第4回:人の縁を運ぶクルマ
2016.11.25 バイパーほったの ヘビの毒にやられまして![]() |
「金と名声を運んでくれる、幸運のガラガラヘビさ」
これは宮崎 駿監督の名作『紅の豚』に出てくる敵役の名ゼリフである。おかしい。記者が飼っているガラガラヘビは、金も名声も運んでくれない。今日も駐車場にふんぞり返り、私の貯金をチューチューすすっているだけである。今回は、かように怠惰なわが家のヘビ(=「ダッジ・バイパー」)が運んできた、金でも名声でもなく、縁(えにし)のお話をさせていただく。
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前代未聞の問い合わせ
「俺のところに、ほった君にプレゼントをあげたいっていう人から連絡がきているよ」
事の発端は、webCGデスク竹下の言葉だった。
記者は思った。これはなんと奇特な方か。タレント事務所のアイドルならまだしも、自動車媒体の下っ端編集部員にプレゼントを贈りたいとは。……さては詐欺だな。
「ちがうよ。昔、バイパーにあこがれていろいろなグッズを集めていた人が、このエッセイを読んで、執筆者にコレクションを譲りたいと連絡してきたの」
竹下いわく、その御仁は自身の知り合いで、「CG CLUB」のメンバーで、一時は『CAR GRAPHIC』編集部にとっても縁浅からぬ人物であったとのこと。うーむ。情報が具体的で細かい。どうやら、竹下が脳内で生成した空想世界の住人でも、霊感の強い彼にしか見えない“何か”でもないようである。
恵比寿の小さな編集部は色めきたった。著名なライターや評論家にならまだしも、一介の編集部員にプレゼントの申し出である。前代未聞の珍事である。早速竹下より連絡先を受け取り、謹んでコレクションをいただきたいと返信。メールにはもちろん、直接お会いして謝辞を伝えたい旨も書き添えた。
程なくして、まずは当時もののキーホルダーが編集部に届けられた。具体的なブツの到来に、再び色めきたつ編集部。プチプチによる厳重な梱包(こんぽう)を解くと、中からは紺色の小箱が現れた。目立った傷もなく、状態はすこぶる良好である。他のメンバーがかたずをのんで見守る中、慎重にフタを開く。
家宝にさせていただきます
編集総務を担当するワタナベが言った。
「チョー奇麗じゃん!」
確かに。チョー奇麗である。傷はもちろん、コーティングが施されたプレート部には指紋のひとつも見当たらず、リングはていねいに紺色の糸で箱に固定されている。これは、奇麗というか……。
「未使用だね」(竹下)
はい、未使用ですね。
「これは、使えないね」(同上)
そうですね。これは使えませんね。
いやいやいやいや。これは使えないよ。いかに前の持ち主のご好意で譲ってもらったものだとしても、この糸を無慈悲にハサミでぶった切り、皮脂をべったり付けて取り出し、無垢(むく)のリングを傷だらけにしてキーを通すなんて私には無理です不可能です。
「これはさ、普段は大事にしまっておいて、何かのイベントに参加する時に、クルマと一緒に展示するみたいな、そんな使い方のほうがいいと思うよ」
そんなイベントに参加するかはさておき、大事にしまっておくことに関しては竹下の提言に完全に同意である。
記者はデスクの引き出しから木箱を取り出すと、偉い人からいただいたお守りやら万年筆やらとともに、そこにキーホルダーを収め、2、3度手をたたいてからからデスクの奥底にしまわせていただいた。
なむなむ!
ヘビに引かれて善光寺参り
後日、記者は神奈川県の湘南T-SITEへと向かっていた。キーホルダーをいただいた御仁――ここでは仮にS氏としよう――にあいさつするためで、もちろんアシはバイパーである。
それにしても、長らく『CAR GRAPHIC』を購読している読者の中に、かようにアメ車を愛好する方がいらっしゃるとは思わなかった。お恥ずかしながら、古くからのクルマ好きほど、かの地のクルマに理解がないと思っていたのだ。
ちなみに、webCG編集部メンバーのジドーシャ嗜好(しこう)を記すと、以下の通りである。(編集長こんどーの机より、時計回り)
・こんどー「2座のスポーツカーがええな」
・竹下「アルファ? ……ああ、“ロメオ”(『メオ』にイントネーション)のことね」
・OKB「ラテン系のクルマ以外はよく分かりませんわ」
・関「俺の『デルタ』は世界一ィィィ!!」
・ふじさわ「『ゴルフGTI』に乗ってます。常識人なんで」
・ほった「アングロサクソン系、後はとにかく小さいクルマ」
・佐久間「教養として教習所は卒業していますわ。免許は持っておりませんが」
・折戸「『GIANT PROPEL ADVANCED SL』に乗っています」
・SAG「この間『アウディS4アバント』を注文しました」
・ワタナベ「『ジムニー』は永遠の憧れ」
……うーむ。
これに加えて、普段原稿をお願いしているジャーナリストやライターの方々を見回しても、現役のアメ車オーナーは見当たらないではないか。ここは記者がタスキをしめて、アメ車の魅力を世に広めるよりほかにない。
頼まれてもいないのにそんな覚悟を固めつつ、富士見橋を越えた先で湘南新道を右折。湘南T-SITEの敷地から、クラシックカーの車列が伸びているのが見えた。この日は11月の第3日曜日。モーニングクルーズが催される日なのだ。竹下も箱根での撮影がてら、GMジャパンからお借りした「キャデラックATS-V」で駆けつける予定となっていた。
それにしても、私のようなコミュ障野郎がモーニングクルーズに参加とは。これもバイパーに乗っていなければ考えられなかったことである。
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当時の空気感を知りたい
初めてお会いしたS氏は、非常に気さくな方だった。そして200m先からでも「あの人がS氏だな」と分かる姿をしていた。当時もののノベルティーであるバイパーのジャンパーとTシャツを着ていたからである。まさに全身バイパー。
早速、名刺を交換してごあいさつ。私が、あのへっぽこエッセイを書いているwebCGのほったです。続いて竹下が会場に到着すると、2人の間で昔の『CAR GRAPHIC』編集部員のエピソードに花が咲いた。その内容は、いまだギョーカイで活躍されている方々の名も俎上(そじょう)に載るものだったので、ここでの掲載は控えさせていただく。まったく、録音しておけばよかったぜ。ぐへへ。
それはさておき、今回の面談には実はひとつ目的があった。氏に、初代バイパーが現役だった当時の空気感をうかがいたかったのだ。いかに気合と根性でバイパーを購入したとはいえ、私が知っているのは16年落ちの中古車の現状と、2016年現時点での同車に対する評価だけである。
それについてうかがったところ、S氏はこうおっしゃった。
「それは、私たちのような人間を熱狂させるクルマでしたよ。JARIで性能テストをした時にハンドリング路を運転させてもらったんだけど、アクセルにかける足が震えましたからね」
ちなみに、ここでいう“私たち”とは、当時のホンキなアメ車オーナーのこと。S氏自身も、オドメーターが10万マイルにいたるまで3代目「ポンティアック・ファイアバード」に乗り続けたという、筋金入りの御仁である。
俺にシアワセを運んでおくれ!
「当時はシボレーにも『コルベットZR1』というすごいクルマがあって、正規輸入はされていなかったけど、“輸入車屋さん”が並行(輸入)で入れていたんですよ。値段は1800万円くらいして、確か当時の『フェラーリ348』より高かったんじゃないかな。このクルマがとにかく格好良くってね。エンジンをロータスがチューニングしたというエピソードにもしびれたんだけど……。でも、そのエンジンがDOHCだったのが引っかかったんだよ。『アメ車ならOHVだろ!』と。一方で、今度出るバイパーというクルマはOHV。こちらはV8じゃなくてV10だけど『それならバイパーの方がいいな』と(笑)」
“アメ車かいわい”の伝説的名車であるC4コルベットZR1を引き合いに出していただくとは、これは本当にオーナー冥利(みょうり)に尽きる。なんというか、第1回でも書いたが、本当はすごいクルマだったんだなあ。バイパーよ。
その後、「1日でも長くバイパーを維持すること、当該連載を続けること」を条件に、氏のコレクションを譲っていただき、記者とバイパーは湘南の地をおいとますることとなった。
それにしても、これはつくづくクルマがもたらした奇縁である。
十余年前、マイカーとして「ローバー・ミニ」を手に入れた時もたくさんの人と知り合えたが、この妙にヌメヌメ黒光りする2ドアクーペにも、そうした引力があるのかもしれない。
そういえば、「バイパーを買う」と報告した折、webCGのOKBが「人生変わるよ!」と力説していた。願わくはもろもろの投資(?)に見合う程度には、前向きな方向に変えてほしいものである。頼むぜ兄弟。
(webCGほった)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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