第118回:自動車の進化が止まった近未来のディストピア
『オートマタ』
2016.03.05
読んでますカー、観てますカー
濃い顔イケメンなのに汚れキャラ
スクリーンに映し出されたのは、スキンヘッドのやさぐれた男。ジェイソン・ステイサム……と思ったが、それにしては目が大きいしまつ毛が長い。よく見たらアントニオ・バンデラスではないか。フェロモンむんむんの濃い顔イケメンとして知られる彼が、いつもとはまったく違うたたずまいの汚れキャラを演じている。
『オートマタ』の舞台は2044年。太陽の異変によって地球の砂漠化が進み、人類の97%が死滅した。生き残ったのはわずか2100万人だ。環境は悪化したままで、pH8.44の雨が降る。街は荒廃し、道路はゴミだらけだ。治安が保たれているのは中心部だけで、スラム街には路上生活者があふれる。人口が減りすぎて働き手が足りず、ROC社によってピルグリム7000というロボットが作られた。機械だから、劣悪な環境下での危険な任務を命じることもできる。
オートマタというのは、ロボットの原型ともいうべき機械人形のことだ。『ヒューゴの不思議な発明』に登場した絵描き人形、からくり儀右衛門こと田中久重が作った茶運び人形や弓引き人形などがよく知られている。昭和初期に西村真琴が作った學天則もこのジャンルだ。ピルグリム7000はオートマタどころか高度な人工知能(AI)を持つハイテク製品である。ASIMOよりはるかに進んだ機能が搭載されているのだ。使い方によっては、人類の脅威となることも考えられるから、危険を未然に防ぐための方策が施されなければならない。
AIの暴走を抑えるプロトコル
SF小説では早くからロボットが人類を滅ぼす可能性がテーマとなり、アイザック・アシモフによってロボット三原則が定められた。人間に危害を加えてはならないこと、人間の命令に服従すること、その上で自分を守ることが要請される。ピルグリム7000には、暴走するリスクを除去するために2つのプロトコルが組み込まれている。生命体への危害の禁止と自他のロボットの修正(改造)の禁止だ。
2番目の項目は極めて重要だ。アシモフの時代からテクノロジーは急激な進歩を遂げており、AIが人類の脅威になる可能性が真剣に論じられている。優秀なAIが自己改造を進めていけば、人間をはるかに上回る存在になり得るからだ。2045年に技術的特異点(シンギュラリティー)に至り、人工知能が人類を支配することになるという予測さえある。スカイネットがT-800を送り込んでくる事態になりかねない。
アントニオ・バンデラスが演じるジャック・ヴォーカンは、ROC社の保険部に勤務する調査官だ。ピルグリム7000の機能異常によって生じた損害補償の交渉を行っている。管理が行き届いていないようで、街には多くの“のらロボット”が徘徊(はいかい)していた。そのうちの一体を、刑事がピストルで破壊する。故障した部分をロボットが自分で修理していたというのだ。これは第2プロトコルに反する行為である。
ヴォーカンが真相を探るうちにたどり着いたのは売春宿だった。ピルグリム7000の中には、娼婦として働かされている個体もある。顔面はソフトなマスクで覆われているが、ほかの部分はロボットそのもの。こんなものに性的興奮を覚えるのはかなり特殊な趣味を持つ男に限られるだろう。この世界では、日本が世界に誇るオリエント工業の技術は失われてしまっているのだろうか。
60年落ちのアウディで逃走する
ヴォーカンは多くのピルグリム7000に改造が施されていたことを突き止めるが、なぜかROC社から調査中止を命じられる。改造ロボットの分析を依頼したエンジニアは射殺され、彼自身も追われる身となった。助けに現れたのは、娼婦ロボットのクリオだった。彼女が運転するクルマで殺し屋の追撃を振り切ろうとする。乗っていたのは「アウディ100」。60年落ちぐらいになるはずだ。ロボットがマニュアルトランスミッションを操っているので、本当のロボタイズドMTということになる。
近未来を描くSF映画では、自動車の扱いが印象を大きく変える。未来っぽさを表現しなくてはならないが、リアリティーをもたせるのは大変だ。2004年の『アイ、ロボット』は2035年の時代設定で、ウィル・スミスが「アウディRSQ」に乗っていた。球形のタイヤを持つところがいかにも未来という感じだが、電気モーターではなく5.4リッターV10エンジンを搭載しているところはツメが甘い。ただし、完全自動運転のシステムを持っていた。
2012年の『LOOPER/ルーパー』は、この映画と同じ2044年が舞台である。「ユーノス・ロードスター」の改造EVとガソリンエンジンのままの「ジャガーXKR」が走っていた。ボロい日本車や韓国車をDIYでソーラーカーに仕立てたクルマもあり、いろいろな動力が共存する世界である。1982年の『ブレードランナー』は1950年代のクルマとオリジナルの未来カーが混走していたし、2009年の『デイブレイカー』では「シボレー・ベルエア」と21世紀の「アウディA4」が並んでいた。
本作のようなディストピアSFでは、クルマの進化が止まってしまっていることが真実味を帯びる。バランスを失ってしまった世界では、古いクルマをなんとかやりくりして使っていくほかはないのだ。これからも自動車の開発が順調に進んでいくならば、破滅的な未来はやってこないはずだと信じたい。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第290回:商用バンで砂漠を行く親子が向かうのは天国か地獄か
『シラート』 2026.6.4 失踪した娘を探して親子はモロッコの砂漠へ。砂漠で開催されていたレイブパーティーが最高潮に達した頃、軍隊がやってきて中止させられる。親子が乗るFFの商用バンは次のパーティー会場にたどり着けるのか……。 -
第289回:最強の格闘家は破壊されるクルマに自分を重ねた
『スマッシング・マシーン』 2026.5.14 ドウェイン・ジョンソンが映画化を熱望した伝説の格闘家マーク・ケアーの栄光と没落の人生を描く。東京ドームで行われた総合格闘技イベント、PRIDEグランプリ2000を完全再現! -
第288回:自称詩人は中古車で自由を表現する?
『自然は君に何を語るのか』 2026.3.20 「月刊ホン・サンス」第5弾は『自然は君に何を語るのか』。恋人の両親に初めて会う自称詩人は、気まずい空気の中で次第に感情を抑制できなくなっていく。「キア・プライド」が小道具としていい味! -
第287回:宝石を盗んで西海岸のハイウェイを駆け抜けろ!
『クライム101』 2026.2.12 ハイウェイ101で発生する宝石盗難事件はいつも迷宮入り。「ダッジ・チャレンジャー」で素早く逃走する犯人の犯罪心得は、殺さず、傷つけず、証拠を残さないこと。泥棒、刑事、保険ブローカーが華麗なる頭脳戦を繰り広げる! -
第286回:才人監督が描くディストピアのデスゲーム
『ランニング・マン』 2026.1.29 「アルピーヌA290」で追っ手のハンターから逃げ延びろ! スティーブン・キングが50年前に予見した未来は、まさに現在の状況そのもの。分断とフェイクが支配する現実を鋭くえぐった最新型デスゲーム映画。
-
NEW
あの多田哲哉の自動車放談――三菱デリカミニTプレミアム DELIMARUパッケージ編
2026.6.5webCG Movies三菱の軽スーパーハイトワゴン「デリカミニ」が多くの人に支持される理由は、個性的なルックスだけなのか? トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんが、人気の秘密に迫る。 -
NEW
ホンダ・インサイト(FWD)【試乗記】
2026.6.5試乗記「ホンダ・インサイト」が電気自動車(BEV)として復活! ……というよりは中国工場製BEVにその名が与えられて日本にやってきた。さまざまな事情により、国内で販売されるのはわずか3000台のみ。日本人は“限定”に弱いとされるが、果たしてこの場合はどうか。 -
NEW
KTM 990 RC R(6MT)
2026.6.5JAIA輸入二輪車試乗会2026今年も開催された「JAIA輸入二輪車試乗会」より、魅惑のバイクを一挙紹介! 先陣を切るのは、この4月に発売されたばかりの「KTM 990 RC R」だ。オーストリアの雄が放つ最新鋭のスーパースポーツは、意外や“速さ”以外にも見どころの多い一台だった。 -
NEW
空冷の「スポーツスター」が復活!? ハーレーダビッドソンの定番商品はどんなバイクとなるのか
2026.6.5デイリーコラムハーレーダビッドソンが、一度は廃止した空冷の「スポーツスター」の復活を発表! 伝統の一台はなぜ絶版の憂き目にあい、そしてよみがえることとなったのか? ファンに愛される定番車種を刷新する難しさと、新型に課せられた使命、そして課題を考察した。 -
第290回:商用バンで砂漠を行く親子が向かうのは天国か地獄か 『シラート』
2026.6.4読んでますカー、観てますカー失踪した娘を探して親子はモロッコの砂漠へ。砂漠で開催されていたレイブパーティーが最高潮に達した頃、軍隊がやってきて中止させられる。親子が乗るFFの商用バンは次のパーティー会場にたどり着けるのか……。 -
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション(前編)
2026.6.4あの多田哲哉の自動車放談ひさびさに日本市場に戻ってきた、ホンダを代表するSUV「CR-V」。最新世代の仕上がりを、トヨタの車両開発者だった多田哲哉さんはどう評価する? まずは、ワインディングロードを走らせた第一印象から。