第91回:それ行け次男坊! フィアット「お坊ちゃま」そんなお姿いけませぬ!?
2009.05.16 マッキナ あらモーダ!第91回:それ行け次男坊! フィアット「お坊ちゃま」そんなお姿いけませぬ!?
フィアットを若返らせた男
世の中、長男よりも次男のほうが強いキャラクターをもつコトが多い。北野大と北野武、田村高廣(故人)と田村正和を見ればわかるだろう。
ボク自身、兄弟はいないけれど、たしかに長男か次男かと問われれば、次男のほうに親しみが沸く。したがって個人的には、○△宮様にも親近感を抱いている。
よく耳にする「次男は長男よりも社会的プレッシャーが軽い中で育つから、のびのびしている」という分析は、そのとおりに違いない。
ところで、当世イタリアで最も有名な「次男坊」といえば、本エッセイ第83回でもちょっと紹介したラポ・エルカン(31歳)である。
おさらいすると、ラポはフィアット創業家出身で名誉会長だった故ジョヴァンニ・アニェッリ(1921-2003)の孫である。
1977年ニューヨークでジョヴァンニの長女・マルゲリータと小説家のアラン・エルカン(のちに離婚)の間に生まれたラポは、パリで高校時代を過ごしたあと、ロンドンのビジネススクールを卒業した。
その後ピアッジョ、フェラーリなどで社会人経験を積む。ピアッジョでは、アニェッリの孫であることを隠し、一従業員として働いていたという。まあこのあたりはアニェッリ家の他のメンバーにもある美談なので、ざっとにしておこう。
その後ラポは、元アメリカ国務長官で国際政治学者であるヘンリー・キッシンジャーの個人秘書を経て、フィアットに入社した。やがてフィアットブランドのマーケティング担当ディレクターとしてイメージの再興に尽力。その一環として、2003年末にアパレルメーカー「オキシジェン」社と共同で開発した旧FIATロゴ入りのスウェットを発表した。それは予想外の大ヒットを呼んだばかりか、イタリアのファッション界に一大スウェットブームを巻き起こした。
同時に、ラポは新型「フィアット500」の製品企画にも参画した。
兄は「金八先生」だけど
当時、筆者もモーターショーなどで、ラポをたびたび見かけたものだ。
ラポの1つ年上の兄で、フィアットグループの副会長を務めるジョン・エルカンが、いつも堅い、いうなければ“金八先生ファッション”であったのに対して、ラポは当時から派手なストライプのスーツとシャツを瀟洒に着こなし、ともすればダサいおじさんが多い自動車製造業界で異質なムードを放っていたのを記憶している。
また兄のジョンが、2004年にミラノ貴族の血を引くボロメオ家の令嬢と、これまた“堅い”結婚をしたのに対し、ラポは芸能人との華やかな交際など、女性週刊誌が喜ぶ話題をたびたび提供した。
やがてラポのファッションに対するアンテナはさらに研ぎ澄まされる。フィアットを退社し独立を果たしたラポは、2007年に自らのアパレルブランド「イタリア・インディペンデント」を立ち上げた。
そして今日まで、ミラノやフィレンツェのファッションウィークを舞台に、カジュアルウェアやドライビングシューズ、サングラスなどを発表し続けている。
キャンペーンモデルで
そのラポが、先日またまた“やって”くれた。FM局「ヴァージンラジオイタリー」の広告キャンペーンにモデルとして登場したのだ。ヴァージンラジオとは、あのヴァージングループが欧米各国で展開しているロック専門局である。イタリアでは2007年に放送が開始された。
今回の広告には、写真家ウェイン・メーサーが指名され、キャッチフレーズは「Rock save Italy」が選ばれた。
お察しのとおり、イギリス国歌「God save the Queen」に引っ掛けたものである。実際、ラポと一緒に写っている旗は色こそイタリア国旗の赤・緑・白だが、図柄はユニオンジャック風になっている。ヴァージンラジオはそれを「イタリアンジャック」と名づけている。
そのため、5月のイタリアの雑誌媒体にはラポによるこの広告が溢れている。実物でさえインパクトある風貌が、写真ではさらにコクなっている。とくに「正面向き篇」では髪型、ポーズとも、もはや天上の人を想起させる。ページを開いた誰もが少なからず衝撃を受けることはいうまでもない。
2009年5月現在、ヴァージンラジオイタリーのオフィシャルサイトでも、トップ画面にいきなりラポが登場する。http://www.virginradioitaly.it/intro/index.htm
効果音入りなので、オフィスで仕事中の方や、子どもを寝かしつけたばかりの方は注意していただきたい。
こうしたラポの過激パフォーマンスに対して、「兄貴の会社が生き残りを賭けて、クライスラーやオペルと提携を構築しようとしてるっつうのに、何やってんだ!」などというクソ真面目な声が聞こえてこないのは、さすがイタリアだ。ボクもラポに、次男坊としていけるところまで激走していただきたいと思っている。
それでもやっぱりイタリア人
ラポ・エルカンといえば、こんなエピソードも思いだす。
兄ジョンの結婚祝いに、ラポは白い先代の「フィアット・チンクエチェント」に青い巨大リボンをかけて贈呈したのだ。
おそらく他者も介して探したものではあろうが、現行モデルでもないクルマをわざわざ探してくるマメさに、彼の人柄を感じる。
そして、たとえファッションセンスやキャラクターが天と地ほど違っても、ファミリーを大切にするところは、やはり紛れもなくイタリア人ではないか。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=FIAT、Virgin Radio Italy、大矢アキオ)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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