第532回:がんばれUberドライバー
ロサンゼルスショーで見た人間ドラマ
2017.12.15
マッキナ あらモーダ!
涙の民泊 in LA
ロサンゼルスオートショーを取材するため、市内に投宿することにした。
だが、映画『プリティ・ウーマン』でリチャード・ギア演じる実業家が泊まっていたような高級ホテルではない。その真逆である。
実は今回、民泊を利用してみた。すでにヨーロッパや日本で何度か使用経験があったが、アメリカでも、と思ったのがきっかけである。「ダウンタウン至近」「格安」という条件で選んだのは、清掃料別、1泊約4000円の個室で、バストイレ共同という物件だった。
過去に宿泊した、主に欧米系旅行者によるレビューの内容も良い。「周辺にはレストラン、商店もあり」と書かれている。彼らのコメントには、「最寄り駅から徒歩30分」とあるが、少々誇張されているに違いない。ただ「バス停至近」とも記されているから、心配なかろうと思った。
しかし、実際に物件を訪ねてみて驚いた。サイトには明記されていなかった飼い猫がいた。猫自体は嫌いではないが、ボクのスリッパを片方奪って消えてしまったり、シャワーを浴びようと思うとバスルームのカーテンにまとわりついたり。当然のことながら、食べ物をつまもうとすると寄ってくる。まったくもって落ち着いて過ごせなかった。
イタリアでは住み始めて以来21年間お目にかかったことがないゴキブリも出没した。家主の男性は日中不在だから、即座に苦情も言えない。安宿には慣れているし、LAには過去28年の間たびたび訪れたが、今回ばかりは少なからず戸惑った。
そうだ、ライドシェアだ!
しかしながら、最も困ったのは交通手段だった。
「最寄り駅まで徒歩30分」は、そのとおりだった。ボクが住むイタリアの観光都市を見ていてもわかるが、アメリカやヨーロッパの旅行者は30分でも1時間でもさほど苦にせず歩く人が多い。旅先のムードを楽しんでいるのだ。日本人ツアーが観光バスで目的地の近くまで乗りつけるのと対照的である。
周囲の住宅街は、一見したところ治安が悪いムードではなかった。だが日本人はなにかと目立つ。見知らぬところを気軽に歩かないほうがいいのは、海外における大原則である。なのに、ロサンゼルスショーのプレスブリーフィングは、早いものは朝8時から始まる。そして、取材終了は遅い。
薄暗い時刻に、クルマ社会のLAで街道沿いを歩くことは避けるべきだ。バスについても、クルマでの移動が主な家主が的確に教えてくれたのはバス停の位置だけで、どこに行く路線がどの程度の頻度で走っているかは、彼はまったく知らなかった。
試しにバス停に立って手を上げてみたものの、急行バスなのであろう、次々と通過していってしまった。
こうなったら頼みの綱は、配車アプリによる「ライドシェア」である。サービスを提供している「Uber」と「Lyft」のうち、ボクは日ごろから欧州で慣れていた前者を使うことにした。
ほかの客と乗り合いになる場合や、その乗車・降車次第で遠回りになる可能性もある代わり、最安値で乗れる「POOL」というプランを駆使した。車両到着までの時間は、長いときは10分近くに及ぶこともあったが、駅周辺をはじめ、客待ちが多いところでは3分もしないうちにやってきた。
乗車したクルマのドライバーたちを振り返ってみる。ショー開幕の前日、最寄り駅であるユニオンステーションまでの乗車をリクエストすると、やってきたのは、先代の「トヨタ・プリウス」だった。
ドライバーは東欧系の若者で、数年前に米国のグリーンカードを取得して、Uber経験は1年半という。その話を聞いてボクも東京時代、グリーンカードの抽選に何度も申し込んだのを思い出した。結局、当たらなかったが。走行距離は約2.7kmで、料金は3.6ドルだった。
ドライバーの個性はさまざま
その晩もう一度Uberを呼ぶと、別のプリウスがやってきた。参考までにいうと、今回計8回利用したうち、半分にあたる4回はトヨタ・プリウス(先代3台、現行1台)だった。
今度は、ネパール出身の男性ドライバーだった。「コリアンかい?」とボクに聞くので「いや、ジャパニーズだ」と答える。すると彼は「弟はエベレストで登山ガイドをやっててね。日本人もたくさん来るよ」とうれしそうに話した。
チャイナタウンから乗った、女性ドライバーの「レクサスES」には、先客として未成年と思われる女子が乗っていた。彼女は始終無言でスマートフォンをいじっていたが、ボクは「そうか。まだ免許がない若者の、夜の外出にも、ライドシェアは安全で便利に使えるな」と思った。ボクが降車するときもその女子はあいさつがなかったから、もしかしたら彼女は女性ドライバーの娘で、学校が終わったあと母親の仕事中はずっと乗っているのかもしれない。
ドライバーに怒られてしまったときもあった。気を利かせたつもりで大通りに出て待っていたら、「日産アルティマ」でやってきたその女性運転手は「停車しにくいところで待ってないでヨ!」とぼやいた。
しかし、やがて相乗り客が途中下車してボクとふたりだけになると、彼女がボクに居住国を聞いてきた。「イタリア」と答えると、「私はヒスパニック系よ。スペイン語とイタリア語は親戚のようなものね。アハハ」とフレンドリーなムードに変わった。そして、ボクのスマートフォンのバッテリー残量が危うくなると、日本のタクシーの行灯(あんどん)にあたる、ダッシュボード上のサインを点灯するためのコードをシガーライターソケットからわざわざ引っこ抜いて、電源を提供してくれた。
車内でクルマ談義に花が咲いたこともあった。あるドライバーが「日本で一般的なタクシーって、どんなもの?」と言うので、前席に座っていたボクが「トヨタ・クラウン コンフォート」について説明したときである。これからサンディエゴに向かう旅の途中というショートパンツの若者が身を乗りだしてきて「トヨタ・キャムリー(『カムリ』のこと)よりデカいのか?」と興味深げに質問してきた。カムリは、この国でクルマを語るとき、メートル原器のひとつになるかもしれない。
最後の晩に乗ったドライバーの相棒は、そのカムリだった。ボクがロサンゼルスショー帰りであることを話すと、「俺もクルマ好きでさ」と返してきた。かつて1970年代のシボレー製ピックアップトラック「エルカミーノ」を持っていたという。「エルカミーノといえば、なんといっても1959年製ですよねえ」とボクが言うと、「いつか59年型を買うのが俺の夢だよ」と、彼はうれしそうに答えた。
Uberにもストーリーあり
しかしながら最も印象的だったのは、あるアジア系ドライバーだった。彼はプリウスでロサンゼルスショーの会場に向かう途中、Uberドライバー用ナビアプリの指示を見落とし、道を間違えてしまった。
彼はすかさず、アプリのメーターを止めてくれた。「LAはフリーウェイの出口をひとつ間違えると、5マイル(約8km)走ってしまうことがザラだから。こうでもしないと料金が上がっちゃうよ」。「客用アプリ上での“ドライバー評価”が気になるのか?」と聞けば、「それよりも、お客さんがハッピーなら、僕もハッピー」と言って笑顔をみせた。
彼は1980年代前半、まだ幼いときに両親とともに台湾から移住してきたという。
「兄貴は両親の希望にしたがって法学を専攻したけど、CGアーティストに転向したんだよ」
当然のことながら親は激怒したそうだ。
「でも兄は、自分の意思を貫いたんだ。映画『トランスフォーマー』のスタッフロールに、兄貴の名前が初めて制作スタッフのひとりとして出たときは、僕も彼と一緒に涙したよ」
筆者自身も、初めて自分の名前が雑誌の編集スタッフ欄に載ったとき、それはそれはうれしかった。その思い出を話すと彼はほほ笑んだ。
やがてプリウスはロサンゼルスショーの会場に近づいた。降りる間際、その台湾系ドライバーは「僕も本当は、アートセンター(・カレッジ・オブ・デザイン)で勉強して、カーデザイナーになりたかったよ」と感慨深げに明かしてくれた。
蛇足ながらLAのあと立ち寄った東京でも、ボクは初めてライドシェアを使ってみた。日本では乗り合いプランは提供されていないので、普通のサービスをアプリで選んだ。
あっという間に、黒塗りの「トヨタ・アルファード」がやってきた。日本の法令にしたがい、ハイヤー会社によるものである。LAの乗り合いUberからすると、車両のコンディションは段違いに良かった。きちんと制服を着用したドライバーは、映画『007 ゴールドフィンガー』で、敵役のお抱え運転手として「ロールス・ロイス・ファントムIII」を操る俳優・ハロルド坂田のごとく、目的地まで黙々とドライブした。さすがプロである。
しかし個人的には、さまざまな国からやってきたドライバーたちがさまざまな人間ドラマを見せてくれる、LAのライドシェアのほうが刺激的に感じられた。そして彼らが懸命に働く姿は、エリアは違えど異国に住むボクを大いに鼓舞してくれたのであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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