第37回:おんぼろゴルフで新車に勝つ古典的な方法とは? − 『キック・オーバー』
2012.10.10 読んでますカー、観てますカー第37回:おんぼろゴルフで新車に勝つ古典的な方法とは?『キック・オーバー』
フェンスにクルマで体当たり!
「マーキュリー・グランドマーキー」が砂漠を爆走し、SUVのパトカー数台が後を追う。車内には、ピエロの面をかぶった男が2人。彼らは現金200万ドルを盗んで逃走中なのだ。行く手にはフェンスが立ちふさがるが、その向こうはメキシコ。アメリカの法は及ばない。クルマで体当たりしてフェンスを突き破り、めでたく自由の身……とはいかず、そこにはメキシコ警察が待ち構えていた。あえなく御用となり、 “ドライバー”と自称する犯人は刑務所送りとなる。
オープニングから、この映画が典型的な痛快アクションものであるというサインがわかりやすく出てくる。実際、格闘あり、ガンファイトありのエンターテインメントだ。プロデューサーを務めながら主演もこなすのは、メル・ギブソンである。ワイルドで強い男が暴れまくるという、彼のイメージを一切裏切ることのない映画なのだ。
メル・ギブソンの出世作といえば、オーストラリアの低予算映画『マッドマックス』だ。以前紹介した『ベルフラワー』で、主人公が憧れた、暴力が支配する荒涼たる世界を描いた作品である。名声を得てハリウッドに移り、『リーサル・ウェポン』でまたヒットを飛ばした。LA警察の刑事2人が犯罪組織に立ち向かうバディムービーで、やたらに派手な銃撃戦や爆発シーンが多かった。シリーズ化されたこの二つの作品で、メル・ギブソンのキャラクターは定まってしまった感がある。粗野で乱暴、そしてマッチョでタフな男だ。
“暴れん坊”メル・ギブソン復活!
しかし、彼は監督を務めた作品では違った側面を見せる。『ブレイブ・ハート』はスコットランドの反乱がテーマの歴史大作だったし、『パッション』ではキリストの死をリアリズムで描いた。『アポカリプト』はマヤ文明が舞台となっている。いずれも流血や暴力シーンは嫌というほど出てくるが、単純アクション映画のおばか感からは遠い。
『キック・オーバー』では共同脚本にクレジットされているが、監督は新人に担当させている。そのかいあってか、本作では往年の暴れん坊っぷりが完全に戻っている。メキシコで裁判を受けた主人公が収容されたのは、凶悪犯専用の刑務所“エル・プエブリート”だった。そこは刑務所とは名ばかりの無法地帯で、ハビと呼ばれる男が支配している。看守は買収されて、彼の言いなりだ。治外法権の街のようになっていて、飲食店が普通に営業しているし、娼婦まで出入りしている。金さえあれば、ドラッグも手に入るのだ。
荒唐無稽な設定のようだが、これは実際にメキシコに存在した刑務所をモデルにしているというから困ったものだ。服役者の更正を促すために、所内で家族と過ごさせるという実験的な試みだったが、ぐずぐずになってしまったらしい。2002年に軍隊が介入して制圧するまで、政府の力の及ばない“犯罪者の街”として栄えていたのだ。
アメリカ人であるドライバーが言葉もろくに通じない場所に放り込まれたのだから、命だって保証されてはいない。寝る場所もなく食べ物も手に入らないが、持ち前の犯罪スキルを駆使して生き延びていく。すきを見て小銭を拝借するのはお手のもの、トイレで囚人を殴り倒すわ、店に火をつけて混乱に乗じて金を盗むわと、やりたい放題だ。そんな折、彼は10歳の少年キッドと知り合う。刑務所内の仕組みに詳しく、子供ながら相棒としてうってつけだ。キッドはなぜかハビから優遇されているが、それは病気を抱えるハビに、将来自分の肝臓を提供することになっているからだという。キッドを助けるには、ハビの支配を打ち破らなければならない。
ジャンクヤードに積まれたビートル
ドライバーはハビに金のありかを知られ、もともと金の持ち主だったギャングのボス、フランクを殺すために刑務所外に出されることになる。移動の手段としてクルマを要求すると、与えられたのは「フォルクスワーゲン・ゴルフ」だった。残念ながら新型ではなく、2代目モデルである。かなりトウの立ったぼろグルマだ。監視のためについてきた尾行のクルマを振り切らなくてはならないが、性能差がありすぎるからカーチェイスでは勝負にならない。代わりに採用したのは、古典的なやり口である。ハンバーガーを相手のクルマのエキゾーストパイプに詰めてエンコさせるのだ。昔の映画では、ガソリンに砂糖を混ぜるのと並んでこの手法がよく使われていた。
金はジャンクヤードに隠してあるのだが、そこに積み上げられているのはほとんどが「フォルクスワーゲン・ビートル」だ。赤・白・青と色とりどりのビートルが数百台並んでいるのは壮観だ。ロケでは本物のジャンクヤードで撮影したはずだから、現在のメキシコの状況をそのまま反映しているのだろう。さしもの丈夫なビートルも、そろそろお役御免の時期を迎えているのだろうか。
アクション俳優としてのメル・ギブソンが完全復活したかのような本作は、なぜかイギリス映画である。彼がハリウッドでは映画が作りにくくなっているという事情が関係しているのかもしれない。このところ、恋人へのDVや飲酒の上の暴行などで、世間を騒がせる話題ばかりが目立っていた。離婚で元夫人に4億ドル以上の慰謝料を支払ったという豪快な話もあった。
それだけならよかったのだが、致命的なのが度重なる反ユダヤ発言が暴露されてしまったことだ。ユダヤ人の多いハリウッドを、完全に敵に回してしまったことになる。出演が決まっていた『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える』は、他の出演者からの反対でキャンセルされた。
良くも悪くも、破天荒キャラがメル・ギブソンの持ち味である。今や映画の中の犯罪者は、パソコンでセキュリティーを破ることが主な役割になっている。伝統的な肉体派の俳優は、なかなか居場所を見つけられないのだ。ジャンクヤードに積まれたビートルに、ふと彼の面影がよぎったような気がした。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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