フィアット復活物語 第3章「郵便配達、レンタカー、軍警察仕様――フィアットの知られざるお得意様たち」(大矢アキオ)
2006.08.25 FIAT復活物語第3章:「郵便配達、レンタカー、軍警察仕様――フィアットの知られざるお得意様たち」
■後部を荷室にした“配達パンダ”
日本ではパーソナルカーのイメージがあるフィアットだが、実はイタリアでは法人車として、長年さまざまなお役所に納入されてきた。ミラノなどの直営支店には、長年そうした顧客に対応する法人営業部がある。
ところがここ数年、そのマーケットを外国車に浸食されていたのも事実である。そこでフィアットは、そうした法人需要で巻き返しを図るべく奮闘している。
たとえば最近、イタリアにおける新しい朝の風景といえば、フィアット・パンダの郵便配達車である。
フロントシート直後に網状のパーティーションを設け、後部を荷室にした「パンダ・バン」といわれる商用車仕様だ。
サイドやエンジンフードには、イタリア郵便会社のCIロゴが走っている。著名デザイナー、ミケーレ・デ・ルッキのディレクションによるものである。
それらの配達パンダ、実はリースカーだ。実際にリースを担当しているのは、欧州における主要レンタカー会社のひとつである「ユーロップカー」社と、仏BNPパリバ銀行系のリース会社「アルヴァール」社である。
リース会社との連携をより密にして、拡販を図っているのだ。
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■“おいしい市場”カンパニーカー需要も狙う
ところで、イタリアではほかの欧州諸国同様、大企業では役員に通勤用の車両を貸与する「カンパニーカー」という制度がある。大半がリース会社を介して用意されるそうしたクルマたちは、個人のクルマより早いサイクルで新車に交換される。
だがこのメーカーにとって「おいしい」市場でもここ数年、アルファ・ロメオやランチアは激しい輸入車攻勢に苦戦してきた。イタリアでメルセデスなどの公認中古車センターに行って、そうしたリースから流れてきたクルマが大量にあるのを見れば、その勢いが窺える。
フィアットは、そうしたカンパニーカー需要でも復興を狙っているのだ。
『Solo Alfa 5』(二玄社刊)で筆者のインタビューに応じたアルファ159の開発責任者C.マルケザーニ氏は、「イタリアでアルファ159を投入する市場の50%超はフリート需要です」と明かしたうえで、159はそのマーケットでの拡大を狙っていると認める。
■ミラーを覗くと、回転灯をつけた159が……
そしてフィアットは、パトカー市場での復活も狙っている。
イタリアの警察は、アルファ・ロメオを伝統的に多く使ってきた。ご存知のとおり、戦前から公営だったことに由来する。とくに1960年代にアウトストラーダ・デル・ソーレ(太陽の道)が順次開通したのに合わせて、高速警備隊にジュリアTIのワゴン仕様が大量導入されたのは、今もイタリア人の間で語り草となっている。
しかし近年はイタリア国家警察も、「導入するクルマの少なくとも25%を外国車にする」という内務省令にしたがい、パトカーにスバル・レガシィツーリングワゴンやBMWを大量導入するようになっていた。また覆面パトカーには、ヒュンダイも多く採用されている。
また、密輸や脱税を取り締まる財務警察も、定番パトカーといえばアルファ・ロメオ155あたりだったが、近年はシトロエン・サクソやクサラを導入するようになった。
そこで巻き返しを図る第一弾として5月、軍警察(カラビニエリ)と国家警察にアルファ159を納入した。いずれもエンジンは、2.4JTDM 20バルブターボディーゼルで、ギアボックスは6段マニュアルである。
159で調子に乗って飛ばしていたら、ミラーに回転灯をつけた159がピッタリ追従、という滑稽なシチュエーションもアウトストラーダで展開されるに違いない。
■ゴネはダメよ
かくもフィアットは、さまざまな法人需要での捲土重来を企てている。
ところでフィアットが狙う法人車といえば、もっと身近なものもある。ずばり、レンタカーである。営業努力の甲斐あって、今年のヴァカンスシーズンは各地のリゾートで、新型プントのレンタカーが大量に走り回るようになった。
ヴィヴィッドなカラーが多い新プントは、実は渋い色を好むイタリア人よりも外国人受けしそうで、まさにレンタカーにぴったりである。
ただし、クルマは選べないのがレンタカーのお約束だ。
「プントじゃなくちゃヤダー」などとゴネた挙句、「あ、財布の中が寂しいんで、ディーゼルあると助かるんですけど」と懇願してカウンター嬢を困らせる筆者の真似は、くれぐれもしないように。
(文と写真=大矢アキオ-Akio Lorenzo OYA/2006年8月)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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