第132回:イタリアの「ミニブス」を何とかしたい! 日本製の快適モビリティの寄贈を願う
2010.03.06 マッキナ あらモーダ!第132回:イタリアの「ミニブス」を何とかしたい!日本製の快適モビリティの寄贈を願う
イタリア旧市街にピッタリなモビリティ
ボクが住むシエナをはじめ、イタリア各地で見かけるものに「ミニブス(ミニバス)」と呼ばれる乗り物がある。イタリアの旧市街は、概して中世・ルネッサンス期そのままのところが多い。そうした街路に9m級の路線バスを走らせるのはかなり難しい。そこで、全長7m前後のミニブスが活躍するわけだ。シート数は折り畳み補助席も含めて10席ほど、定員は立ち席を含めて20人前後である。
歴史を紐解くと、イタリアでミニブスが本格的に普及したのは、1980年代以降という。第1の理由は、旧市街に住む人々の高齢化が進み、よりきめ細かい公共交通機関が必要になったことであろう。第2の理由は、ベッドタウンに住む人が増えたことだ。事実、郊外からゴチャゴチャした旧市街に直接乗り入れられる便利なモビリティが必要になった時期とミニブスの普及はちょうどリンクしている。
ちなみに、近年はイタリアのミニブスもラッピング広告が盛んだ。街路を通過するので、媒体効果がそれなりにあるのだろう。あるバス会社の年間広告料金は1万ユーロ(約120万円)という。ただし、あまりに全身(全車体)ラッピングしすぎて、客としては路線バスか他の貸切バスか、瞬時に判断がつかないときがあることも事実だ。
高齢化社会には深刻な問題
このミニブス、基本はトラックをベースにしたものである。元はフィアット系商用車ブランド「イヴェコ」の人気モデル「デイリー」だ。標準的なエンジンは3リッターターボディーゼルである。変速機はときおりオートマ版も見かけるが、基本的にはZF製マニュアルだ。
イヴェコとエンジンが同じだから、遠くからエンジン音が聞こえて「あ、ミニブスが来た」と思っても、実はトラックだったなんていうことが、よくある。
基本的にトラックということは、乗り心地もお察しのとおりである。イタリアのアスファルト舗装が悪いこと、また石畳の道が多いこともあって、突き上げは体を直撃する。建て付けの悪い内装も、「ガタン!」と一緒に音をたてる。
FRP製シートはそうしたバイブレーションをもろに伝えるうえ、お尻がツルツル滑ってしまう。さらに冬は冷たい。日本のクッション入り布製シートのような害虫問題がないのが唯一のメリットだ。
ボディを架装しているのは、イタリア各地にあるバス・トラック専門のカロッツェリアである。株式会社もあるが、有限会社規模のところもある。経営基盤が脆弱なところも多く、いつの間にかブランドが消滅していたり、吸収されていたりする。
彼らが造る近年のモデルは、ボディ面をフラッシュサーフェスにすべく、アームを使ってドアが外に開く形式のものが多い。その開閉が死ぬほど遅い。せっかちな人が多いイタリアである。壊れているかと思いドアを叩く人が結構いる(ホントに壊れているときも、あるのだけど)。加えて、窓にスモークをかけているから、外で待つ人がドライバーに目でコミュニケーションしようと思っても、ドライバーが気づいているかわかりにくい。
以前普及していたモデルは、日本の路線バスのような中折式ドアで、スッと開き、さらにガラスも透明だったのに。街を走るバスを必要以上に面一化したり、ガラスをスモークにするのはデザイナーのエゴ以外の何物でもない。
さらに、このミニブスにはもっと深刻な問題がある。これもトラックシャシーが原因だが、ステップがやたら高いのだ。日本流にいえばワンステップバスだが、地上から1段目まで、および1段目から車内床面までの高さは、日本製路線バスの比ではない。だからボクなどは「高床式倉庫」ならぬ「高床式バス」と呼んでいる。したがって、利用客のマジョリティーといっていいお年寄りには、かなりつらい。とくに両手に買い物袋を提げたおばあさんなどは、周囲の助けを借りなければ車内に“登頂”できないときがある。
ボク自身も、そういう場面にたびたび遭遇する。ボクが先に車内にいるときは、24時間テレビの欽ちゃんの気持ちになって「おばあちゃん、もうちょっとヨン」と言いながら手を引き、停留所で後ろにいるときは、毒蝮三太夫になって「ホラがんばれ、ばあさん」と後ろから励ましながらお尻を押してあげている。
フェラーリより大切だ!
これはサミット加盟先進国のバスじゃない! ましてや、イタリアは日本に比肩する高齢国家だ。個人的には「フェラーリ458イタリア」の7段デュアルクラッチの変速フィーリングを論じるよりも、このミニブスを改善するほうが世のため人のためだと思っている。そもそも458イタリアなんて、そこいらを走っているのを見たことないし。
そこでふと思いついたのが、日本製の小型バスである。そうした日本製バスがミニブスに導入されたら、どんなに快適だろうと思うのだ。「日野ポンチョ」が低床で最も理想的だが、「トヨタ・コースター」「日産シビリアン」「三菱ふそうローザ」「いすゞジャーニー」といったマイクロバスの中折扉仕様でもいいだろう。
パーツ供給は、販社を通じてある程度フォローできるだろう。それにイタリアのメカニックはマメで器用だから、足りないパーツは作ってしまう。日本のマイクロバスが発展途上国で使われているのを見ると、さらにその可能性を信じたくなる。
「左ハンドルで、右ドアなんていう欧州仕様を、それも限られた数造れるはずないじゃん。もし造っても高くて、地方のバス会社が買えない。だから物書きは困るんだよな」というお声はごもっともである。
しかし日本のメーカーが、そうしたバスを3、4台でいいから造って、どこかのバス会社や自治体に寄贈することを強くオススメする。なぜだか説明しよう。
イタリアでは、とかく最初に好評だった商品の商標が、たびたび一般名詞化する。カセットプレイヤーは「ウォークマン」、電子ゲームは「ニンテンドー」といった具合だ。最近はPND式カーナビは当地の人気ブランドの名をとって、たとえ他社製品でも「トムトム」と呼ばれている。
さらにイタリアの人々は、功労のあった外国人を忘れない。たとえばボクの住むシエナでは、20年近くも前に伝統行事の優勝旗を描いた画家の名を今も覚えている人は多い。
そこで、である。
日本メーカーがミニブス用に数台を、人目につく観光地などにドーンと寄付する。 → 快適で評判になる。 → 人々の間で、メーカー名が一般名詞化する。 → メーカーの知名度やブランドイメージも上がる。
という効果が得られまいか。
事実シエナではミニブスを多くの人が「ポリチーノ」と呼ぶ。でも“Pollicino”とは、すでに倒産したモデナのバス車体メーカー「アウトードロモ(アウトドローモではありません)社」が、童話の登場人物にちなんで自社製ミニブスに付けた商品名に過ぎない。
また国は違うが、ハンガリーで郵便番号のことを「トーシバ」と呼ぶ人がいるのは有名な話だ。昔初めて納入された郵便番号自動読取機のメーカー名にちなんでいるのだ。
イタリアのミニブスも、みんなから「フソー(ふそう)!」とか「イーノ(日野)!」と呼ばれたり、「あ、次のイスーズ(いすゞ)に乗って行こう!」とか言われるようになったら天晴れと思うのである。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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