第515回:現役引退22年で大人気!
盗難車ランキング上位の「あのクルマ」とは?
2017.08.18
マッキナ あらモーダ!
「プジョー206」の不思議事件
この夏、ボクが住むシエナと同じイタリア・トスカーナ州にある港湾都市リヴォルノで、不思議な事件が起きた。
2017年8月3日付けの地元新聞『イル・ティッレーノ』紙によると、被害者は市内在住の男性。7月30日午前、自分のクルマに乗ろうと前日駐車しておいた場所に赴いた彼は仰天した。運転席側のドアだけが、何者かによって持ち去られていたのだった。
車両は「プジョー206」の3ドアモデル。警察によると、ドアの外し方は巧妙で、ボディー側に損傷を受けた跡はなかった。また、ほかの外装パーツも無傷で、車内も荒らされた形跡はなかった。
警察は部品転売目的のプロによる犯罪を疑った。だが同型車のドアは比較的容易に入手できることから、犯行の理由が何であったかわからず、頭を悩ませている。
ボクもイタリアに住んで20年の間に、ホイールキャップ一式、フロントワイパー、リアワイパー、ウオッシャーノズル、そしてアンテナを盗まれた経験がある。だが、ドアを取られるとは。暑さしのぎにドアを外して走る港町の三輪トラックではあるまいし、オーナーはさぞ困るであろう。
人気車=盗難多発車……でも待った!
そうしたパーツ泥棒以上にイタリアで深刻なのは、車両そのものの盗難である。イタリア交通機動隊によると、この国では昨年(2016年)に10万8090台の乗用車が盗難に遭っている。1年365日で割ると、1日あたり296台盗まれている計算だ。
2015年の11万4121台からは約5.3%の減少だが、日本における2016年の1万1655件(警察庁発表)からすると、9倍以上ということになる。
車種別でみると
4位:「ランチア・イプシロン」 3966台
3位:「フィアット500」 7122台
2位:「フィアット・プント」 8044台
1位:「フィアット・パンダ」 1万0769台
である。
新車登録台数のランキングかと見間違えるほど人気車種が並ぶ。その背景には、人気車から取り外すパーツの闇市場がある。モデルチェンジのサイクルが長く、パーツの互換性が高いことも件数を増やしてしまう要因となっている。
ただ、この統計には欠陥がある。何世代にもわたり同じ名前で生産されているクルマをまとめて数えてしまっている点だ。1位フィアット・パンダの盗難防止デバイスのレベルを考えても、現行モデルと37年前に誕生した初代では、まるで違うにも関わらず、だ。
かつて日本のある主要新聞のテレビ欄で、松田聖子が大ブレイクしたあと、かなり長い期間デビュー時の写真を使用していたのを思い出してしまった。
プロ集団が狙うプレミアムカー
一方、隣国フランスでは、自動車雑誌『オトプリュス』が毎年乗用車盗難数を発表している。それによると2016年は、10万8304台が盗難に遭っている。イタリアとほぼ同数だ。
同誌による車種別統計はイタリア交通機動隊のものと違い、1万台あたりと「分母」を設定している。結果はこうだ。
4位:「レンジローバー」 156台
3位:「BMW X6」 159台
2位:「スマート・フォーツー」 162台
1位:「ランドローバー・レンジローバー イヴォーク」 196台
同誌は21位の「メルセデス・ベンツGLA」について、“東ヨーロッパおよびアフリカ系の犯罪組織が関与している”と指摘している。上記の“トップ4”を含め、BMWが10位以内に5車種も入っているのは、フランス国内のプレミアムカーが新興国のブラックマーケットに狙われていることを示している。
そうした盗難の手口は、イタリアでもフランスと似たような傾向がある。2016年9月に摘発された事件では、犯行グループは、オーナーがいったんクルマを離れるとしばらくの間帰ってこない、ミラノの空港やトリノのユベントス・スタジアムに駐車されたクルマばかりを狙っていた。
『ラ・スタンパ』紙によると、逮捕された27人の国籍はイタリア、モロッコ、そしてナイジェリアで、メルセデス・ベンツ、BMW、そしてランドローバーを専門に狙っており、押収車両はそうしたブランドばかり40台にのぼった。盗難車を家具に隠してコンテナに詰めたあと、アフリカに向かう船へと積み込んでいた。
皮肉ながらも「現役」の証し
イタリアとフランス双方の統計を眺めていて、ボク自身がもうひとつ驚いた事実がある。
「フィアット・ウーノ」がイタリア車盗難ランキングの7位、初代「ルノー・トゥインゴ」がフランス車のそれの5位に入っているのである。
初代トゥインゴはカタログから消えて10年、ウーノに至ってはイタリアで生産終了して22年も経過している。生まれた子供が成人する年月である。
盗難防止装置が新車当時の低水準であることに加えて、両車ともいまだにパーツ需要がある、すなわち今でも足グルマとして多くの人々に使われていることの証しといえる。
以前も書いたことがあるが、ボクは四半世紀前、東京でフィアット・ウーノを足としていた。盗まれてしまったイタリアのウーノオーナーには気の毒だが、いまだ本国では現役ということで、ボクのクルマ選びに間違いはなかった、などと独りごちている。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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