第30回:「制限速度120km/hへ引き上げ」の背景にあるもの(その3)
「なぜ120km/hなのか」のわけ
2016.08.04
矢貫 隆の現場が俺を呼んでいる!?
設計速度の話
高速道路の設計速度の最高値は120km/h。
なぜ120km/hなのか?
気になって調べだしたら『道路構造令の解説と運用』にたどり着いたのは、若かりし時分のことである。
こう書いてあった。
「自動車専用道路の設計速度の最高値120km/hは、自動車の性能、諸外国の実績、更には人間の感覚的機能の限界を考慮して決められた値である」
こういうのは読書とはいわないだろうが、読み進めるうちに疑問がひとつひとつ解消されていくものだから、ある意味、ミステリー小説のページをめくるような感覚さえあったのを思いだす。
特に興味深いのは、この数値(=120km/h)を規定した道路構造令ができた時期である。まだ日本に高速道路がなかった1958年(昭和33年)、そのときの道路構造令では設計速度の最高値は100km/h。それから5年後、最高値を120km/hにするとの局長通達がだされる。つまり、設計速度120km/hは、1963年前後の「自動車の性能、諸外国の実績、更には人間の感覚的機能の限界を考慮して」決められた数値なのだ。
今となっては50年以上も前の、たとえば初代の「トヨタ・コロナ」とか「日産ブルーバード」といった国産車の性能を考慮してはじきだされた120km/hという設計速度。現在の自動車の性能は、言うまでもなく当時とは比較にならないほど劇的に向上している。その分、安全の幅に余裕がでたというのは誰にもわかる理屈である。しかし、実は、当時の自動車の性能でも余裕の幅は確保してあった。「150km/hくらいで走らせたい」と言った道路設計者(その1参照)が、私にこう話している。
「『道路構造令の解説と運用』には『天候が良好で平均的なドライバー』と走行条件を書いているけれど、実際には、ぬれた路面で走行実験をしていた」
と、設計速度にまつわる知識を頭に入れたうえで、建設省(当時=国土交通省)道路局高速道路課にあらためて尋ねてみた。
設計速度とは?
私の質問への回答である。
「道路構造的には安全を保証できる速度」
つまり、一連の事実をまとめると、「設計速度120km/h」とは、50年前、当時の国産車に乗る平均的なドライバーが、雨で路面がぬれた高速道路を120km/hで走らせたとしても安全が保てた道路構造という意味になる。
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根気のいる実験
さて、今回の「120㎞/hへ」引き上げ問題である。
制限速度を引き上げるにしても、なぜ120km/hなのか?
そのわけは設計速度に関係がある。
その昔、その昔というのは例によって交通事故が多発していた時代、中央自動車道である実験をやってみた。ずいぶん手間のかかる作業だったけれど、東京の三鷹料金所から愛知県の小牧ジャンクションまでの全線を、制限速度をきっちり守って往復してみたら、何台の後続車に抜かれ、何台の先行車を抜くか、それを数えてみたのだ。
知ってのとおり中央道の制限速度は全線80km/h。トンネル内は70km/h区間もある。
ずいぶん低く抑えた最高速度だが、それを厳密に守って走った。
で、結果はというと、私が抜いたクルマは33台(往路21台、復路12台)。そのうちの14台(往路12台、復路4台)は重量物を積載したトラックが登坂車線を走っているときのもので、道路が平たんになってから3台に抜き返された。
一方、私のクルマを追い抜いていった後続車の数はあきれるほど多かった。オートバイに抜かれ、トラックに抜かれ、路線バスに抜かれ、軽自動車の赤帽運送のトラックにも抜き去られた。その数、往復で1465台(往路675台、復路790台)。単純計算すると500m進むごとに、約22秒ごとに1台の後続車に抜かれたことになる。
統計学では「まれなことは起こらない」と考えるわけだから、抜いたクルマはほとんどなく、逆に1400台以上に抜かれたという、つまり、制限速度80km/hを律義に守って走っているクルマはほとんどないという傾向は、私のやった実験に限って起きたまれな事態ではなく、中央道全体にいえる傾向なのだと考えるべきなのだ。
何でこんな根気のいる実験をしたのかというと、まどろっこしい手法ではあったけれど、中央道の制限速度が実態に合ってないという事実を数字で証明したかったからだ。その結果を警察庁の高速道路課に示し、制限速度の見直しを考えないのかと質問するためだった。
このときの取材でわかったのは、“絶対”なのは設計速度だという事実だった。
中央道の(実験のために走った区間)設計速度は全線にわたって80km/h。警察庁は設計速度を上まわる制限速度は断固として認めない立場をとっている。だから中央道は、何があっても最高速度が80km/hを超えることはないのである。
つまり?
つまり、制限速度の引き上げが予定されている2つの区間・路線の設計速度は120km/h。だから制限速度はどんなに引き上げても上限は120km/h。引き上げの結果、それでも安全だと確認されたとしても、将来は130km/hに、なんてことは(“設計速度が絶対”の立場を変えない限り)あり得ない。
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適正であると考えています
あのとき(=25年前)、ついでだから聞いてみた。
高速道路の100km/h規制を見直すつもりはありますか、と。
警察庁の高速道路課と私のやりとりである。
高速道路の最高速度が100km/hと決められた基準は?
「基準となるのは設計速度です。制限速度を定めるに当たっては、設計速度が決定的な要素となります」
設計速度120km/hの区間であれば制限速度が100km/hを上まわる可能性はある?
「将来的に、道路構造が現在よりも格段な安全を保証するようになれば、検討、あるいは見直しの可能性はあるかもしれません。しかし、現在の最高速度100km/hという規制は適正であると考えています」
25年前、警察庁の庁舎が赤茶色の特徴的な格好をした建物だった頃、俺、こんな古い建物の廊下、夜は怖くてひとりじゃ歩けない、とか考えながら高速道路課の部屋を尋ねた日のことを思いだす。
あのとき、私の取材に応対してくれた担当者の「将来的にうんぬん」の言葉。まさに、その「将来」が、結果として2016年3月だったということなのか?
いや、そうじゃない。
ぜんぜん違う。
新東名は確かに「格段な安全を保証する道路構造」で登場したけれど、もうひとつの制限速度引き上げ予定区間、東北道の花巻南~盛岡南IC間の約31km区間の安全構造(設計速度120km/h)は25年前から変わってない。あの頃から問題の区間の安全構造はきわめて高かったのだ。
では、なにゆえ、いまになっての制限速度引き上げなのか。
その答えは、やっぱり“あれ”だと思う。
(文=矢貫隆)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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