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第63回:大矢アキオのパリ・モーターショー/「レトロ風情でよろめいて」

2008.10.18 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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第63回:大矢アキオのパリ・モーターショー「レトロ風情でよろめいて」

50年前の市販電気自動車

「Le lundi au soleil〜」
パリサロンで取材をしていると、背後でそんな歌声がした。「陽があたる月曜」というシャンソンのイントロである。

伝説的フランス人アイドル歌手クロード・フランソワが1972年に歌った曲だ。つまり懐メロ。
振り向けば、声の主はフランス人ジャーナリストとおぼしき人物だった。「森の中でデートするには、(人が少ない)落ち着いた月曜日がいい」という歌詞からして、ご本人は「ああ、モーターショーの仕事が終わったら、休みてェなあ」という気持ちを込めていたのかもしれない。

懐メロといえば、今回のパリサロンでは、さまざまなメーカーのスタンドで歴史車両の展示が目立った。
まず地元ルノーが持ち込んだのは、往年の傑作車「ドフィン」をベースにした1959年の電気自動車だ。初期モデルは2ボルト電池×18個の36ボルトで、最高速60km/h、航続距離60kmだった。が、翌1960年モデルは6ボルト×12個の72ボルトとなり、最高速90km/h、航続距離90kmに性能アップしたという。
メーカーによると「半世紀前からEVに取り組んでいました」というアピール。当時、このクルマは市販も行われ、名前はずばり「ドフィン・キロワット」だった。

1959年「ルノー・ドフィン・キロワット」。サイドの稲妻バッジもしびれます。
1959年「ルノー・ドフィン・キロワット」。サイドの稲妻バッジもしびれます。 拡大

これでいいのか?

日本ブランドも負けてはいない。ホンダは最新と初期のF1を並べて展示した。
ディスプレイは通路を挟んでいたこともあって、そこそこ人目をひいていた。プレスデイでも、個人の趣味用と思われるコンパクトカメラを向けるジャーナリストを何人も見た。

今年自動車製造50周年を迎えたスバルも、同社のクルマづくりの原点として「360」をディスプレイした。
360の全長×全幅は2990×1300mmで、「フィアット500」の2970×1320mmとほぼ同サイズである(いずれも数値は初期型)。にもかかわらず360はより丸いためか、えらく小さく見えるから不思議だ。レトロ展示には、こんな面白い発見がある。
唯一残念だったのは、ご先祖を崇拝しすぎたか神棚のように高いところに展示してしまったため、気づく人と気づかない人がいたことである。

いっぽう困惑したのは、クライスラー/ダッジのスタンドだ。
ミニバン「キャラバン」が最新型と並んで展示されている。「ジープ・グランドワゴニア」をはじめ、化石の如く長年カタログに載り続けた米国車が好きなボクは、てっきり今も生産しているのかと早とちりして「いやー懐かしいねエ」と声をあげてしまった。
ところが本当は、「ダッジのミニバン誕生25年」のために、ウォルター・クライスラー・ミュージアムから運ばれた歴史車両だった。

そこで思ったのだが、そもそもモーターショーとは新技術のショーケースであるはずだ。それがいつの間にか懐かしのクルマに頼るようになったのは、自動車業界全体が行き先を見失って彷徨しているように思えてくる。
とくにクライスラー社は、ショー会期中にGMによる買収説まで飛び出した。「こんな非常時に、懐メロ聴かせてる場合じゃないだろう」と思ってしまったのはボクだけだろうか。

振り返れば1950-60年代にアメリカの自動車メーカーは、GMの「モトラマ」ショーに代表されるように毎年全米各地で巡回展示会を催し、その象徴として目を見張るようなドリームカーを発表して世界を驚かせた。同じ国かと思うと、なにやら感傷的になってくる。

ホンダの新旧F1ディスプレイ。
ホンダの新旧F1ディスプレイ。 拡大
“お立ち台”に祀り上げられた「スバル360」。
“お立ち台”に祀り上げられた「スバル360」。 拡大
1983年「ダッジ・キャラバン」。思わず現行市販車かと……。
1983年「ダッジ・キャラバン」。思わず現行市販車かと……。 拡大

ユーモア健在なり

そんなセンチメンタルな思い漂うレトロカー展示ブームだが、唯一楽しませてくれたディスプレイがあった。
シトロエンが2CV誕生60周年を記念して一品製作した「エルメス」仕様である。

ボディカラーはエルメスのアイテムをイメージさせる明るいブラウンに塗られ、ルームミラー、シフトレバー、ドア内張り、ステアリング、サンバイザーは革製に換えられている。いっぽうシートや巻上げルーフは麻製である。
「民衆のクルマをこんなにしちゃって遊ぶとは、けしからん」とフランス車原理主義? の方々は憤慨するかもしれない。それはともかくボクが注目したのは脇に置かれたスペックの文句だ。

・田舎道でも、載せた卵を割らずに走れます。
・3秒でトランクルームを広げられます。
・6秒でリアシートが外せます。
・燃費は新車当時トップクラスのリッター20km。
・500万台の生産実績。

キャッチコピー風である。

あまりにさりげないそのボードに、来場者の何人が気づいたか心配だ。
だがボクは、戦前に「○月×日、空を見よ」とだけ書かかれた広告を貼り、当日アクロバット機でCitroenと空中に描いたシトロエン伝統のユーモア健在なり、と密かな喜びを噛み締めたのであった。

(文と写真=大矢アキオ/Akio Lorenzo OYA)

「シトロエン2CV」by エルメス
「シトロエン2CV」by エルメス
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大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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