第518回:いまや欧米でも“街の顔”
20周年を迎えた「プリウス」に思う
2017.09.08
マッキナ あらモーダ!
ヒット映画のヒロインの愛車
2017年に日本で注目を集めた米国映画の代表例といえば『ラ・ラ・ランド』だろう。
ロサンゼルスでジャズミュージシャンを志す男セブ(ライアン・ゴズリング)と女優を目指すミア(エマ・ストーン)の、甘くも切ない恋を描いた物語である。久々にミュージカル映画の王道を行く作品だ。個人的には、1967年のフランス映画『ロシュフォールの恋人たち』以来の名作だと思う。
セブの“足”は、古くさいOHVサウンドを響かせるビュイックのオープンモデルである。
ボク自身も、東京時代は音大生の分際でいっぱしのアーティストを気取り、社会人となってからはビュイックを乗りまわしていた。しかしそのかたわらで、常にガールフレンドたちのほうが、生きていくのがうまかった。セブの姿に自分を重ね合わせてしまい、どこか悲しくなってくる。
一方でヒロインのミアが乗るのは、トヨタの2代目「プリウス」である。レッカー移動されてしまったり、失意のうちに故郷に帰る足になったりと、重要なシーンにたびたび登場する。
ラブストーリーで名脇役を務めた日本車としては、1984年の『恋におちて』で不倫妻役を演じたメリル・ストリープが乗っていた、3代目“ワンダー”「シビック」以来の快挙ではないか。
そのプリウスが2017年に誕生20周年を迎えたのは、多くの読者が知るところである。そこで今回は、アメリカとヨーロッパにおけるプリウスの話をしよう。
セレブのシンボルから街のシンボルへ
現実のロサンゼルスで頻繁に見かけるものといえば、個人用のプリウスと、UBERのステッカーを貼ったプリウスだ。その経済性からライドシェアビジネスにおける、採算性の高いモデルとして認識されている証拠である。
同時に、交差点に立っていて時折出くわすのはボロボロになった2代目プリウスだ。
中には、オーディオのボリュームを最大に上げ、ラップミュージックに合わせて体をゆさゆさしているドライバーもいる。かつて古くて巨大な、フルサイズの中古車でやっていたスタイルを、そのままプリウスにも持ち込んでいるのが面白い。
思えば、かつてレオナルド・ディカプリオ、キャメロン・ディアスをはじめとするハリウッドのセレブリティーたちが2代目プリウスにいち早く乗ってエコフレンドリーであることをアピールした。
あれから10年以上。今日、プリウスが西海岸の人々の生活にすっかり溶け込んでいるのは、まぎれもない事実である。
欧州での始まりは「環境意識の高い人」
次にアメリカよりもちょっと遅れて普及し始めたヨーロッパに目を向けてみる。プリウスはまず、大都市のタクシーとして普及し始めた。2代目プリウスが登場したのと時を同じくする。
イタリアでは自治体の大規模な環境対策制度との相乗効果があった。この国のタクシー業界で大半を占める個人タクシーのドライバーが、ハイブリッド車を購入する際に、補助金が支給されたのである。
やがて、欧州でもメカニズムに興味を持っていたり、環境意識の高い人が徐々にプリウスに乗り始めた。
筆者の知るヨーロッパ各地のプリウスオーナーも、醸造学者、教員、航空機メーカーの職員……といった職業の人たちだ。
加えて、プリウス支持者の中には、以前から熱心なトヨタファンという人も見受けられる。ボクの知人の保険代理店社長(今年57歳)などは、まさにその代表例である。若き日に「ランドクルーザー」に魅せられて以来、トヨタ車を常にガレージに1台おさめてきた。すでに新型プリウスをオーダーしていて、現在納車待ちだ。
本人によると、特に「アダプティブクルーズコントロールを含むToyota Safety Senseを使うのを今から楽しみにしている」という。
イタリア人セールスマンは振り返る
ボクが住むシエナのトヨタ販売店「ユーロモーター」のジャンカルロ・パンドルフィ氏は、「まずハイブリッドの概念をお客さまに理解してもらうのに時間がかかりましたね」と振り返る。
たしかに、日本では2代目プリウスの頃には、ハイブリッドが内燃機関と電気モーターを組み合わせたものであることが、すでに大半の人に認知されていた。
一方イタリアでは、それなりにメカニズムに関心がある人でも、ハイブリッドといえば、この地に第2次大戦後から存在するガソリンエンジン+ガス(LPGもしくは天然ガス)仕様車だと思う人が少なからず存在した。
営業担当のロベルト・カッペッリ氏は、別の苦労話を紹介した。「ハイブリッド以前に、オートマチックトランスミッション(AT)の快適さを実感してもらうことから始めました」。
いまだATがマイノリティーの国ならではのエピソードだ。しかし、彼らがプリウスを売るために積み重ねた努力が、今日の「C-HR」の人気にまでつながっている。
イタリアにおける最新のキャンペーンは「ハイブリッド車なら駐車料金が無料」である。環境対策車であればさまざまな都市で路上の有料ゾーンが無料になることをアピールしたものだ。
トヨタ モーター イタリアの統計によると、今日この国におけるトヨタ車購入者のうち、なんと60%がハイブリッド車を選んでいる。ヨーロッパ全体では、すでにトヨタはプリウスを含む150万台のハイブリッド車を販売している。もちろん欧州各国のハイブリッド車販売実績において、トヨタはトップである。
未来の映画のマストアイテム?
カリフォルニア州が2018年に施行する「ゼロ・エミッション・ビークル(ZEV)優遇制度」で、ハイブリッド車はその適応外となる。ヨーロッパ各国でも、ガソリンおよびディーゼルエンジンを搭載した車両の、将来的な販売禁止が次々と打ち出され始めた。
プリウスをはじめとするトヨタのハイブリッド車にとって予断を許さない状況になりつつあるが、このクルマが築いた20年は自動車史にとって記念すべきものであろう。事実ヘンリー・フォード・ミュージアムには、すでに初代プリウスが展示されている。
映画に話題を戻せば、将来プリウスは、21世紀初頭の街角シーンを再現するにあたり、これまでのニューヨークにおけるチェッカー製タクシーと同様、マストアイテムになるだろう。
蛇足ながら『ラ・ラ・ランド』でもうひとつ。この映画は、ロサンゼルスのフリーウェイにおける朝の大渋滞シーンから始まる。
並ぶクルマに目をこらせば、水色の「トヨペット・コロナ マークII」のバンとともに、オレンジ色の3代目「トヨタ・カローラ」、通称30(サンマル)型も発見することができる。
30型カローラといえば、1980年代初頭の日米貿易摩擦の際、アメリカの自動車工場労働者たちが、このクルマをハンマーでたたきのめしたあげく穴に突き落とした、有名なニュース映像を思い出す。
同じブランドのプロダクトが今日、“エコフレンドリー・カーの旗手”となっているのには、クルマ史を追ってきた者のひとりとして感慨深いものがある。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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