいだろう」という根性が見え隠れする。
フォルクスワーゲン・グループはこうしたナショナリティをスローガンに打ち出すのが得意である。フォルクスワーゲンのスペイン法人であるセアトは、1990年代末から「auto emocion」というフレーズを用いている。テレビCMでは末尾に必ず「アウト・エモシォン!」という女性の声が入る。これもスペイン語にすると、「クルマ、感動」という、これまたぎこちないものだが、そのラテンな響きはブランドの若々しいイメージを演出するのに、いい効果を上げていることは確かだ。
アウディもしかり。長年のスローガンである「Vorsprung durch Technik(技術による前進)」は、1970年代後半から英語などに訳してたびたび宣伝に使っていたが、最近では他国でもドイツ語のまま使うようになっている。
こうしたドイツ語使用に対するイタリア人の反応は面白い。多くのイタリア人にとって、ドイツ語は最も難しい外国語のひとつで、ドイツ料理は(筆者はそうは思わないが)マズい料理の代名詞である。にもかかわらずこうしたドイツ語の響きにシビれる人は多い。
まあ、少々斜に構えた見方かもしれないが、市場や保安基準に合わせて自動車の国別キャラクターが消えつつある今日、母国語スローガンは手っ取り早いイメージ演出術である。
また、生産国が本社所在地と違う国だったり、気がつけば新興国資本になっていることもある今日の欧州自動車業界において、母国語交じりの広告は自社のアイデンティティを強調する手段だ。したがって、このいわば“民族主義ブーム”は、もうしばらく続くのでは? とボクは予想する。
フランスの特殊事情
いっぽうフランスの場合、ちょっと事情が違う。
国内の広告・放送・国際会議など、公共の場におけるフランス語の表記・使用を義務付ける法律があるからだ。1994年に導入された「トゥーボン法」と呼ばれるものだ。
英語が国際的に普及するなか、母国語の地位が低下することに危惧(きぐ)を抱いて定められた法律である。この法律が存在するので、テレビCMや宣伝ポスターなどで外国語を表記する場合は、たとえスローガンやキャッチフレーズであっても、必ずフランス語訳を添付しなければならない。
前述の自動車メーカーの外国語スローガンも、脇にフランス語訳を明記しなければならないのだ。
かわいそうなのは、わがトヨタである。「Today Tomorrow Toyota」は“T”で韻を踏んだスローガンにもかかわらず、脇に「Aujourd’hui Demain」とフランス語で併記されている。それを読んだときの気持ちは、なにやら手品のネタを知ってしまったときのような空虚なムードである。
実はそのフランスの自動車ブランドも、ここのところドイツ勢のように母国語のまま各国で広告を展開するようになってきた。
シトロエンの2009年2月に制定された新シンボルマークと一緒に誕生したスローガン「Creative technologie(創造的な技術)」である。テレビやラジオCMで、「クレアティーヴ・テクノロジー」とフランス語読みしている。イタリアでも「テクノロジア・クレアティーヴァ」とは読んでいない。
日本人の歯がゆさ
こちらはスローガンではないが、プジョーもフランス語をオモテに出し始めた。
2010年3月、ハイグレードな新車種系列を「Hors-serie」の名称で展開していくことを発表したのだ。その第1弾が「プジョーRCZ」である。「Hors-serie」とは「別のシリーズ」を意味する。
しかしここまでフランス語にするのは、いかがなものか。
スローガンしかり、車名しかり、外国語標記は読みやすさ・発音のしやすさが第一条件だ。欧州各国のなかでも、正しく読める人と読めない人に分かれてくるのがつらい。
たとえば昔、あるイタリア人のおじさんから「俺のクルマは、ラーチェル仕様だ」と言われた。そんなクルマあったか? と首をかしげたボクは、頭の中で『SUPER CG』(自動車専門誌)のページを創刊号からすごい勢いでめくった。で、よく聞いてみたら何のことはない、「Racer(レーサー)仕様」のことだった。
まあ、ベタな日本語発音で「レーサー」と言っても英語圏の人には通じないから、おじさんを笑えないことも確かだ。
同時に日本人としては、いくら日本車が高く評価されるようになっても、前述の欧州メーカーのように、母国語スローガンでイメージを醸し出し、他国にガンガンアピールできないことに文化的歯がゆさを感じる。とくにスズキの「小さなクルマ、大きな未来」などは、エコな暮らしが叫ばれる今日においてガイジンにも説得力のある秀逸な作品だと思うのだが。
かといって、昨今イタリアやフランスの女子アニメファンに浸透しつつある語「KAWAII(かわいい)」は、自動車メーカーのスローガンには無理があるしなあ……。
(文と写真=大矢アキオ/Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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