第394回:ダビデ像とビーナス像がお出迎え! 「クルマのネバーランド」発見
2015.04.17 マッキナ あらモーダ!アメリゴ・ヴェスプッチ空港
みなさんは「アメリゴ・ヴェスプッチ」の名前を覚えておられるだろうか。歴史の教科書に、ちょっぴり出てきたはずである。16世紀初め、南米大陸に到達したイタリアの探検家だ。
コロンブスがヨーロッパ人としてアメリカ海域に初めて達したのは、例の“意欲に燃えた”15世紀末の1492年だから、ヴェスプッチが到達したのは、そのあとである。ただしコロンブスは新大陸を生涯インドだと思い込んでいたため、いわゆるネイティブアメリカンを「インディアン(インドの人)」と呼ぶ大間違いを犯した。
いっぽう、ヴェスプッチは1502~1503年頃に論文「新世界」で、南米大陸がアジアやアフリカと陸続きでないことを証明した。それをきっかけに、数年後ドイツ人地理学者が新版世界地図の作製にあたり、ヴェスプッチのファーストネームにちなみ新大陸を「アメリカ」とした。
アメリゴ・ヴェスプッチは、誰もが知る大陸名の元にもかかわらず、コロンブスの知名度には足元にも及ばない。ボクからすれば、運が良いのか悪いのかわからない人である。
ヴェスプッチは、フィレンツェの出身だった。そのため高知空港が高知龍馬空港であるように、フィレンツェの空港には「アメリゴ・ヴェスプッチ空港」という愛称がある。恥ずかしながらボク自身は、彼がこの地の出だと、イタリアに住み始めるまでまったく知らなかった。
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事務所はイタリア版「あかいくつ号」だった
そのフィレンツェ空港は、歴史的旧市街からわずか4kmという驚異的至近距離にある。にもかかわらず、街と空港を結ぶ公共交通機関は、今も路線バスとタクシーのみだ。
実は空港の脇には、電車庫に至る引き込み線が通っている。ボクなどは「上越新幹線のガーラ湯沢駅を見習って、そこに空港駅を作ればいいじゃん」と思うが、イタリア国鉄はなかなかそのアイデアに到達しないようだ。
ようやく最近になって、中央駅をつなぐ市電の工事が始まったところだ。駐車場についても、長い間、空港に隣接するのは基本的に公共駐車場しかなかった。その料金が高めなうえ、以前記したように廃車が散在していたりして、ボクとしてはマインド的になかなか使う気にならなかった。
最近になって空の旅が普及してきたことにより、ようやく周辺の民間駐車場も活況を呈してきた。インターネットの専門サイトで、料金の比較もできる。
先日ボクが見つけたのは、その名も「フィレンツェパーキング」というベタな名前の駐車場であった。料金はオフシーズンの3月だったこともあり、4泊5日でキャンペーン料金20ユーロ。1泊にすると5ユーロ(650円)だ。
ある日、出張で空港に向かった際、住所を頼りに赴いてみると、ダビデ像やビーナス像のレプリカが迎えてくれた。それはともかく、そこには不思議なかたちの事務所があった。廃車のバスだった。そのときは出発時で慌ただしかったので聞けなかったが、数日後の帰着時にスタッフのひとり、アンドレアさんに聞くと「バスはもともと(イタリア中部の街)ペルージャで、路線バスとして使われていたものだよ」と教えてくれた。ベースは1970年代イタリアでポピュラーだった「フィアット418AC」というモデルである。
前に土地を使っていた人から引き継いだので、購入の経緯はわからないという。だがその疑似レトロムード&装飾からして、バスはいわゆる町おこし用だったに違いない。横浜でいう「あかいくつ号」的存在だったと思われる。
内部に入ると、後部には現役時代からと思われるバーカウンターのようなテーブルがある。「そっちは中古車部門の席だよ」とアンドレアさんが教えてくれた。
聞けば、そこはもともと中古車販売店で、副業として数カ月前から空港パーキングを開業したのだった。お客のクルマに何かあってはいけないので、監視カメラ4台を据え付けたうえ、夜間は民間の警備会社と契約して、2時間に一度巡回してもらっているという。外見は古いが、セキュリティーは最新。どこか映画に出てくる秘密基地のようである。
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残しておいてほしい、そのムード
ついでに中古車も見せてもらう。「フィアット・グランデプント」「フォード・フィエスタ」、そして「フォルクスワーゲン・ポロ」といったイタリア中古車市場における定番人気車種が並んでいる。
道と敷地を隔てるフェンスには「中国人是我門的朋友(中国人は私たちの友達)」という垂れ幕が掲げられていた。一帯は中国系のカバン製造業が多く、そうした工場の経営者もお得意さんだという。同時に、中華料理店にはミニバンが人気だ。「従業員たちをそれぞれの住まいからピックアップするシャトルに便利だから」らしい。
売れ筋車種以上に、ボクがそそられたのは2軍的な車種である。「フォード・フォーカス」の隣にさりげなく置かれていたのは、「オペル・アストラカブリオ」だ。トリノのベルトーネがニッチ車種のボディー製造および組み立てをしていた末期の製品だ。当時、伝統のカロッツェリア・イタリアーナ+信頼のドイツブランドというのは、一見自動車界の「百恵・友和」的ゴールデンコンビに思えた。だが「日ごろ地味なおじさんが、突然着込んだブルネロ・クチネリ」的に捉えられたようで、大成功には至らなかった。
その隣にあるのは「プジョー1007」だ。スライド式2ドアを引っさげて同じコンセプトをもつ「トヨタ・ポルテ」と同じ2004年に登場したそれは、新しもの好きのボクとしては気になるモデルだった。だが、なんだかんだいってスタイルを気にする欧州ユーザーにとって「あまり速そうに見えない」ことがたたり、人気は限定的だった。
欧州自動車界の断章のようなクルマたち。前述のイタリア版あかいくつ号。そのシュールな光景に、ボクは思わず旅の疲れを忘れ、長居してしまった。スタッフには悪いが、今後社業が発展しても下手に小ぎれいにしないで、この自動車界ネバーランドなムードを保存してほしいと願ったボクであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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