メルセデス・ベンツE300ブルーテック ハイブリッド(FR/7AT)【海外試乗記】
究極のメッセンジャー 2012.06.04 試乗記 メルセデス・ベンツE300ブルーテック ハイブリッド(FR/7AT)2010年のジュネーブショーで発表された「E300ブルーテック ハイブリッド」。残念ながら日本への導入は未定だが、メルセデス・ベンツのディーゼルエンジンに電気モーターを組み合わせた究極の低燃費車をドイツで試乗した。
ディーゼルハイブリッドの使命
熱効率が高く高負荷にも強いディーゼルエンジンにハイブリッドシステムを組み合わせる。文字通り、鬼に金棒の効果が期待できそうだが、実現にはいくつかの関門がある。
技術的には十分可能でも、もともと燃費にたけたそれにモーターを加えても伸びしろの実感が少ない……というのもそのひとつだろう。何よりイニシャルコストの高いディーゼルエンジンに電池とモーターを積むとあらば、コストの倍乗せで価格競争力が確保できないというのはメーカーの本音だ。
「ハイブリッドがヨーロッパで受け入れられない大きな理由は、効率に対するコストの問題というのがわれわれの考えです」
Eクラスハイブリッドのプロジェクトリーダーを務めるミハエル・ヴァイス氏は、その本音をあっさり言ってのけた上で、「E300ブルーテック ハイブリッド」の商品性についてこのように説明した。
「しかし昨今のヨーロッパでも、社会的責任を果たすべく、より燃費のいいクルマを導入したいという機運はあります。例えばスペインやフランスなどでは、CO2の具体的な排出量抑制目標を自主的に掲げて活動している企業も多くある。そういうニーズに応えるのも、このクルマの重要な使命となります」
言わずもがな、ヨーロッパでのEセグメントのニーズはその半数近くがフリートとなる。すなわち使われるクルマがどれほどの環境性能を有しているのかというのは、企業の姿勢を示すことにもなりかねない。この辺りの事情はどの国でも大差はない。
これらを踏まえて、E300ブルーテック ハイブリッドは、ベースモデルともいえる「E250 CDI」に対して実質3000ユーロ(約30万円)のエクストラでのハイブリッド化を実現した。コスト圧縮を可能にした最大の理由は、先に導入されている「S400ハイブリッド」とシステムの基本が共有化されているからだ。
面白い試み
エンジンと7Gトロニックプラスの間には65mmの薄型モーターが挟まれ、キャビンの空調と同調するかたちで温度管理されるリチウムイオンバッテリーは、コンパクトにまとめられエンジンルームのバルクヘッド付近に設置されるなど、その構成は確かにS400と同様。全ての構成物は既存のボディーのデッドスペースに収まるため、居住性や積載力にはなんら影響を及ぼさないという特徴もそのまま継承されている。つまりE300ブルーテック ハイブリッドは、その気になればステーションワゴンにも右ハンドル化にも対応できるハード構成になっているというわけだ。
さらにいえば一回り小さな「Cクラス」も含む、全てのFR系プラットフォームにこのシステムは搭載が可能。その汎用(はんよう)性を数的メリットとして転嫁したことで、大幅なコスト圧縮を実現したという。
とはいえ、S400ハイブリッドのシステムを丸写しというわけではもちろんない。E300ブルーテック ハイブリッドの最大の特徴は、モーターとエンジンの間にクラッチを一つ設けたことにより、二つの動力源の稼働を完全に切り離せるようになったことだ。
これにより、速度で35km/hまで、もしくは航続距離にして1kmまでならばモーターのみでの完全EV走行が可能となったほか、160km/hまでの間、アクセル全閉時にはエンジンを停止させる「セイリングモード」が働くようになった。
ちなみにこのセイリングモードは、条件がそろえばステアリングパドルの+側を押すことにより任意に稼働させることもできる。ことさら機械任せになりがちなハイブリッドカーの省燃費走行に、ドライバーの介入性を持たせた辺りは面白い試みといえるだろう。無論この特性に合わせて、搭載されるモーターは27ps、25.5kgmとS400ハイブリッドのそれに対して、パワー、トルク共に5割近くアップしている。
洗練されたハイブリッドシステム
ハイブリッド化による重量増はE250 CDI比でおよそ100kg。その多くが前部に載る計算になるわけだが、それでもE300ブルーテック ハイブリッドの運動性能にその影響はほぼ感じられない。ハンドリングも乗り心地も、自分が知るEクラスそのままである。
高速道路ではドライバーに過度な意識をさせず、適切なインフォメーションを放ちながら矢のように直進する。この辺りもEクラスそのまんま……だが、ひとつだけ決定的に違うのは、アクセルから足を離すたびに、間髪入れずストンストンとエンジンが「落ちる」ことだ。搭載されるエンジンがディーゼルゆえ、セイリングモードに入った時の静かさはことさらに強く感じられる。
そこからアクセルを少しでも踏み込めばエンジンは再始動するわけだが、その始動性やクラッチのエンゲージに関しては努めて上質なチューニングが施されているようで、息つきやショックのようなたぐいはまったく感じられない。それはEVスタートからじわじわと速度を乗せていく低速域でも同様。あるいは停止直前から再びアクセルを踏み込むような、この手のシステムが不得手とするような場面でも馬脚を現すことはなかった。
この辺りは車格感に加えて搭載するエンジンがディーゼルゆえ、制振や遮音に特別な手を加えたのではないかと推したわけだが、前述のヴァイス氏も同様の感触を得ていながらそれを否定した上で、恐らくハイブリッドパワートレインそのものが意図せずともダイナミックダンパーのような効果を示しているのではないかという見解を聞かせてくれた。ともあれ最新のソリューションとなるメルセデスのハイブリッドシステムは、その洗練度においてブランドイメージを損なうことはまったくないと言えそうだ。
日本へは導入の予定はないが……
E300ブルーテック ハイブリッドの燃費は欧州計測値で4.2リッター/100km(約23.8km/リッター)、CO2排出量は109g/kmと発表されている。今回の試乗では全開や150km/h超の巡航などを幾度も試み、まったく不満のない動力性能をアウトバーンで確認しつつの350km超を走ったが、そのトータル燃費は約5.5リッター/100km(約18.2km/リッター)だった。交通の流れに乗っての区間燃費は5リッター/100km(20.0km/リッター)を切る辺りを示すこともあるなど、ベースモデルともいえるE250 CDIに対しては燃費的優位もしっかり担保されていそうである。
……と、ここまで書いておきながらなんなのだが、このE300ブルーテック ハイブリッド、今のところ欧州専用モデルとしてこの秋からの発売が予定されているもので、日本発売の予定はない。代わって導入されるのは、基本的に同じシステムをV6直噴ガソリンエンジンと組み合わせる「E400ハイブリッド」で、こちらは日・米・中市場を中心に今秋以降の順次発売が予定されている。
発売前の微妙なタイミングでわれわれがそれを触る機会を得られたのは、恐らくはハイブリッドの圧倒的な消費大国ともいえる日本のメディアの反応に興味があったためだろう。あるいは遠からぬユーロ6対応を機に、汎用性の高いこのパワートレインを使ったモデルの日本導入も考えられるのかもしれない。ディーゼルには一家言持つメルセデスの究極のメッセンジャーとして、ライバルとガチで相まみえるE400ハイブリッドより、むしろこちらの方が日本市場の適性は高いのではないか。……と、個人的な思いをヴァイス氏に託してきた。
(文=渡辺敏史/写真=メルセデス・ベンツ日本)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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