第135回:マイケルの「ベルトーネ」を見たか!
2010.03.27 マッキナ あらモーダ!第135回:マイケルの「ベルトーネ」を見たか!
3年ぶりのジュネーブモーターショー復帰
2010年ジュネーブモーターショーのプレスデイは、例年どおり2日間用意されていたが、今年はいつもと違っていたことがある。主要出展者の記者発表が初日にまとめられていたのである。忙しいジャーナリストたちの便宜を図ったものであろう。だが2社の記者発表が並行して行なわれるため、二者択一を迫られる時間帯が生じてしまった。
午前中の朝10時台は「BMW/MINI」「プジョー」「ボルボ」の裏で、イタリアのカロッツェリアが発表を行うかたちだった。
ボクは迷わず後者を選んだ。なぜなら、あのベルトーネが新コンセプトカー「パンディオン」を引っ下げて3年ぶりにジュネーブショー復帰というニュースがあったからだ。
1912年に起源をさかのぼるこのトリノの名門カロッツェリアは、経営危機をきっかけに、2007年を最後にジュネーブショー本会場から姿を消していたのだ。
記者発表開始前に会場を訪れると、リッリ・ベルトーネがいた。創業2代目である故ヌッチオ・ベルトーネの未亡人である。そしてもうひとり、長身の男が立っていた。彼の名をマイケル・ロビンソンという。
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「ふたつのベルトーネ」の果てに
マイケルについて説明する前に、ジュネーブ“欠席”後のベルトーネについて記しておこう。
2008年、経営危機の原因だったグループ内のボディ受託生産部門「カロッツェリア・ベルトーネ」は、トリノ破産裁判所の管理下に入れられてしまった。一方、ボディ生産部門とは対照的に比較的堅調な経営を続けていたデザイン&開発会社「スティーレ・ベルトーネ」は、ヌッチオの次女マリー・ジャンヌが率いていた。
しかし、グループの再建方針をめぐり未亡人リッリとマリー・ジャンヌの意見が対立したのをきっかけに、2009年4月にリッリは別のデザイン会社「ベルトーネ・チェント」を設立した。そのときリッリに新会社のブランド&デザインディレクターとして迎えられたのが、マイケル・ロビンソンだった。
マイケル・ロビンソンは1956年生まれ、米カリフォルニアの出身である。シアトルで美術とデザインの学位を取得したあと、自動車メーカー数社を経てトリノのフィアットに就職した。社内で昇進を重ねた彼は1990年代中盤、ランチアのスタイリングディレクターをエンリコ・フミアから引き継ぎ、「リブラ」「テージス」、現行「イプシロン」などを手がけた。
その後フィアットブランドのスタイリングディレクターも務めたのち、2005年にフィアットを去る。ちょうど同社が経営不振で混乱していた頃だ。
現場を離れたマイケルは、デザイン学校「イスティトゥート・エウロペア・ディ・デザイン」トリノ校のマスターコース教授として後進の育成にあたった。
その傍らで、2006年からは自動車誌『クアトロルオーテ』に「ロビンソンのアングル」という切れ味の良いカーデザイン批評をイラスト付きで展開していた。
ベルトーネに話を戻そう。かくして「ベルトーネ」を名乗るふたつのデザイン会社がこの世に存在する事態となったわけだが、それが収束に向かったのは約4カ月後、2009年7月末のことだった。裁判所が会社再建後のベルトーネグループの残り株式所有に関して、リッリに有利な判決を下したのがきっかけだった。
続いて同年8月6日、トリノ破産裁判所管理下にあった車体メーカー部門が製造設備一式とともにフィアットへの売却が決まった。ベルトーネグループは車体メーカーなしで再出発することが決まったわけだ。
そうした流れのなか、次女マリー・ジャンヌはスティーレ・ベルトーネを去った。
ベルトーネの商標、特許および歴史資料の所有権もトリノ破産裁判所から取得することに成功したリッリは、2009年12月21日、「ベルトーネ・チェント」をR&D会社からグループの持ち株会社に改組。その傘下に「スティーレ・ベルトーネ」を含む関連5社を収めるかたちにした。
そして、マイケル・ロビンソンは、引き続きスティーレ・ベルトーネのブランド&デザインディレクターを務めることになった。
出会いは青年時代
さて、スタンドでマイケルに声をかけてみることにした。
はじめにマイケルがフィアット時代に関与した「フィアット・ブラーヴォ」に、以前ボクが乗っていたことを話す。すると彼は「ずいぶん昔の仕事だなあ」と笑った。常に未来を見据えるデザイナーに、ノスタルジーはあまりご縁がないようだ。
話を変えよう。
彼のトリノ生活は、すでに30年に及ぶ。そこでボクはこんな質問を投げかけてみた。
「あなたのスタイリスト人生にとって、ベルトーネとは?」
するとマイケルは「ベルトーネとの出会いは、昨日今日始まったものではないのです」と話し始めた。
青年時代のある日、シアトルの図書館で読書していたときだったという。
「1台のクルマの写真と出会いました」
若いマイケルにとって、それはあまりにも衝撃的だった。
「もちろん当時はインターネットなんかありません(笑)。必死で調べていくうちに、それは『ランチア・ストラトス ゼロ』というコンセプトカーで、トリノのベルトーネというカロッツェリアが手がけたことを知ったのです」ベルトーネは、彼を自動車デザインの道に誘うきっかけとなったカロッツェリアだったのである。
そしてマイケルはこう結んだ。
「だから、ベルトーネで働けることは、私にとって大きな誇りなのです」
ガッツポーズ!
デザインの現場を離れて5年ぶりの復帰。監督をいったん去りながら、やがて再び監督としてチームを導くことになった長嶋茂雄の運命に、ボクは思わず重ね合わせてしまった。しかし、そんな陳腐な想像よりも、その場で起きたことはもっと印象的だった。
「パンディオン」のベールがモデル嬢によって脱がされたと同時に、マイケルが見せたのは、派手なガッツポーズだった。ボクにとっては朝青龍のガッツポーズ以上に衝撃的だった。
長身で一見穏やかな彼にふさわしくないアクションだったこともあるが、同時に、冷静なビジネスマン然とした人々が増えた昨今のトリノのカロッツェリア界で、それがあまりにもストレートな感情表現だったからだ。
新世代のアルファ・ロメオを模索したコンセプトカー、パンディオンは、「クール・構造的・インダストリアル」などをキーワードにしたフレームと、「熱さ・オーガニック・手工芸」を意図したスキンの融合体である。
その高さ3.6メートルにも及ぶドアが垂直に開いたときだ、静かだが「ウォー!」という驚きの声がわいた。クルマの周囲を取り巻いているのが日頃コンセプトカーに飽食気味の記者たちであるにもかかわらず、である。
ピニンファリーナのノーブルさ、ジウジアーロのパッケージングによる「からくりの妙」と比肩し得る、ベルトーネ本来の驚かせ方がそこにあった。
ドアが開いてボディサイドが一気にあらわになるそのシーンは、ストリップにも似ていて「セクシー」という言葉がふさわしい。それは往年におけるベルトーネの名作「ランボルギーニ・カウンタック」の数倍も衝撃的だ。
実用性・現実性から隔絶した驚きは豊かさに変わる。それこそがベルトーネ製コンセプトカーの華である。
トリノのアメリカ人は、このデザインハウスの伝統と存在意義を深く理解している。ベルトーネに夢を与えられた男は、今、新しいベルトーネで夢を与えようとしている。面白くなる予感がしてきた。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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