第160回:レアなアメリカ車が難民青年を乗せて走る
『希望のかなた』
2017.12.01
読んでますカー、観てますカー
怒りと悲しみでシリーズ名変更
アキ・カウリスマキ監督の新作である。2011年の『ル・アーヴルの靴みがき』以来となる長編映画だ。待ち望んでいた映画ファンは多いだろう。『希望のかなた』は、前作から始まった「港町3部作」の第2弾として企画された。しかし、今回から「難民3部作」というシリーズ名に変更している。監督の怒りと悲しみの表れだ。
前作でも難民が登場していたが、どちらかというと牧歌的な描かれ方だった。今から考えると、まだ余裕があったように見える。状況は変わったのだ。チュニジアのジャスミン革命から始まったアラブの春が広範囲で民主化運動を激化させた。独裁政権を打倒するという成果も得たが、無秩序と混乱が広がったのも事実である。イスラム過激派組織の動きが活発化し、内戦状態の国から難民がヨーロッパを目指すようになる。
短期間で激増した難民に対して、ヨーロッパ諸国も動揺する。100万人規模の移動が現実となると、人道的な観点から受け入れを表明していた各国の政府は態度を変えていった。異文化受け入れへの拒否感だけでなく、職を奪われる恐怖が偏狭なナショナリズムをエスカレートさせる。テロ事件が続発したこともあって、難民排斥を訴える極右政党が支持を伸ばしていった。
社会の底辺で暮らす人々が登場する作品を作り続けてきたカウリスマキ監督は、世界に不寛容が拡大していくことに危機感を抱く。作品公開に向けて、メッセージを寄せた。
「私がこの映画で目指したのは、難民のことを哀れな犠牲者か、さもなければ社会に侵入しては仕事や妻や家やクルマをかすめ取る、ずうずうしい経済移民だと決めつけるヨーロッパの風潮を打ち砕くことです」
これだけ読むと激烈なプロパガンダ映画かと思ってしまうが、もちろんそうはならない。テーマが深刻でも、いつもどおりのカウリスマキ節が全編を貫いている。
主人公はシリア難民
主人公のカーリドはシリア難民である。石炭を運ぶ船に潜んでヘルシンキにやってきた。黒いヒゲが目立つ濃いめの顔で最初は山田孝之かと思ったが、アラビア語を話すから別人だとわかった。シリア生まれのシェルワン・ハジが演じている。なかなかのイケメンで、カウリスマキ映画には珍しいタイプだ。監督は「私は左右対称の顔が好きではない」と公言していて、顔にひずみがあったりデコボコしていたりする役者を選ぶことが多い。
カーリドはもちろん不法入国者だ。すぐに警察に行って難民申請を行う。審査が行われている間は、収容施設で生活することになる。先に入所していたイラク人のマズダックと仲良くなり、フィンランドの難民事情と生活術を伝授される。国は違っても、同じ境遇の仲間なのだ。
かつてカーリドが住んでいたのはアレッポだ。いわゆる「イスラム国」が支配していた都市で、激しい戦闘が行われたことで知られている。命からがら妹と一緒に脱出するが、ハンガリー国境で起きた混乱の中で生き別れになってしまう。妹を探してフィンランドに呼び寄せることが彼の切なる願いなのだ。
もう一人の主人公が、どんよりとした中年男のヴィクストロム(サカリ・クオスマネン)である。仕事を辞めて妻と別れ、新たな人生に向けて一歩を踏み出そうとしていた。数々の幸運に恵まれて大金を手にした彼は、レストランオーナーという夢を実現させる。とはいっても、居抜きで手に入れた店はあまり流行(はや)っているようには見えない。従業員もそのまま引き継いだが、ヤル気のある人間はいないようだ。メニューはミートボールとサーディンだけで、缶詰を開けただけで提供するという超手抜き料理である。
不機嫌そうな人々の温かい物語
カーリドの申請は却下されてしまう。トルコに戻されることになると、妹を見つけることはできない。彼は施設から逃げ出した。捕まったら間違いなく強制送還されるだろう。警官に発見されないように慎重に行動しなければならないが、敵はほかにもいた。ネオナチである。「フィンランド解放軍」と称する暴力集団が難民狩りをしているのだ。
連中の襲撃から危うく逃れたカーリドは、一夜の宿をレストランのゴミ箱の陰に求めた。見とがめたのは、ヴィクストロムである。口論から殴り合いになるが、体格に勝る北欧人が圧勝した。KO負けを喫したカーリドは、なぜか店に招き入れられる。食事を提供された後、従業員として働くことを許されるのだ。
カウリスマキ映画の登場人物たちは、ほとんど笑顔を見せない。スクリーンには左右非対称の顔を持つ不機嫌そうな人々が映っているから、何か嫌な出来事が起きているように見える。実際のところは、心優しい人たちが他者を温かく迎え入れているのだ。表面で見えているものとは正反対の物語が進行している。人は見た目が100%という法則は、ここでは通用しない。
レストランオーナーと難民青年は、物語の始まりですでに一度出会っている。ヴィクストロムが愛車に乗って妻のもとを飛び出すと、石炭まみれのカーリドが歩いているのに気づいて急ブレーキをかける。この時はお互いに何も意識していない。観客は異様な風体の青年と同等の違和感をクルマからも受けるだろう。見たことのないスタイルなのだ。
フィンランドには不自然なクルマ
フィンランドが舞台だから古いサーブかボルボかと考えるのが普通だが、違っていた。東欧車でもない。ヴィクストロムが乗っているのは、「チェッカー・マラソン」である。実は見慣れたクルマだった。アメリカでいくらでも走っていたタクシーで、黄色にペイントすればいわゆるイエローキャブだ。『タクシードライバー』でロバート・デ・ニーロが乗っていたクルマである。マラソンはタクシーをベースに乗用車に仕立てたモデルなのだ。
本国でも大して売れなかったようで、フィンランドで普通に乗られていたとは考えにくい。メインビジュアルでも使われているくらいだから、このクルマのフォルムが映画にマッチすると監督は考えたのだろう。カウリスマキは小道具選びに細心の注意を払うタイプだ。彼が敬愛する小津安二郎監督のカラー作品には、どう考えても不自然な場所に赤いヤカンが置かれている。生半可なリアリズムより、画面内の色彩コンポジションを重視したからだ。カウリスマキは、自分の映画作りは赤いヤカンを探すことだと語ったことがある。
不自然なクルマは、この作品にとっての赤いヤカンなのだろう。レストランの壁に貼ってあるジミヘンのポスターも、妻が酒を飲んでいるテーブルに置かれた巨大なサボテンも、監督がどうしても必要だと考えた小道具なのだ。その意図を明確に理解することはできないが、不思議な異物感が全体のトーンを決めていることはわかる。小道具のうちで最も大きな役割を果たしているのがチェッカー・マラソンなのだ。
クライマックスでは、メルセデス・ベンツのトラックがいい仕事をする。『ル・アーヴルの靴みがき』と同様、ただの悲劇では終わらせない。苦難の時代にあっても、監督は希望を見いだしたいのだ。3部作の最後はハッピーなコメディーにしたいと発言している。
物語とは直接かかわらないが、全編にわたってチャーミングな演奏シーンがはさまれている。知らない顔ぶればかりだが、円熟した技巧で素晴らしい音を聞かせる。フィンランドのベテランミュージシャンたちが参加したらしい。カウリスマキが世に知られるようになったのが、音楽映画『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』だったことを思い出した。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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