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第127回:速度アップゴーゴー! 「スピード大臣」がいるイタリア

2010.01.30 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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第127回:速度アップゴーゴー! 「スピード大臣」がいるイタリア

ドーンと20-30km/hアップ!

「たっぷり熟成明太子パスタ。ソース30%アップ」「チキンラーメン。卵10%アップ」……と、日本人は増量が大好きである。いっぽうイタリアでは、高速道路アウトストラーダの制限速度をアップするアイディアが浮上した。2009年12月のことだ。

現行の制限速度は原則として130km/hである(原則と記したのは、危険箇所や気象条件などで、別の制限速度が設定されている区間があるため)。隣接国と比べると、フランスやオーストリアと同等、スイスやスロヴェニアの120km/hよりも高い。
これを安全な区間に限って150km/hまで引き上げよう、という案がイタリア上院の委員会で浮上したのだ。連立与党の一党「北部同盟」から提出されたものだった。運輸大臣も賛成の意を示すと、イタリアのマスコミは一気に「高速道路150km/hへ」と報道した。
それだけにとどまらなかった。「150km/hにアップ」が提案された後日、連立与党の第1党「自由国民党」からは、さらに160km/hまで引き上げる案まで浮上した。

その速度規制緩和は条件付きだ。
・片側3車線以上
・旅行時間計測式の自動速度取締機が設置されている区間
・天候が良好である
というものである。さらに、「一定の安全装備を備えた車両のみにすべき」という案も上がった。それにしても、現行の130km/hから一気にドーンと20-30km/hアップとは。「明太子パスタ」とは比較にならないビッグな話だ。

国境に記されたイタリアの制限速度。
国境に記されたイタリアの制限速度。 拡大

今に始まったことではない

そのいっぽうで、思い起こしてみると、ボクがこの国にやってきてから、アウトストラーダは、何度となく速度制限についての議論が行われていたことに気づく。その流れを振り返ってみよう。

1998年、交通事故減少を目指した当時のフェッリ運輸大臣によって、それまでの140km/hから110km/hに引き下げられた。だが、あまりに非現実的という声から、わずか半年後に130km/hに再び引き上げられた。
やがて2001年には、これまたときのルナルディ運輸大臣から160km/hまで引き上げる案が提案された。その流れで翌2002年には、150km/hまで引き上げる改正道路交通法案が可決される。ただし改正法は、反対派を考慮したいわぱ折衷案だった。

それは、「従来どおり制限速度は130km/hのままでありながら、各地の高速道路会社は、最高150km/h区間を設定できる」というものである。ちなみにイタリアの高速道路事業は1987年に民営化されている。

実際フタを開けてみると、事故やそれに伴う訴訟への恐れから、実施に移した会社は皆無で、150km/hは事実上形骸化してしまった。
そうこうしているうちに2006年には、新政権のビアンキ運輸大臣によって120km/hに下げる案が出された。だが、こちらも実現には至らなかった。
冒頭の2009年12月に浮上した改正案は、形骸化してしまった2002年の速度アップを、より明確にしようというものである。

A1号線「太陽の道」は3車線で新型取締機付き。新速度対象路線と思われる。
A1号線「太陽の道」は3車線で新型取締機付き。新速度対象路線と思われる。 拡大

規制派と同じくらいの緩和賛成派

イタリアで速度規制緩和論議が浮上すると、慎重論と同じくらいの賛成論が、さまざまなメディアに現れる。多くの賛成論者がよりどころとするのが、2001年に160km/hまで引き上げる案を示したルナルディ元運輸大臣の発言である。「交通死亡事故のうち高速道路上は12%にすぎず、なかでも速度超過が原因のものは僅か」というものだ。
元大臣は今回も、「今日の自動車は安全性が向上している。(制限速度緩和により)交通がより円滑になることに疑いを挟む余地はない」と支持した。

イタリア人の速度に対する認識も背景にある。たとえば筆者が知る50代の女性ドライバーは、日常的に高速道路を使用しないにもかかわらず、「安全な区間なら反対する理由はない」と断言する。
また、今回の速度論議と直接関係ないことを断ったうえで紹介するが、オンライン保険業界団体の2009年調査によれば、イタリア人ドライバーの56%が「自分は制限速度を守っていない」と答えている。

対する反対派意見の基本は、「制限速度引き上げは、欧州諸国の大勢に逆行するものである」ということだ。長年速度無制限で知られたドイツのアウトバーンも、近年は環境・安全上の観点から、ほとんどの区間で130km/hを制限速度、もしくは推奨速度としている。EU全体で130km/hに制限しようという動きもある。環境保護団体グリーンピースも今回、「事故増加とともにCO2増加に繋がる」と即座に反対を表明した。

筆者の知人で損保業界に長い60代の男性も、「イタリア人は追越車線をひたすら走るなど、マナーにきわめて無知。そうしたドライバーの教育が先」と、速度制限緩和に反対する。

さらに、「イタリアの高速設備とキャパシティは1970年代のままで、交通量をはじめとする今日の現状に到底追いついていない」とするレポートもある。
たしかに、隣国から国境を越えて帰ってきた途端、カーブがきつくなり、ガードレールはサビサビ、舗装はボコボコ、というのがイタリアのアウトストラーダだ。ボクなどは「ここは旧ソビエトかよ?」と、ステアリングを握りながら笑って済ませているが、制限速度を上げるには少々心配な道路であることはたしかだ。

150-160km/h案は、「悪天候の日は除外」という条件付き。
150-160km/h案は、「悪天候の日は除外」という条件付き。 拡大
黄色い線の工事区間でも、速度を落とすクルマは少ない。
黄色い線の工事区間でも、速度を落とすクルマは少ない。 拡大

日本にも登場か?

結果として、今回のスピードアップ法案は本会議への提出見送りとなった。運輸担当技官による「設計速度を140km/hに想定している区間はない」という参考意見がきっかけとなった。

日本人の感覚からすれば、ハードである道路の設計速度を超えるスピードを議論すること自体がナンセンスである。だが、元大臣の発言でわかるように、「クルマや取締機も進化しているのだから、速度を上げて円滑化することで混雑を一気に解決できる」という、いわばソフトから攻める発想が、この国には存在するのも事実なのだ。

実は前述の経緯における政権を分けると、規制緩和案を進めたルナルディや今回150-160km/hを提案した2政党は、中道右派、規制強化案を出したフェッリやビアンキは左派/中道左派であった。前述のように、双方の意見が拮抗するイタリアで、スピード論議は、政権の人心掌握の匂いがしないでもない。

日本でもイタリアのように、これから政権が何年かごとに交代するようになるかもしれない。速度緩和を公約に掲げる「スピード大臣」が現れるかどうか、興味深くウォッチングしていようと思う。

(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

錆びたガードレールに心が痛む。北部アルト・アディジェにて。
錆びたガードレールに心が痛む。北部アルト・アディジェにて。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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