第26回:元リーフタクシー運転手、最新型リーフに仰天する(その4)
小田原丼(小さな旅編)
2016.04.07
矢貫 隆の現場が俺を呼んでいる!?
俺、行ってくるよ
最新型「リーフ」で小さな旅にでる日の早朝だった。
天気予報が「渋谷の現在の気温は1度です」と伝えた寒い朝、都心に向かう通勤ラッシュ少し前の電車内でのことである。
7人掛けのシートに座る会社員ふうの男4人、女3人は、みな申し合わせたようにコートの襟を立て、睡眠時間の短さを居眠りで補ってでもいるのかうつむいたまま動かない。まるで、仕事場に向かうこの時間が苦痛で仕方がない、みたいな雰囲気を車内に漂わす彼らだった。
そんな7人に、黙って胸のうちで語りかけるのは私である。
俺だけうれしそうで、ごめんね。
リーフで、ちょいと小田原漁港まで行ってくるよ。
魚市場食堂の小田原丼、食べに行くんだ――と。
黙して語った次の瞬間、ああ、リーフで小田原だなんて、何と感慨深いことか、と、ひとり日産自動車グローバル本社に向かう電車内で、リーフタクシー運転手時代に思いをはせる私なのだった。
3年ほど前の思い出である。
東京のタクシー運転手なら、いちどは、というか、毎日でも客を乗せていきたい成田空港。なにしろ都心から短時間で行って帰ってこられるのに、それでいて運賃は2万4000円くらいにはなる。それって昼勤運転手(リーフタクシーの営業日誌、第7回参照)の1日の水揚げ額と同じくらいの金額なのだ。憧れの成田空港。
それなのに、だった。
ホテルのタクシー乗り場で「成田空港までお願いします」の客に当たったのに、断腸の思いでその上客を他車に譲ったことがある。
理由はふたつ。
冬場だった。40kmくらいしか走れないリーフタクシー、成田空港までたどり着けない。
何かの間違いでたどり着けたとして、しかし、あのあたりに急速充電施設は皆無だから東京に戻ってこられない。
今なら(=最新型のリーフなら)真冬の成田空港往復だって楽勝だ。
前3回の都心ドライブ編で報告したとおり初代リーフの電費の悪さは劇的に改善され、しかも、バッテリー残量が半分以下の状態で遠っ走りしてくれと言われたって大丈夫。充電インフラの整備も急激な勢いで進んでいるのだから(第2回参照)。
それやこれやリーフとリーフを取り巻く環境の激変に気をよくした私は、リーフタクシー時代ではおよそ考えられない小さな旅にでる。
目指すは神奈川県の小田原漁港、魚市場食堂。
有名な小田原丼を食べに行く。
日産自動車(横浜市西区)からだと、直線距離で結んでも東京から成田空港に行くよりもちょっとばかり遠い。中華街に寄り道し、遠回りして遠回りして、片道100kmちょいの小さな旅である。
平均電費7.6km
日産自動車の地下駐車場でフル充電状態の最新型リーフのスイッチをONにすると、バッテリー残量を示す目盛りの横に航続可能距離が208km(=エコモード。非エコモードでは197km)と表示された。
せっかくの小さな旅だ、片道100kmは走りたい。
しかし、このまま真っすぐ小田原に向かったのでは距離が足りない。
横浜の街を、見物がてら走りまわった。
物書きとして駆け出しだった時分、何度となく取材で通った懐かしの横浜地方裁判所は昔の庁舎の一部をそのままの姿で残しつつ、13階建てのビルに姿を変えていた。
中華街では池波正太郎が通ったという『徳記』を探したが見つからなかった。
こうして市内を20kmほど走って距離を稼ぎ、それでも、このまま国道1号と西湘バイパスを行くのでは、片道100kmの目標には届かない。
横浜新道を走り、圏央道の一部を通り、東名経由で小田原厚木道路に入った。丹沢山塊の大山が、その美しい姿でずっと後をついてくる。
そして到着した小田原漁港。こんなに遠回りしたのに、トリップメーターの数字は100kmにわずかに届かず94.6km。
94km超といえば初期型リーフタクシーなら2回も急速充電が必要な距離だが、さすがは最新型である。バッテリー残量を示す12個の目盛りのうち、減ったのは5個だけ。残りあと7個もあって、この状態での航続可能距離は116kmとでていた。言うまでもなく、充電なしで、まだ116km走れるという意味である。
メーターパネルの正面に表示された平均電費は7.6km。積んでいるリチウムイオンバッテリー容量は30kWh だから、単純計算すると、この調子なら無充電で228km走れることになる。そうは問屋が卸さないにしても、それでも、この数字、すごいと思った。
さて、魚市場食堂である。
勝手に抱いていたイメージは、地方の漁港で見かけるような、漁港で働く人たちのための何軒かの小さな食堂、だったのだけれど、違った。
そこは、だだっ広い魚市場の2階にあるバレーボールのコートくらいの広さの食堂で、私が店に入ったのは昼どきだが、漁港で働いているとおぼしき客の姿は皆無。そりゃ、そうだ、漁港の朝は早いから、彼らの仕事はとっくに終わっている。ぎっしり詰まった客席を埋めているのはどう見ても私と同じような観光客だった。
観光地?
目的の小田原丼はすでに完売。
私同様、観光客の多くは小田原丼が目当てらしい。
仕方あるまい。
まぐろとブリの刺身定食をいただくとしよう。
(文=矢貫 隆)
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矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。