第40回:007誕生から50年、でもボンドカーは「DB5」! - 『007 スカイフォール』
2012.11.27 読んでますカー、観てますカー第40回:007誕生から50年、でもボンドカーは「DB5」!『007 スカイフォール』
『ゴールドフィンガー』と同じナンバー
『007』に「アストン・マーティンDB5」が帰ってきた! ナンバーは、もちろん「BMT216A」である。『ゴールドフィンガー』『サンダーボール作戦』で使われたボンドカーと同じクルマなのだ。初代のショーン・コネリーから6代目のダニエル・クレイグへと演じる俳優は代わったが、ボンドは50年間ずっとボンドであり続けている。
そう、最新作の『スカイフォール』は、第23作にして50周年記念作品である。米ソが厳しく対立し、大英帝国が今よりはるかに存在感を持っていた時代に、このシリーズは始まったのだ。日本はまだまだ貧しく、華麗なスパイの活躍がまぶしかったはずだ。男たちはみんなボンドガールのセクシーな魅力にやられてしまっただろう。それと同じくらい、誰もがボンドカーに憧れを持った。
「ロータス・エスプリ」「BMW Z8」など、007シリーズにはさまざまなクルマが登場している。しかし、ボンドカーといえば、やはりアストン・マーティンだ。中でも、極めつけがDB5である。「ヴァンキッシュ」などほかのモデルも使われているが、ボンドカーはDB5にとどめを刺す。
英国諜報部(ちょうほうぶ)MI6の秘密兵器開発主任である「Q」によって仕立てられた007用のクルマが、ボンドカーだ。窓ガラスは防弾仕様だし、武器も装備されている。『ゴールドフィンガー』のDB5は、マシンガンや煙幕装置、助手席のイジェクト機構などで強化されていた。『私を愛したスパイ』のロータス・エスプリに至っては、潜水艇にトランスフォームして海に潜ってしまったのだ。
アバンタイトルでボンド死す!?
実は、今回Qはボンドカーを作っていない。DB5は、MI6から払い下げられたボンドのプライベートカーなのである。作品の後半、ボンドが戦いの地に赴くために、倉庫から引っ張り出すことになる。
恒例のアバンタイトルでは、ボンドは軍仕様の「ランドローバー・ディフェンダー」に乗り、イスタンブールの街でカーチェイスを繰り広げる。敵が乗っているのは「アウディA5」だ。このところアウディは悪役使用率が急上昇していて、「メルセデス・ベンツ」に取って代わった感がある。クルマからバイクに乗り換えて、階段や屋根の上を疾走するシーンは迫力満点だ。さらに列車に飛び乗って格闘が始まるのだが、ここで「フォルクスワーゲン・ニュービートル」がひどい目に遭うので、オーナーは見るのがつらいかもしれない。
格闘の末、ボンドは味方の撃った銃弾が当たって橋からはるか下の川に落下する。川底に沈んでいくボンド。そしてアデルが「This is the end.」と歌う声が流れてくる……ボンドは死んでしまったのか。もちろんそれでは作品が成り立たない。彼が追っていたのは、諜報部員の情報が入ったハードディスクを盗んだ男だった。それが敵の手に渡ってMI6が危機にさらされたことを知り、ボンドはロンドンに戻ってくる。
戦いは、サイバースペースで展開されている。MI6のコンピューターがハッキングされ、本部は大混乱に陥ってしまう。受けて立つのは、新任のQだ。若造だが、コンピューターに詳しい。「ペン型爆弾はアンティークだ」と言い放ち、ボンドに与える武器は指紋認証のワルサーPPKだ。
昔ながらのスパイとボンドカー
一方、ボンドの上司である「M」は、1995年の『ゴールデンアイ』から数えて7作目となるジュディ・デンチが演じる。御年77歳だ。ボンドだって、いい年である。体力は落ちているし、サイバーテロに立ち向かう知識は持っていない。昔ながらのスパイは、21世紀の諜報戦を戦えるのか。この作品には、新世代と旧世代の相克が描かれている。
悪役シルヴァを演じるのは、ハビエル・バルデムだ。『ノーカントリー』での奇怪な容貌の殺人鬼も恐ろしかったが、今回は物腰の柔らかいサイコともいうような悪人像で、これも不気味だ。『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』もそうだったが、冷戦も終わってしまった今、敵は異様な怨念(おんねん)を抱いた危ない奴というのが定番になっている。
ダニエル・クレイグ版第1作の『カジノ・ロワイヤル』では、ボンドがマティーニのレシピにまったく興味を示さなかったが、今回はちゃんとシェイクで作るよう要求している。こういう細かいところもきちんと押さえてくれなくては困る。ステアのマティーニを飲み過ぎて酔っ払うなど、ボンドの振る舞いではない。初期の007では、ボンドは任務より酒と美女を優先する快楽主義者だった。リアルなスパイアクションが隆盛になった今では、お気楽なスパイはさすがに生き残れない。
それでも、ボンドカーは健在なのだ。DB5は50年も前のクルマだから、多くを望むのは無理だ。ホイールからドリルが飛び出して、敵のクルマをパンクさせるシーンもない。スコットランドの峻厳(しゅんげん)な景観の中を、ただ走っていく。ボンドがコーナーで素早くシフトダウンを決め、ストレートシックスのエンジンノートを響かせて加速していく。それを見ているだけで、胸が躍る。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。