BMW550iグランツーリスモ(FR/8AT)【試乗記】
最先端を味わえる 2010.03.16 試乗記 BMW550iグランツーリスモ(FR/8AT)……1158.2万円
BMWのニューモデル「5シリーズグランツーリスモ」は、新ジャンルのスポーツクーペ。リポーターはそのスタイルにやや違和感を覚えながら試乗に臨んだ。
難解なクルマだな
朝起きたら、雪が5cmぐらい積もっていた。仕事部屋のベランダに出て、下の駐車場を見下ろす。でかいクルマが雪を被っていた。3段式の立体駐車場の一番上、隣はやはりBMWの5シリーズだが、これは普通のセダン。でも昨日から置いてある我がクルマは、それよりもふたまわりぐらい大きく見えた。ルーフは一段高い位置にあるだけでなく、グレーの上に白い雪をうっすらと被ったボディ全体が、圧倒的なマスの強さを見せる。
全長5m、全幅1.9mと、5.3×2mという駐車パレットの制限ぎりぎりの、ほとんど7シリーズ並の面積を確保した上に、1.565mという高い屋根が突き出している。しかもそれがワゴンやSUV風の平らな屋根じゃなくて、一応クーペ風に後端が低く下りている。
背が低い4ドアクーペは今は珍しくないけれど、背が高い4ドアクーペというのがこのクルマの特徴だ。しかも、だからといって4WDのスポーティモデルでもない。まあ大きなくくりで言えば流行のクロスなのだろう。ともかくこんなクルマは他にはない。
寒くなってベランダから退散して、もう一度そのでかいシルエットを見下ろしながら、「難解なクルマだな」と呟いた。
身体に柔らかく接してくる
ボディから見る商品企画は難解だが、このクルマの移動感覚は最高に気持ちがいい。この「550iグランツーリスモ」のユニットは、7シリーズと共通の新しいツインターボ付き4.4リッターV8で、無論バルブトロニックと直噴システムが備わる。407psと61.2kgmという、「M5」を除く5シリーズ最強のパワーとトルクを発生し、8段ATと組み合わされる。
思えば世界のあちこちで、これまで随分パワフルな5シリーズ、豪快な5シリーズと出会ったものだ。特に5シリーズに初めてV8が搭載された最初期の「540i」や、ちょっと前の「M5」などで結構飛ばした経験があるが、その時の思い出として身体に残っているのは、圧倒的な機械の存在証明であり、時には暴力的な加速感である。
だが、この“GT”の中に広がっている移動世界は違っていた。たしかにすごく速い。加速は素晴らしいし、底からは分厚いトルクが湧いてくるように感じる。だが、かつての高性能BMWとは違って、瞬間Gで脅すような暴力的な加速感や、ドライバーに挑戦してくるような機械の響きはない。
反対に機械がとてもソフトに、そしてとても上品なマナーを持って人に接してくるような感覚だった。パワーもトルクも、そしてそこに介在している8段ATも緻密にきめ細かくコントロールされ、非常に洗練された感覚で応答し、精緻なインフォメーションを与え続ける。音も振動も、身体に柔らかく接してくる。
それでいながら、数字が示す実際の加速は素晴らしく速く、どこから踏み込んでも一気にトルクが沸き上がって、巨大なボディを軽々と浮遊させるのだ。
つまり、この数年間でさまざまな機械的リファイメントが煮詰められ、機械と人間を結びつけるためのプログラムが急速に進歩して、やわらかく洗練された高性能マシンの世界が生み出されたのだろう。
だからといって、決して退屈な機械でもなければ、刺激が無いエンジンでもない。100km/h巡航なら、エンジンはたった1500rpmで回っているだけだが、それでもほとんど無音で無振動であるにも関わらず、ドライバーは確実に強大なマシンの息吹を肌で感じることができる。まさにそれこそ、最先端の高性能車が与える移動感覚だと思った。
進化したシャシーコントロール
同様に乗り心地もハンドリングもスポーティというよりはリファインされている。低速時に逆位相、80km/h以上で同位相に切り替わる一種の4WSたるアクティブ・ステアリング・システムは、以前乗ったモデルのそれに比べると格段に自然に感じられるようになった。特に速度を上げたときのステアリングの安定性がとても気持ちがいい。
ドライビングモードに応じてエンジンレスポンスやシフトタイミング、ステアリングのアシスト量を変えるダイナミック・ドライビング・コントロールに加え、テスト車にはダンピング制御するアダプティブ・ドライブが装備されていた(550iに標準)から、事実上あらゆるステージで望み通りの機械応答を期待することができる。
試乗中はさまざまなモードを試した挙げ句、結局はスポーツモードを選びっぱなしにした。それは低速でデリケートな走行をしたいときに、ノーズダイブやスクォトなどの、不快な挙動変化が巧みに抑えられることが大きい。また、ピレリのランフラットタイヤが、以前に比べるなら大きく改善されたこともあって、このモードでも十分に快適な乗り心地が期待できたからである。
いずれにしてもBMWという企業は、コンピューターオタクと思いたくなるほどデジタル機器やその制御に熱心だが、それが最近、随分進化してきたと感心した。
ライフスタイルはヒトがつくる
というわけで、中に乗っている限りは、でかい寸法に気を遣いさえすれば、快適、快楽この上なく、自動車工学の最先端ワールドを味わえるクルマである。あらゆる方向にあらゆるパターンで調整できるシートの作りは最上だし、これまた移動範囲が多いリアシートと高いルーフ、高い座面のおかげでリアのスペースは実質的に7シリーズを凌ぐほどある。
ドライバーを優先に非対称に造形され、しかも優れた仕上げや素材の選択が好ましいダッシュボードや、ロジカルな操作システムもまた、このクルマの大きな魅力である。
でも、そのボディの意味は最後まで理解できなかった。テールゲート全体とその下部だけと、2ウェイで開くハッチの構造も特に優れたアイデアではないし、荷室とリアシートのパティションボードの作りがいいから、この種のボディのハンディとなる音や振動の遮断は巧みに考えられているとはいえ、高級車としてはそのくらいの配慮は当然だろう。
リアシートを畳めばそれなりに大きな荷室が現れてきて、さまざまに使いこなすことは可能である。でもそれならどうしてクーペスタイルなのだろう? どうしてわざわざサッシュレスドアを採用したのだろう?
クーペというわりには、決して典雅には見えないし、あえてサッシュレスにしたからといってDLO(Daylight Opening=ガラス部分)が格段に美しく見えるというわけでもない。それならワゴンボディの「ツーリング」の方がはるかに使いやすいし、ずっとスタイリッシュだと思う。でかいボディが欲しいなら「X5」があるし、あちらならついでに4WDも付いてくる。
新しいジャンルへの挑戦という点では、それなりに評価しよう。でもリポーターが最後まで納得できなかったのは、メーカーが顧客にライフスタイルを提案しようとしているという姿勢である。このクルマも最近流行の、いわゆるライフスタイル提案型商品となるわけだが、それに対してリポーターは日頃からなんとなく反発を感じている。
人の生活のあり方を創造していくのはモノではなくヒトの方であり、そのスタイルに合わせてモノが選ばれるべきだと、そう信じているからだ。
(文=大川悠/写真=荒川正幸)

大川 悠
1944年生まれ。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部に在籍後、自動車専門誌『NAVI』を編集長として創刊。『webCG』の立ち上げにも関わった。現在は隠居生活の傍ら、クルマや建築、都市、デザインなどの雑文書きを楽しんでいる。
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