第79回:新生「シトロエンDS」に熱烈ファンは「炎上」!?
2009.02.21 マッキナ あらモーダ!第79回:新生「シトロエンDS」に熱烈ファンは「炎上」!?
永久欠番なんだと思っていたら
2月5日は何の日? フランス車ファンなら、知っているとちょっと自慢できる日である。
答えは「アンドレ・シトロエンの誕生日」だ。
1878年2月5日午前0時半、のちのシトロエンの創立者はパリ9区で生を受けた。そして彼の131回目の誕生日である2009年2月5日、シトロエンはふたつのニュースを発表した。
ひとつは、新しいコーポレイト・アイデンティティ(CI)である。創立当初からの(Citroenにちなんだ)シトロン色から赤を基調にした現行ロゴに大転換したのが1985年だから、24年ぶりの刷新である。
もうひとつは、「DS」のネーミング復活だ。
従来DSといえば、1955年のパリサロンで発表され、たちまち「未来から舞い降りたクルマ」としてセンセーションを巻き起こしたあの名車であった。
シトロエンは2010年からプレミアム性のある商品ラインにその名前を復活させ、「DS3」「DS4」「DS5」という形で3車種を展開する。ここ数年「C4」「C5」「C6」と「C」で始まるシリーズを展開してきたのと同じ要領だ。
それに先駆け、今回「DSインサイド」と名づけられたコンセプトカーを公開した。一部の事情筋によれば将来の「DS3」の予告篇という。
しかしながら、DSといえばシトロエンのアバンギャルド精神のシンボル。ボクは永久欠番なんだと思っていた。したがってその復活は、長嶋茂雄の背番号「3」のユニフォームを新人選手に与えてしまうようなものではないか。相撲でいえば徳俵を踏んでしまった感がある。
後日、有名な自動車業界紙「オートモーティブニュース」の電子版でも、新生「DS」を出したシトロエンのマーケティングについて、「どうよ?」という読者ウェブ投票が展開されていた。
新生DS発表の翌日である2月6日、前回速報でお伝えしたヒストリックカーショー「レトロモビル」が開幕したので、会場でファンたちの感想を聞いてみることにした。いわば地球上で最もシトロエンファンの密集率が高い集いである。
新DS登場に人々は「炎上」しているに違いない。
まるで親分のごとく
会場に足を踏み入れるとシトロエンのスタンドは、早くも新ロゴで統一されていた。各クラブのスタンドにレンタルされている折り畳み椅子も、真新しい新デザインだ。
まずは以前本欄に写真で登場したシトロエン専門誌「シトロスコピー」の編集部のレジ・ギヨ氏に会ったので聞く。「新しいDS出ましたねぇ。」
すると彼は「新ロゴは洗練されているし、新DSもなかなかよい出来だ」と肯定的な見解を示すではないか。
次に「シトロエンDS」と、その廉価版である「ID」の愛好会である「イデアールDSフランス」のスタンドを訪ねた。一角にはメンバーのお宝である初期型DSがオブジェのごとく鎮座している。その姿は今見ても前衛的である。
その脇にいたピエール・ドュビー名誉会長は「あれ(新DS)は別のもの。私たちにとってDSといえば、オリジナルです」と彼も冷静である。
さらに、同じくDSファンの集いである「DS-IDクラブ・ド・フランス」の会長で、日頃はパリ交通営団に勤務しているシルヴァン・モルヴァンジェール氏のところも訪ねた。
「すでにシトロエンは、1930年代に存在した『C6』の名前を復活させているでしょ? あれと同じことだよ。驚くことはない」と語るではないか。みんな意外にも冷静である。
念のためこうした公認クラブとは直接関係ない、別のフランス人熱烈シトロエンファンに会ったが、彼は「おい、新しいシトロエンDS見たか?」と興奮とともに逆に切り出されてしまった。
たとえネーミングは同じでも「元祖は元祖」と、どっしり構えている彼らを見ていると、任侠映画に出てくる冷静な親分を思い出してきた。それに対し、「あ、あれがDSだと!? 」と勝手に鼻息を荒くしていたボクは、あたかも横丁のチンピラそのもので情けなくなってきた。
クルマがないかわりに「モミモミ」
パリに来たついでに、シャンゼリゼ通りにあるシトロエンのショールーム「C42」にも足を向けた。こちらも玄関を入ってすぐのところに、早くも新しいシンボルマークが掲げられていた。
階段を降りながら各階の展示車を観ていこうと思い、エレベーターに乗る。ところが最上階で降りると、ターンテーブルの上にクルマがないではないか。かわりにそこにいる来場者たちが何かを取り巻いていて、妙に盛り上がっている。覗いてみると、なんと「マッサージチェア」だった。
マッサージチェアといえば、日本では何十年も前から銭湯で「ケロリン」広告付き洗面器と並ぶ定番だが、こちらではまだまだ珍しい。
眼下に広がる世界一有名な通り、シャンゼリゼを眺めながら、無料でモミモミできるという期間限定企画である。名前はずばり「シトロエン・ラウンジ」である。
実はマッサージ機の内部にマイクが内蔵されていて、その感想をもとに新DSにはマッサージチェアが標準装備されるというのはボクの勝手な想像に過ぎない。
だがいつの時代でも、お客の驚く顔を楽しみにするこのブランドの“ノリ”は、エッフェル塔にネオンで広告を書いてしまった時代の名残に違いない。
同時にシトロエンのファンは、みんな前向きだった。たゆみない前進を象徴する山型歯車マークのように……。そんなことを思いながら、レトロモビル取材の疲れをほぐすべく、筆者もしばしモミモミしてもらったのであった。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=大矢アキオ、Citroen Communication)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第925回:やめよう! 「免許持ってないのかよ」ハラスメント 2025.8.28 イタリアでも進んでいるという、若者のクルマ&運転免許離れ。免許を持っていない彼らに対し、私たちはどう接するべきなのか? かの地に住むコラムニストの大矢アキオ氏が、「免許持ってないのかよ」とあざ笑う大人の悪習に物申す。
-
第924回:農園の初代「パンダ」に感じた、フィアットの進むべき道 2025.8.21 イタリア在住の大矢アキオが、シエナのワイナリーで元気に働く初代「フィアット・パンダ4×4」を発見。シンプルな構造とメンテナンスのしやすさから、今もかくしゃくと動き続けるその姿に、“自動車のあるべき姿”を思った。
-
第923回:エルコレ・スパーダ逝去 伝説のデザイナーの足跡を回顧する 2025.8.14 ザガートやI.DE.Aなどを渡り歩き、あまたの名車を輩出したデザイナーのエルコレ・スパーダ氏が逝去した。氏の作品を振り返るとともに、天才がセンスのおもむくままに筆を走らせられ、イタリアの量産車デザインが最後の輝きを放っていた時代に思いをはせた。
-
第922回:増殖したブランド・消えたブランド 2025年「太陽の道」の風景 2025.8.7 勢いの衰えぬ“パンディーナ”に、頭打ちの電気自動車。鮮明となりつつある、中国勢の勝ち組と負け組……。イタリア在住の大矢アキオが、アウトストラーダを往来するクルマを観察。そこから見えてきた、かの地の自動車事情をリポートする。
-
第921回:パワーユニット変更に翻弄されたクルマたち ――新型「フィアット500ハイブリッド」登場を機に 2025.7.31 電気自動車にエンジンを搭載!? 戦略の転換が生んだ新型「フィアット500ハイブリッド」は成功を得られるのか? イタリア在住の大矢アキオが、時代の都合で心臓部を置き換えた歴代車種の例を振り返り、“エンジン+MT”という逆張りな一台の未来を考察した。
-
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。 -
NEW
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】
2025.9.4試乗記24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。 -
NEW
第926回:フィアット初の電動三輪多目的車 その客を大切にせよ
2025.9.4マッキナ あらモーダ!ステランティスが新しい電動三輪車「フィアット・トリス」を発表。イタリアでデザインされ、モロッコで生産される新しいモビリティーが狙う、マーケットと顧客とは? イタリア在住の大矢アキオが、地中海の向こう側にある成長市場の重要性を語る。 -
NEW
ロータス・エメヤR(後編)
2025.9.4あの多田哲哉の自動車放談長年にわたりトヨタで車両開発に取り組んできた多田哲哉さんをして「あまりにも衝撃的な一台」といわしめる「ロータス・エメヤR」。その存在意義について、ベテランエンジニアが熱く語る。 -
第83回:ステランティスの3兄弟を総括する(その1) ―「ジュニア」に託されたアルファ・ロメオ再興の夢―
2025.9.3カーデザイン曼荼羅ステランティスが起死回生を期して発表した、コンパクトSUV 3兄弟。なかでもクルマ好きの注目を集めているのが「アルファ・ロメオ・ジュニア」だ。そのデザインは、名門アルファの再興という重責に応えられるものなのか? 有識者と考えてみた。