第6回:気が利かないにもほどがある
2012.04.12 リーフタクシーの営業日誌第6回:気が利かないにもほどがある
着飾った女性たち
車載カメラが記録していた車内の様子を確認しながら、そこに写っていた若い女性客に「お前はバカか!」と突っ込んだ。
いや、バカに決まってる。そうじゃなきゃ、この女がとった対応はどうにも説明がつかない。「気が利かないにもほどがある」という言葉では言い表せられないほど気が利かない女。タクシーの乗客にはいろいろな人がいるけれど、この女性客の気の利かなさは最高クラスだった。
あの日、新丸ビル前の「電気自動車とハイブリッド車のタクシー専用乗り場」(乗り場の看板には「EV・HV専用乗り場」と書いてある)から、4人の若い女性を乗せたのは午前11時25分のこと。ひと目で「これから結婚披露宴に」とわかるドレスアップした彼女たち。
助手席に乗った女性が「半蔵門にある○×△ホテルまでお願いします」と言い、最後に後ろの座席に乗り込んだ女性が「何分くらいかかりますか?」と尋ね、その隣の女性が「皇居をはさんだ向こう側だから15分くらいで着くよ」と答え、そうしてタクシー運転手(=矢貫隆)が何も言わないうちに彼女たちの間だけで“問い”と“答え”は完結し、黒いリーフタクシーは、女性客が言ったとおり「15分くらい」で目的のホテルに到着したのだった。
料金は1520円。
「お忘れ物のないようにお願いします」
タクシー運転手は丁寧にそう言い、女性客の誰かが「はい」と返事をし、最後に降りた女性、つまり後部座席に最初に乗り込んだ人=一番奥に座った人は、降り際に、忘れ物がないかを確認するようにしてからホテルの玄関へと足を向けたのである。
「とてつもなく気が利かない女」とは実は彼女のことなのだけれど、この時点では、タクシー運転手はそれに気がついていない。
理解できない行動
「運転手さん、カメラが……。私たちの前に乗ったお客が忘れていったんだね」
4人の女性客を降ろしたリーフタクシーは新丸ビル前のEV・HV専用乗り場にとって返し、夫婦とおぼしき中年のカップルを乗せたとき、旦那さんがそう言った。
カメラの忘れ物?
あの4人組だ……。
忘れ物をしないでって言ったのに、と思い返したところで仕方がない。タクシー運転手は、中年カップルの乗客を一ツ橋まで送り、表示を「回送」に切り替えて半蔵門のホテルへと直行である。
カメラを忘れたお客さんをマイクで呼び出してほしいんですけど……。
「結婚式や披露宴の会場にも放送が流れてしまいますので、それはできません」
ホテルの係員とタクシー運転手との間でこんなやり取りがあって、結局、運転手は、一眼レフのデジカメをタクシー会社へと持ち帰り、あの4人組からの問い合わせを待つことにした。レシートを渡してあるんだ、忘れ物に気がついたら電話してくるだろう、と。
しかし、翌日まで待っても電話はかかってこなかった。
いったいなぜ?
その答えは車載カメラに写っていた。
カメラを忘れていったのは4人組の女性ではなく、彼女たちの前に乗った乗客だった。麹町から靖国神社まで乗った、幼い子を連れた若い夫婦の忘れ物だったのだ。
車載カメラの映像がパソコンの画面に一部始終を映しだす。新丸ビル前から乗り込んだ4人組の女性たちの様子である。
一番初めに乗った女性=「何分くらいかかるかしら」「15分くらい」の会話に参加しなかった女性、つまり、降り際に忘れ物がないか確認していった女性は、リーフタクシーに乗り込むなり、誰かが忘れていったカメラの存在に気がついている。カメラを手にし、けげんな表情を浮かべ、だったらその時点で「運転手さん、忘れ物ですよ」くらい言ってくれれば事は簡単にすんだのに、しかし彼女は運転手には何も告げず、カメラを自分の膝に置いた。
なんで?
意味不明な行動。
そして、目的地に到着すると、彼女、膝に置いたカメラを、律義にも自分が乗り込んだときに置いてあった場所に置き直したのである。こういうの、“律義”とは言わないか。
なんにしろ、やっぱり、東京っていろんな人がいるんだな、としか言いようがないけれど、確かなのは、この女、気が利かないにもほどがある、ってことだった。
(文=矢貫隆)
注1)2日後、カメラの持ち主と連絡がつき、運転手によって無事に届けられた。
注2)「バカ」とか「この女」とか、本文中の不穏当な発言はもちろんエッセイ用。近頃のタクシー運転手やタクシー会社は、たとえ乗務外でも、お客さまにそんな失礼な言葉は使わないのです。

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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