第312回:ミニカー700台がお出迎え!?
ホテルの支配人は熱いエンスージアストだった
2013.09.06
マッキナ あらモーダ!
アウトバーン沿いのホテル
IKEA(イケア)といえば世界的な家具チェーンだが、創業者イングヴァル・カンプラードは至って質素な人で、宿泊はもっぱら安いホテルだという。近年の実業界には、たとえエグゼクティブでも、インターネットが通じていれば高級ホテルでなくてもよいという人が少なくないようだ。
そうした時代を反映するのは、近年フランスなどで人気のチェーン系ロードサイド型ホテルだろう。外壁には格安の明朗料金が掲示され、Wi-Fi無料などをうたっている。アメリカのモーテルを想像する読者もいるだろうが、その多くの雰囲気はもっとビジネスライクで、泊まるという機能のみを満たすものである。
いっぽう先日、本サイトのニュース欄でお伝えしたスマートの国際ファンイベント「スマートタイムズ」取材のため、スイス・ルツェルン郊外のシュタンスという町に泊まることになった。
高速道路沿いにあるそのホテルの名前は、南シュタンスにあるホテルを示す「Hotel Stans-Süd(ホテル シュタンス シュッド)」だ。「アウトバーン ホテルズ」というスイスにおける高速隣接ホテルの同業者連盟に加盟しているらしい。
値段はフランスより高めだが、似たようなものを想像した。もちろん、スイスといえば、ヨーデルを歌いたくなるような山小屋風ホテルに泊まって、壁に掛かった鹿の角の飾り物に囲まれて寝るのが粋なのかもしれない。だが、ボクもどちらかというと、イケアの創業者流なので、全く問題はなかった。
さて当日、ボクの住むイタリア中部から国境を越えてクルマを運転すること7時間、そのホテルに到着した。驚いたことに3階建てのビルの1階は、路線バス「Postauto(ポストアウト)」の整備工場になっていて、ホテルは同じ棟の上階部分という造りだ。
説明しておくと、「ポストアウト」とはスイス郵便が運営する全国ネットのバス運行会社である。山間部の多い地域で旅客と郵便輸送を同じ車で兼ねたのが始まりで、最も古い路線は1906年にスイスのベルンとデトリンゲン間、約20kmを結んだ定期便である。もちろん今では、郵便輸送用とは別の車だが、郵便車と同じ黄色いボディーと角笛のマークが目印である。
ミニカータワー
ホテルに話を戻そう。2階のロビーに上がる階段から、ただならぬオーラが漂っていた。1階から3階までの吹き抜けをミラー付きガラスケースが貫き、内部は歴代ポストアウトを中心としたミニカーで埋め尽くされているのである。そのときは、スタッフと思われる女性しかフロントにいなかった。しかし翌朝になると、支配人がいたので、聞いてみることにした。
ちなみに、なぜ支配人とわかったというと、それはエレベーターの中に、「フィアット500」と一緒に得意げに立つ男性の写真が掛けられていたからである。これは「クルマ好き=ミニカーの持ち主」に違いない、と読んだのである
ボクの予感は当たった。彼は開口一番、例のミニカータワーについて語り始めた。
「高さは、1階から3階まで14メートル。数はおよそ700台です」
彼の名前はヤープ・シューパーさん。1965年生まれの今年48歳である。オランダ人の彼は母国のホテル学校で学んだあと、あるスイスのホテルに職を得た。
そして8年前の2005年に、部屋数38室、収容人数96人のこのホテルのあるじとなった。賃料を払いながらの経営だが、1階のバス整備工場にちなんでポストアウトの大コレクションを始めたというわけらしい。
ボクがイタリアからやってきたことを告げると、シューパーさんの熱い語りは、さらに続いた。
「イタリアの高速警察隊が『ランボルギーニ・ガヤルド』でスイスにやってきたときは、ウチに泊まったんですよ!」
ついでに言うと、彼のホテルには地下ガレージがあって、そうした高級車がやってきたときの高いセキュリティーも売りのひとつだ。
ボクが泊まったとき、シューパーさんのホテルには、オーストリアやドイツなど、周辺各国からやってきたスマートタイムズ参加者が数多く泊まっていて、駐車場が第2会場状態であった。
スマートタイムズ2日目の会場でのことだ。どこかで見た人がいると思ったら、シューパーさんではないか。その間、ホテルは大丈夫なのかと思わず心配してしまった。
現在、彼自身はフォルクスワーゲンのオーナーという。「スマートもお持ち?」と聞けば、「前の女房が乗ってました」と笑いながら教えてくれた。いくらクルマ好き同士だからって、客のボクにそんなことまで話さなくっていいってば。
ビジネスライクなホテルを想像していたら、意外に熱いエンスージアストホテルだった。だからクルマの旅は面白い。
エンスージアストの素晴らしい人生
スマートタイムズが終わった翌朝、ひとりまたひとりと参加者と参加車が旅立って行った。クルマに熱いシューパーさんのホテルの近くで、再び何がしかのカーイベントが行われることを願いながら、ボクも彼のホテルを後にした。読者のなかでルツェルン周辺を旅する方がいたら、ぜひ彼のホテルに寄って、クルマの話をしてあげてください。
同時に思ったのは、ボクは自分の身のまわりの事で精いっぱいなので到底向かないが、シューパーさんのように釣り糸を垂れるごとくミニカーを並べ、見知らぬ同志が訪れるのを毎日待つホテル経営というのも、なかなか素晴らしいクルマ好き人生ではないかと思ったのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA, Hotel Stans-Süd)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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