フォルクスワーゲン・シロッコR(FF/6AT)【試乗記】
トガらない「R」 2010.04.21 試乗記 フォルクスワーゲン・シロッコR(FF/6AT)……515万円
フォルクスワーゲンのクーペ「シロッコ」にもっともパワフルな“R”モデルが登場。はたして、名は体を表すか!? その実力を試した。
ドイツのランエボ
「シロッコ」の成り立ちは、簡単に言えば「ゴルフのクーペ版」であるが、このスタイリングを見ていると全く別のクルマに思えてくる。低く、幅広く、平べったいフォルムは、深海魚的な妖怪を思わせる。スリーサイズを見ると、全長×全幅×全高=4255×1820×1420mmと結構大きなクルマで、室内もまた幅広いが、高い。リアシートの空間はサイドウィンドウが細いこともあってのぞき窓的に暗く、さほど広そうにも見えないが、シートを折り畳めば広大なラゲッジスペースが出現する。だから実用性もあると言えそうだ。
対する前席は、見た目どおり広々としている。ヒップポイントを低くセットすれば、まさにスポーツカーの目線になる。そして2ドアゆえに長く大きなドアは、開口後部がシートバック近くにあるおかげで、この手の2ドア車にしては長さを感じない。その分リアシートへのアクセスはあまりよくないが、“2人のためのクーペ”である。むしろ歓迎できる。
今回試乗したシロッコは、その名に「R」の文字が付く。「レーシング」を意味するというカタログの説明どおり、ドイツのニュルブルクリンク24時間耐久レースで2年連続クラス優勝を飾った、記念碑的なモデルでもある。ノーマル「シロッコ」の1.4リッターエンジンでも十分に速いところへ、「R」は2リッターのTSI直噴ターボエンジン、すなわち256psと33.7kgmを発生する強心臓を搭載する。いわば日本の「ランエボ」や「インプレッサ WRX STI」のようなハイスペックを誇る。
そんな「シロッコR」のギアボックスは、ご存知、6段のDSG。2ペダル式だからAT免許でも乗れる。シフトレバーはDから横へ倒せば前後に+−できるお馴染みのものだが、その際レバーは左へ倒すわけで、ハンドルからは遠ざかってしまう。ステアリングホイールのスポーク部にシフトパドルもあるが、一緒に回るタイプなので、直進している時にはいいけれど、コーナーではその位置を手探りすることもある。
3km先でも「イイな」
……と、ここまでは大味な感覚でもあるが、このDSGのいいところは基本的なギア比の配分がクロースしていることだ。6段階のステップアップ比は1.49/1.40/1.36/1.33/1.24と完全な均等配分ではないが、感覚的には全段同じ調子で前後にアップ・ダウンできる。DSGのようなフールプルーフなATでは、タコメーターなど見る必要もないから、マニュアルシフトするにしても音に頼った操作となる。いい加減に落としたり上げたりしても、エンジン回転は機械が正確に合わせてくれるし、適切な範囲外での操作はそもそも受け付けないからだ。
スロットルは今やスイッチに等しく、バタフライの開閉は電子制御と電気モーターの仕事だ。とはいえ、ギアレシオはクロスしている方が、エンジンにとっても作業がラクになるし、音を聞いていてもリズムをとりやすい。
サスペンションは「DCC(アダプティブシャシーコントロール)」と呼ばれる電子制御のダンパーと電動パワーステアリングが組み合わさり、ノーマル/コンフォート/スポーツを選択できる。
最近のフォルクスワーゲンは、強力な技術指向で「これでもか」と言わんばかりに他社を圧倒している。事実、高性能を安直に引き出せて信頼性も高い。スタイリングはユニークで、ボディの造りや仕上がりも奇麗で上質。乗ってもオモシロイ。しかもドイツ的な押しつけがましいところは少ない。アクセルペダルとブレーキペダルを同時に踏むとエンジンが失速する癖も、そのリカバリーを早めて対処している。
むかし、「3m評価」というのがあった。某国産車メーカーが唱えたもので、良いクルマというものは、乗り込んでドライバーズシートに座った時点で「ああイイな、欲しいな」と思わせ、動きだしたらもう評価の大半は決まってしまう、というものだ。たとえ3日で飽きてしまっても、商談はすでに決着しているのだから、第一印象が肝心というわけだ。
その点、この「シロッコR」は3mと言わず3km先でもまだ興奮状態は持続している。3日で飽きるクルマではなさそうだ。
イージードライブも善しあし
それでも、「シロッコR」には何かがしっくりこない。むしろコンパクトな「ポロ」の方がいいなどと、ふと思ってしまうことがある。それはいったい、どうしてなのか?
この日は、前後してアウディのハイパフォーマンスクーペ「TT RS」にも試乗した。だから、無意識のうちに比較しているのかもしれないが……しっくりしない理由のひとつは、皮肉にも、あまりに「運転するのに特別な作法を要さない」ことだろう。
適当な、ズボラな操作でも、とりあえずめっぽう速い。そうなると繊細な意識を働かせることもなくなり、運転操作も雑になる。そのくせ、微小の振動などが気になりだして「タイヤやホイールのユニフォーミティや精度はどうだろう」とか、「内容の割りに安価なのは量産車ならではで、この辺の公差が広いのだろう」などなど、よろしくない方向に注意がいってしまう。
車重も「シロッコR」は1410kgもある。「ポロ」は1080kgだし、4WDの「TT RS」だって1500kgである。それに、ポロのDSGは7段だ。軽快に走らせるならば軽い方がいいわけで、その点もシロッコにとっては、やや分が悪いところだ。
しかし、パネルの合わせ目のすき間やランプなどの取り付け部のキッチリした造りなど、アウディのみならずフォルクスワーゲンも本当に上質感に満ちている。走らせれば上下・左右・前後、どの方向にしてもヒステリシスの少ないスッキリした動きに終始する。
そしてこの“R”は、燃費性能にも優れ、そのハイパフォーマンスを、ドライバーに特別な経済的負担を要求することなく発揮できる。いまはハイブリッドの話題が花盛りだが、市街地燃費が少々いいだけでは、クルマが持つ魅力のほんの数パーセントを満たしたことにしかならないのだ。日本車は、ここでまた大きく離されつつある。
(文=笹目二朗/写真=高橋信宏)
