第269回:デザインがかっこいいだけでは幸せになれない!?
2012.11.02 マッキナ あらモーダ!第269回:デザインがかっこいいだけでは幸せになれない!?
デザインの国に感激
その昔、東京神保町の出版社で働いていた時代の話である。向かいの古書店街で見つけてきたイタリアの工業デザイン写真集を開き、ウルトラモダンな水栓の解説を眺めながら「さすがイタリア。かっこいいですねえ」と職場の先輩に同意を求めた。しかし相手からは冷ややかな答えが返ってきた。
「どう蛇口をひねれば水が出るか、誰が使ってもすぐにわかるデザインでなければダメだ」というではないか。
全くもって頭が固い。「ずっと黒電話でも使ってろ」と暴言を吐こうと思ったが、サラリーマンの身ゆえ、グッとこらえたのを覚えている。
後年イタリアに住んでみると、さまざまな場所でスタイリッシュなデザインのモノに遭遇した。通っていた外国人大学の教室のドアノブや蛍光灯のシェードだけでも感激したものだ。たしかに若干操作がわかりにくい水道の蛇口などもある。でも数秒いじっていれば、すぐに使い方がわかるではないか。
「チャレンジ優先のデザインに間違いなし」と思ったものだ。
甘くない現実
だがしばらくたつと、デザインが今風にいう「カッケー!」だけでは、シアワセになれないことも判明してきた。
最初にそれを思い知らされたのは、携帯電話がまだ円換算で10万円近くしてビンボー留学生のボクなど買えなかった時代、よくお世話になった「公衆電話ブース」だ。モダンなデザインの電話機がずらっと並んでいても、いざ使おうとすると、テレホンカードを挿入口に入れても飲み込んでくれなかったり、受話器をとった時点で音がザーザー聞こえたり、よく見ると、受話器のコードがちぎれる寸前だったりで、使える電話機が限られていた。
左にある写真は、バス発着所が入ったわが街シエナのビル内に設置されたエレベーター操作パネルである。ドイツ・シンドラー社製で、従来のような操作ボタンではなく面一のタッチパネルになっている。最近はメンテナンスが行き届かず、だんだん反応が鈍くなり、“ぶったたく”くらいの衝撃を与えないと作動しなくなってしまった。
乗り物もしかりである。
2011年のことだ。ある日、わが家の窓から下を見ると、見慣れない形のしゃれた小型バスが走っていた。そのとき住んでいたのが観光都市ゆえ「どこかの国から来たバスかな?」と思ったが、後日わかったのは、新しく導入された「ミニブス(ミニバス)」であった。
2年前の本欄で記したが(第132回:イタリアの「ミニブス」を何とかしたい!)、「ミニブス」(または「ポリチーノ」)とは、狭い路地が多いイタリアの旧市街地用に造られた、全長約7m、定員20人程度のバスである。
多くはフィアット系商用車ブランド「イヴェコ」のトラックシャシーをベースに、中小のカロッツェリアがボディーを架装している。観光客は大抵「かわいい」と言うが、実際乗ってみると、元がトラックゆえ乗り心地は硬く、床が高いため乗降性も良くない。
いっぽう新型のミニブスは、低床ノンステップだった。ベースはイヴェコではなく、ルノーの商用車「マスター」である。内装のセンスもそこそこよく、エアコン付きだ。運転席の背後には薄型モニターが付いていて、各種お知らせが映し出されている。ついでに言うと、ラジオも付いているらしく、運転手はFMをかけながら楽しげに運転している。
それを見てボクは「ようやく、ミニブスも文明開化か」と感動したのだが、それもつかの間だった。しばらくたつとエアコンは壊れて効かなくなり、自慢のモニターは何も映らなくなってしまった。そして、まあこれは他のバスも同じだが、タイヤの溝もかなり浅い。いずれも経費節減の折、補修になかなか手がまわらないのだ。
落ちぶれた女優のような
要は「優れたデザインを生かすも殺すもメンテナンス次第」ということなのである。特にしゃれたデザインのモノは手入れが行き届かないと、凡庸なデザインのモノよりも物悲しくなる。それを見たときの心境は、落ちぶれてしまった美人女優を週刊誌で見てしまったときに近い。
とはいえ、あか抜けないデザインだがメンテナンスが行き届いている日本のモノや公共交通機関を比べて、どちらが良いかと言われれば、悩むところである。
ところで整備の行き届かないミニブスといえば、先日こんなことがあった。ボクの乗ったミニブスがバス停で客を降ろしたあと、ドアが閉まらなくなってしまった。仕方ないので運転手は次の停留所までドアを開けたまま走った。もちろん、規則上は違反だろうが、夏は客が少ないとそうやって走るバスがあるので、お客も大して驚かなかった。しかし、もはや秋である。やがて客の間から「寒い」と文句が出た。運転手は次の停留所でバスを降りて、一番前に立っていたおばさんに運転席のドア開閉スイッチを操作してもらいながら、ドアを押したり引いたりし始めた。するとあろうことか、運転手を外に取り残したまま、今度はドアが開かなくなってしまった。ようやく運転手がドアをこじ開けて運転台に戻ると、乗っていたおじさんのひとりが「運転手さん、もう帰っちゃったかと思ったよ」と言い、客の間から笑いが起こった。
良いデザインと、行き届かないメンテナンスのなかで生きるには、このくらいココロの余裕が必要なのである。
(文と写真=大矢アキオ/Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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