第53回:チベット僧からミス・プジョーまで! 当世イタリア式プロモーションをご紹介
2008.08.09 マッキナ あらモーダ!第53回:チベット僧からミス・プジョーまで! 当世イタリア式プロモーションをご紹介
ランチアとリチャード・ギア
「パパ、スゲエな! エンジンがすぐかかる♪」
1970年代末、ボクが小中学生の頃AMラジオで頻繁に流れていたGSバッテリーのCMソングである。エンジンがかかるのが当たり前となった今となっては、貴重な歌詞といえよう。CMは、いつも時代を反映していて面白い。
ということで今週は、イタリアにおけるクルマのプロモーションには、どんなものがあるかというお話をしよう。
最近一番話題になったのは、リチャード・ギアが登場する新型「ランチア・デルタ」のテレビCMであろう。イタリアでは2008年6月の新車発表の直後、13日から放映された。
ストーリーはこうである。
新型デルタに乗り込んでロサンゼルスのチャイニーズシアター(スターの手形を並べた街路)を旅立つギア。次のシーンはなぜかヒマラヤである。そしてチベットの少年僧たちと一緒に、雪の上に手形をつける。
最後のテロップには、「The power to be different」とでる。
このCMは、タイミング的に一連のチベット騒動が沈静化してからオンエアされたが、ギア自身がチベット独立支持を表明していることから中国当局が反発。それに対してフィアットは、イタリア国内では引き続き放映しながらも、一応謝罪するといういきさつがあった。
そうしたエピソードとは別に、作品として評価すれば、幻想的なムードを醸し出していた。「ニュー・シネマ・パラダイス」を手がけたことで知られるイタリアを代表する映画作曲家エンニオ・モリコーネの音楽の力も大きいだろう。
当初の発表では、2008年9月から欧州各国でも放映されることになっていた。フィアットの今後の対応が注目される。
みんな「ワンダーシビック」型
ランチアといえば、すでに筆者が紹介したとおり、小型車「ムーザ」のCMも話題をまいた。
イメージキャラクターは歌手兼トップモデルで、今やフランス大統領夫人のカーラ・ブルーニである。サウンドトラックもナンシー・シナトラが歌ったことで有名な「Bang Bang My Baby Shot Me Down」を、カーラ独特の物憂げなムードで歌っている。
キャッチは「シティ・リムジン」だ。ファーストレディであるカーラのセレブ感との相乗効果を狙ったものであろう。
2007年10月オンエアの第1弾は、アメ車を想像させる巨大リムジンを彼女が「手ピストル」で炎上させてしまう。2008年3月の第2弾では、リムジンを墓に埋めてしまう。
一方、デルタより1年早く登場した姉妹車「フィアット・ブラーヴォ」のCMソングは、イタリアを代表する女性ロック歌手ジャンナ・ナンニーニが歌っている。元F1パイロット、アレッサンドロ・ナンニーニの姉ちゃんである。曲は「Meravigliosa Creatura (見事な創造物)」で、“Bravo.Made in Fiat”という自信に満ちたキャッチとオーバーラップするようなっている。
いずれにしても昨今のイタリア自動車CMの特徴は、「ムード重視」であるということだ。音楽と映像がフワーッと流れて、いつのまにか終わってゆく。「昆ちゃんのミゼット」から「加藤ローサのパッソ」まで日本の伝統ともいえる商品名連呼・機能解説型ではなく、ルイ・アームストロングの歌とともに放映された1984年の「ワンダーシビック」型といえよう。
もうひとつの特徴は、放映期間が短いことだ。大抵発売から2週間前後しか流れない。したがって、「なかなかいいじゃないか」と思っても、一期一会になってしまう作品も多い。
海だ、ミュージアムだ
CM以外のプロモーションといえば、「夏の海岸」も忘れてはいけない。毎年イタリア人は夏休みの行き先として、7割以上が海を選ぶ。メーカーとしては、そのチャンスを逃す手はないのだ。
たとえば今年フィアットブランドは新型500の特別仕様「プラヤ(スペイン語でビーチの意味)」4台をサルデーニャ島に展示する。一方、ランチアは人気リゾート地フォルテ・デイ・マルミに、ポルトローナフラウ仕様の「ムーザ」を60台、運転手付きで投入した。一般車が規制された市中心部に停留所を数カ所作り、観光客の移動に利用してもらう企画である。8月中旬までの期間中200万人にランチアに乗ってもらうのが目標だ。
もうひとつ、イタリアにはこんなプロモーションもあるというお話もしておこう。それは「ミス・プジョー」である。
毎年9月に開催される恒例行事「ミス・イタリア」はイタリア20州の代表の他、スポンサー各位による「ミス」も登場する。ジュエリー、アパレルから果てはミネラルウォーター屋さんまで、社名のついた「ミス」をそれぞれ選出してくる。そのひとつとして、ミス・プジョーが存在するのである。
昨2007年秋、ボクが住む県のプジョーコレクターがミュージアムを開館したとき、ミス・プジョー2007がやってきた。
ステファニー・サルバドーリさんという彼女はフランス生まれだが、現在はピサ大学の法学部に通う大学生だ。1年契約という、そのお仕事ぶりを拝見することにした。
戦前車もたくさん収集されたミュージアムということで、チャールストン風の衣装をまとって会場に現れた。結構浮いたスタイルだったが、おじけずこなすところは、さすが「ミス」である。
宴もたけなわになると、用意された原稿こそあったものの、日本だったら高島鎮雄さんがするであろう展示車両解説をこなしきった。
どうせなら彼女にマイクを握らせるついでに、「わ・た・しのプジョー」とかコマソンを作って歌わせればもっとウケるかもしれないのに、と考えてしまったのは筆者だけだろうか。
ボクが泣いたのは、宴が終わるとさりげなく着替えて一人で帰って行ったことである。ということは、ピンクレディの「渚のシンドバッド」の衣装を思わせる頭の羽根飾りも、鏡を見ながら自ら着けたのだろう。
とにもかくにもイタリアでは、リチャード・ギアからミス・プジョーまで、さまざまな人が、今日も自動車産業のプロモーションに携わっているのだ。
(文=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA/写真=大矢アキオ、FIAT GROUP AUTOMOBILES)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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