第256回:ガソリンスタンドはオトナのにおい?
2012.08.03 マッキナ あらモーダ!第256回:ガソリンスタンドはオトナのにおい?
シーズン真っ盛りなのに!
夏休みシーズン真っただ中だが、イタリアでは2012年8月3日から5日までガソリンスタンドの多くが閉まる予定だ。スタンド経営者の加盟する組合がストライキを行うためである。
目的のひとつは販売マージン削減に対する抗議だ。イタリアでは長年、監督官庁である経済推進省がガソリンスタンドの販売マージンを決めてきた。石油販売価格の高騰を少しでも緩和するため、スタンドの利益を圧縮しようというのが同省のもくろみだが、それに対して当然反対の声が上がったというわけだ。
もうひとつの目的は、同じく経済推進省が計画しているセルフサービススタンドの営業許可拡充への反対である。
イタリアではセルフ方式スタンドの設置や営業時間も同省が管理してきた。規制を緩和することが市場活性化につながるとする省側と、従来のスタンド経営者たちが対立しているのだ。
今回のスト計画に先駆けて、参加スタンドは2012年7月30日からクレジットカードでの支払いも受け付けない。イタリアでスタンドのストライキは珍しいことではないが、夏の盛りの観光シーズンだけに、ドライバーたちはヒヤヒヤせざるを得ない。
スタンドが減っている
ガソリンスタンドが加盟する組合によれば、石油価格高騰を背景に、過去8年間で27%も燃料消費が減り、年間11億リットルも販売が減少したという。
その影響は明らかだ。イタリアでは閉鎖してしまったスタンドが多い。組合の訴えでは、自由化が進められると、2万業者が廃業し、12万人が失業すると訴えている。わが街を見回してみても、ここ数年で5軒がなくなってしまった。
代わりに増えてきたのは、ドライブスルーのスタンドだ。先に隣国フランスのスーパーマーケットに併設されるかたちで普及していたスタイルである。セルフで給油後、クルマに乗って料金所まで行き、運転席に座ったまま料金支払いを済ませるものだ。従来型スタンドより1リッターあたり数セント安い。ボクも各地でこうしたドライブスルー型を見つけては満タンにするようになった。
いっぽうボクは個人的に何人かのガソリンスタンド経営者を知っていて、彼らは地元組合が定める営業時間ノルマを守って早朝から夜までよく働いている。タイヤ空気圧チェックやオイル交換など、セルフやドライブスルーにないサービスは、ドライブの安全を底辺で支えるものといえる。
にもかかわらずイタリアでガソリンスタンドは強盗に狙われやすい仕事で、毎年何人もの経営者やスタッフが銃弾に倒れている。そうした現状を知るボクだけに、そう簡単にスタンドを論ずることができないのである。
ガソリンスタンドの思い出
そして従来型ガソリンスタンドは、人間くささがあった。例えば近年ボクが常連になった非メジャー系列の格安ガソリンスタンドは、サントドミンゴ人の愛想のいいお兄さんがいて、極寒の日も猛暑の日もイタリア人以上に働いていた。
しばらく前から姿を見ないので店長に聞けば、新たな仕事を求め、ニューヨークに旅立ったという。同じ外国人として、大いに奮起させられたのは言うまでもない。
日本でも同じだった。子供の頃からガソリンスタンドにはさまざまな思い出がある。父とは東京郊外の町にあった出光のスタンドに、よく洗車に行ったものだ。洗車機の使用料金を節約するためか、洗車機の荒いブラシを避けていたのかは知らないが、いつも手洗いだった。
洗車用洗剤とガソリンのにおいが入り交じる洗車コーナーの脇に置かれた工具収納庫には、ヨコハマタイヤの往年のキャラクター「人面タイヤ」が描かれていたのを覚えている。
いっぽうオフィスの中は、販売されている芳香剤と客が吸うタバコのにおいが充満していた。テーブル上に置かれたタイヤ型灰皿は、いつか自分も欲しいと思ったものである。
壁際には8トラック(8トラ)カーステレオ用のカセットが棚に入って陳列されていた。わが家のクルマにはカーステレオが装着されていなかったので、たとえカセットの中身がテレサ・テンや千昌夫でもうらやましかった。同時に、脇に貼られたクラリオンなどの色っぽいモデルさんのポスターを眺めては、「オトナの女はいい」と思ったものだ。
クルマのある世界のショーウィンドウ
時折シェルにも行くことがあった。なぜならボクが子供の頃、シェルのスタンドでは、関連会社が製造する、天井から吊るす四角柱型殺虫剤「パボナ」が販売されていたからだ。当時それは劇薬指定で、毎回親は印鑑持参で購入していた。ボクとしては、怖いものの取引に立ち会っているようで、これまたシビれたものである。
また、毎年父の帰省で立ち寄る長野県の国道18号線沿いにあったガソリンスタンドは若い店長が切り盛りしていて、毎年親に連れられて来るボクを見ては「いやー、大きくなったねえ」と声をかけてくれた。
さすがに店長はリタイアしたに違いないが、スタンドは今もあるのだろうか。長野自動車道開通から、かなりの年月がたつだけに心配である。
かくもガソリンスタンドは、クルマのある世界のショーウィンドウであり、いつかはボク自身がその客になることをどこかで夢見ていたのだった。
これからセルフ式が増え、将来それが充電ポールに替わると、人間くさいスタンドの世界は昔話として永遠にフリーズされるに違いない。
せめて「朝顔に つるべ取られて もらい水」ならぬ、「朝顔に 充電ケーブル取られて もらい電気」なんていう、粋な光景が展開されることを期待している。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第948回:変わる時代と変わらぬ風情 「レトロモビル2026」探訪記 2026.2.12 フランス・パリで開催されるヒストリックカーの祭典「レトロモビル」。客層も会場も、出展内容も変わりつつあるこのイベントで、それでも変わらぬ風情とはなにか? 長年にわたりレトロモビルに通い続ける、イタリア在住の大矢アキオがリポートする。
-
第947回:秒殺で当確? 新型「ルノー・クリオ」が販売店にやってきた! 2026.2.5 欧州で圧巻の人気を誇る「ルノー・クリオ(日本名:ルーテシア)」がついにフルモデルチェンジ! 待望の新型は市場でどう受け止められているのか? イタリア在住の大矢アキオが、地元のディーラーにやってきた一台をつぶさにチェック。その印象を語った。
-
第946回:欧州に「277万円以下」のクルマなし! キューバ化を覚悟した冬 2026.1.29 欧州でお値段1万5000ユーロ未満の大衆車が壊滅状態に! 自動車の価格高騰はなぜ起き、そしていつまで続くのか? 一般の自動車ユーザーは、この嵐をいかにしてやり過ごそうとしているのか? イタリア在住の大矢アキオがリポートする。
-
第945回:「時速286キロの香り」とは? 109回目のピッティ・イマージネ・ウオモから 2026.1.22 イタリア在住の大矢アキオが、フィレンツェで開催される紳士モード見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」をリポート。アルファ・ロメオとの思い出を込めたという香水から、人と人とをつなぐ媒体、文化としての自動車に思いをはせた。
-
第944回:こんな自動車生活は最後かもしれない ―ある修理工場で考えたこと― 2026.1.15 いつもお世話になっている“街のクルマ屋さん”で、「シトロエン・メアリ」をさかなにクルマ談議に花が咲く。そんな生活を楽しめるのも、今が最後かもしれない。クルマを取り巻く環境の変化に感じた一抹の寂しさを、イタリア在住の大矢アキオが語る。
-
NEW
第861回:冬道性能やいかに ミシュランのオールシーズンタイヤ「クロスクライメート3」を北の大地で試す
2026.2.18エディターから一言2025年9月に日本ミシュランタイヤが発表した最新のオールシーズンタイヤ「クロスクライメート3」と「クロスクライメート3スポーツ」の冬道性能を確かめるために、北海道に飛んだ。ドライやウエット路面に続き、ウインターシーンでの印象を報告する。 -
NEW
マセラティMCプーラ チェロ(MR/8AT)【試乗記】
2026.2.18試乗記かつて「マセラティの新時代の幕開け」として大々的にデビューした「MC20」がマイナーチェンジで「MCプーラ」へと生まれ変わった。名前まで変えてきたのは、また次の新時代を見据えてのことに違いない。オープントップの「MCプーラ チェロ」にサーキットで乗った。 -
NEW
ストロングハイブリッドか1.8ターボか 新型「フォレスター」の悩ましいパワートレイン選択に雪道で決着をつける
2026.2.18デイリーコラム新型「スバル・フォレスター」には2.5リッターハイブリッドと1.8リッターターボの2つのパワートレインが設定されている。ローンチ時からの人気は前者だが、果たして後者の利点は「低価格」だけなのか。雪道をドライブして考えた。 -
NEW
第103回:フランス車暗黒時代(後編) ―おしゃれだったアナタはどこへ? フレンチデザイン没落の原因と再生への曙光―
2026.2.18カーデザイン曼荼羅おしゃれなクルマをつくりたくてもつくれない? かつてセンスのかたまりだったフランス車は、なぜコテコテ&ゴテゴテのデザインに移行せざるを得なかったのか? カーデザインの識者とともに、フレンチデザインが変節した理由を深掘りし、復活の光を探った。 -
アルファ・ロメオ・ジュリア クアドリフォリオ エストレマ(FR/8AT)【試乗記】
2026.2.17試乗記「アルファ・ロメオ・ジュリア」に設定された台数46台の限定車「クアドリフォリオ エストレマ」に試乗。アクラポビッチ製エキゾーストシステムの採用により最高出力を520PSにアップした、イタリア語で「究極」の名を持つFRハイパフォーマンスモデルの走りを報告する。 -
「ユーザーには伝わりにくいが、実は手間がかかっていること」は?
2026.2.17あの多田哲哉のクルマQ&A自動車開発においては、つくり手のこだわりや苦労のすべてがユーザーに伝わるとは限らない。そうした「気づかないかもしれないが、実はメーカーが多くの労力をかけている」こととは? 元トヨタの多田哲哉さんに聞いてみた。
