第108回:必見! 高速無料化もいいけど「日本アウトバーン化計画」
2009.09.12 マッキナ あらモーダ!第108回:必見! 高速無料化もいいけど「日本アウトバーン化計画」
「ヴィニェット」という仕組み
日本のドライバーの間では、民主党のマニフェストに盛り込まれた「高速道路の段階的無料化」の行方が注目されている。連立を組むことになった社民党が「無料化はCO2排出量の増加につながる」として反対しているためだ。
それとは別に、「無料化されれば要らなくなる?」ということで、ETC車載器の買い控え現象も起きているという。
そこでヨーロッパ主要国の高速道路を見てみると、乗用車の通行が原則無料なのは、ドイツやイギリスなど(一部の有料道路を除く)。いっぽう、フランスや筆者が住むイタリアなどは、料金所ゲートによる有料制である。
それらとは異なる第3の方式を採用しているのがスイスやオーストリアだ。「ヴィニェット」といわれる通行証ステッカー方式を採っている。
スイスでアウトバーンのヴィニェットは、40フラン(約3500円)で1年間有効だ。記載年の前年12月1日から、記載年の翌年1月末まで有効となる。キャンピングカーなどは別途通行料が必要だ。
オーストリアでは、1997年からアウトバーンや自動車専用道路を通行する乗用車にヴィニェット制度が導入された。10日券が7.7ユーロ(約1000円)、2カ月券が22.2ユーロ(約3000円)、1年有効券が73.8ユーロ(約1万円)である。(料金はいずれの国も2009年の料金)
ガソリンスタンドで買える
スイス、オーストリアとも、ヴィニェットの購入は簡単である。大抵のガソリンスタンドで売っているのだ。他国から入る場合も心配ない。国境に近づくと、手前の国のガソリンスタンドに「ヴィニェットあります」の看板が頻繁に出てくるようになる。つまり入国前に購入できるのだ。
もし買い忘れてしまってもチャンスはある。国境直前か入った直後に、必ず販売所がある。
スイスの大きな国境だと、検問所にヴィニェット貼付済のクルマ用と、貼っていないクルマ用の2レーンが設営されている。後者は駐車場に導かれるようになっていて、停車すると巨大ガマグチを下げたお兄さんもしくはお姉さんが近づいてきて、ヴィニェットを売ってくれる。
スイスやオーストリアに近い南ドイツのガソリンスタンドの中には、日本のJAF(日本自動車連盟)に相当するADACのお店があって、そこで売っていることもある。
ヴィニェットは裏面の剥離紙をとってフロントウィンドウに貼り付ける。1台に1枚が決まりだ。したがって他車への流用防止のため、剥がそうとするとビリビリに破れてしまうようになっている。ボクは違うが、几帳面な人は曲がったり空気が入ったりしないよう注意が必要だろう。
剥がすときも、それなりに大変だ。とくにスイスのものは粘着力が強く、破片がガラス側にこびり付いてしまう。スイス人は毎年これを最低1回はやっているのかと感心していたら、専用スクレーパーを売っているのを先日見つけた。やはり困っている人が多いのだろう。
1区間でも必要です
もういちど念のため言っておくと、ヴィニェットは、住民だけでなく旅行者のクルマにも義務づけられている。当局がどこで貼り付けていないクルマをチェックしているかというと、主にサービスエリアの駐車場や、本線への合流レーンなどである。
反則金は高い。たとえばオーストリアの場合、300ユーロ(約4万円)から3000ユーロ(約40万円)である。あとで痛い思いをするよりも、正直に買って貼ったほうがいい。
「外国から来て、たとえアウトバーン1区間でも、ヴィニェット買わなくちゃいけないの?」という疑問もわくだろう。とくにスイスの場合、1年間フルに走っても、他国に行くのにちょっと国内を通過するだけでも、同じ値段なのは納得しにくい。さらにレンタカーの場合、貼ってもそのまま返却しなければならない。
だが答えは「イエス」である。
オーストリアでは「イタリアからブレンナー峠を越えて一定区間を走る場合はヴィニェット不要」という例外がある。しかしその区間には有料の橋があるので、実質ヴィニェットを買うのと、ほぼ同じことになる。
個人的に毎年迷ってしまうのは、ジュネーブモーターショーの会場に向かうときだ。フランスの国境からショー会場まではアウトバーンでたった26kmの道のりである。
ある年、それをケチろうとヴィニェットが必要ない一般道ルートを選択した。結果は大失敗。ジュネーブ市街でえらい渋滞にハマり疲労困憊したうえ、取材したかったプレス発表も逃してしまった。日本のちょっとしたタクシー代程度の額なんだから、ちゃんとヴィニェットを買うんだったと反省した次第である。
日本でも考えてみる?
ヴィニェットの良い点は、料金所で一旦停止したり、ETCのように減速しなくていいことだ。交通がスムーズになるうえ、排ガス濃度が高い、停止からの発進加速をなくすことができる。
またドライバーは料金所ゲートがあるたび、「ETC専用レーン」と係員がいる「一般レーン」を見分けることのストレスから解放され、レーンをウロウロすることによる危険も回避できる。出口を間違えたり通り過ぎてしまったからといって、危険な後退を試みるドライバーも減るだろう。次のインターまで行って戻ってきても、なんら料金が加算されることはないからだ。
ヴィニェット方式にすれば、料金所やETCの莫大な設備維持管理費用も節約できる。
もちろんドライバーからすれば、ヴィニェットすらない完全無料化が望ましいに決まっているだろう。しかし道路や設備は必ず損傷し、老朽化してゆく。安全で快適な道路を維持するために財源はどうしても必要だ。日本の高速道路無料化論議でも、このヴィニェット方式はきわめて良い参考例になると思うのだが、いかがだろうか。
これまでETC普及推進で利益を確保してきた企業には、日本っぽい「ICチップ搭載ハイテクヴィニェット」の開発や、「未貼り付け車探知装置」の納入などで補ってもらえばよいだろう。
また、乗用車よりも道路を傷め、排ガスの排出量が多い大型車にだけETC搭載を義務付けて、別に料金を徴収する手もある。乗用車無料のドイツのアウトバーンも、大型トラックは「トールコレクト」という車載機を使った方式で2005年から有料化している。オーストリアも3.5トン超の車には「ゴー・ボックス」と呼ばれるETCに似た車載機システムを2004年から義務付けている。
そのうえでの話だが、気が早いボクが勝手に心配するのは日本でヴィニェットを実現する場合のデザインである。
その昔、東京都で車庫証明のステッカーが義務化されたとき、「こんなデザインのものをクルマに貼るのかヨ」と情けなくなり、「こんなの貼るくらいならクルマ乗るのやめよう」とまで思い詰めたものだ。
したがってヴィニェット制作の際は、個人的にはぜひ安齋肇氏など人気イラストレーターに依頼してほしいものである。
ただしそれも好みが分かれるだろうから、いっそのこと伝統を尊重して各県の公安委員会ごとに旧藩主の家紋柄にしたら……とも思ったが、それじゃやっぱりヤバイ感じになっちゃいますよねえ。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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