ホンダ・ゴールドウイング ツアー デュアルクラッチトランスミッション<エアバッグ>(MR/7AT)
良質なオールラウンダー 2018.08.07 試乗記 400kgに迫る車両重量、1.8リッターの水平対向6気筒エンジンと、あらゆる部分が規格外なホンダのフラッグシップモデル「ゴールドウイング」。6代目となる新型は、遠乗りに特化したクルーザーかと思いきや、“操る”ことを積極的に楽しめる一台に仕上がっていた。いろいろ心配になるほど、デカい
この日のロケは心配から始まった。指定された集合場所は都心から1時間ほどの距離ながら、道中の交通量はそれなりにあり、道幅が狭いところも多い。しかも空模様はやや不安定で時折雨もパラついていた。
そんな中をwebCGのディレクターKさんはゴールドウイングに乗ってやって来るという。Kさんは神戸生まれの六甲山・レーサーレプリカ育ち。ヒザ擦りしそうなヤツはだいたい友達とはいえ、それも30年以上前のこと。大型二輪免許にいたっては1年前に取ったばかりという、典型的にもほどがあるリターンライダーだからだ。
それでも日本人離れの体躯(たいく)を誇っているというなら心配も和らぐが、本人の申告によると身長は167cm。昭和30年代男にありがちな「見えっ張り」が機能していればサバを読んでいる可能性も捨てきれず、そうでなくても加齢によって縮んでいるかもしれない。
そんなKさんが排気量1833cc、車重383kg、全長2575mm、価格331万5600円にまたがって向かって来るのだ。心配するなという方が無理である。
しかも予定時刻になってもKさんは来ない。少しヤキモキし始めた頃、先に到着していたH編集部員の携帯が鳴った。相手はKさんだ。もはや悪い予感しかしなかったが、どうやら道を間違えただけらしい。取りあえず、ホッ。
が、それもつかの間だ。道を間違えたということは、どこかでUターンを余儀なくされるかもしれない。大丈夫か? いや、大丈夫なわけがない。ゴールドウイングの最小回転半径は3.4mである。ホンダのラインナップ中、ゴールドウイングの次に排気量が大きいのは「CB1300」だが、こちらは2.7mでクルリンパと回ってみせるからだ。
心配は尽きない。いろいろな状況を想定し、もしもの場合に備えて助けに行く算段をシミュレーションしていたところ、ようやくKさんが到着した。そしてヘルメットを脱ぎ終わるより先に、「いや、これめちゃめちゃいいですね!」などとおっしゃる。こちらの心配などつゆ知らず、本当に心底楽しそうだった。
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“ハイテクありき”のバイクではない
要するに新型のゴールドウイングはそういうバイクなのだ。大型二輪の免許歴が浅く、しかも普段はまったくバイクに乗らず、どちらかといえば小柄なライダーが都内の渋滞を抜けて高速道路をひた走り、ワインディングロードを駆け抜けるというフルコースをストレスなく楽しめてしまうのである。その事実が、このバイクの懐の深さと魅力の大半を物語っていると言ってもいい。
そんなこんなで受け取った今回のモデルを正確に記すと「ゴールドウイング ツアー デュアルクラッチトランスミッション<エアバッグ>」となる。3つあるグレードの中で最上級に位置し、トランスミッションには四輪ではおなじみの7段DCTが装備されているのが特徴だ。
Kさんが容易に走らせることができたのもDCTの恩恵が大きい。ハンドル右側に備わるボタンを押してN(ニュートラル)からD(ドライブ)に切り替えれば基本的に機械任せでよく、スロットルをひねるだけでスムーズに動き出す。クラッチレバーはそもそも備わっておらず、エンストの心配がないことに加え、微速で前進や後退ができるウオーキングモードを搭載。これによって狭い場所での切り返しやUターン、車庫からの出し入れも簡単にこなすことが可能になった。
では、デカくて重いという弱点をこうした“ハイテクありき”でねじ伏せているのかといえば、そんなこともない。というのも、車体もエンジンも刷新されたこの新型は、従来モデル比で38kgもの軽量化を達成。それゆえ、デバイスを働かせない素の状態でも気負うことなく走りだすことができるからだ。
1833ccの水平対向6気筒エンジンはまろやかさの極みだ。TOUR/SPORT/ECON/RAINという4種類の走行モードが備わり、それぞれに応じてスロットルレスポンス、DCTの変速タイミング、トラクションコントロールとABSの介入度、サスペンションの減擦力が変化。最もマイルドなRAINでも加速力に大きな不満はない。
ただし、最もダイレクトなSPORTを選んだ時のアグレッシブさには軽くビビる。スロットルを大きく開けると水平対向特有のズ太い排気音を響かせながらはじけるように加速。出力特性自体はフラットながら、ギアをホールドしたまま車速をグングン押し上げていく時の迫力はかなりのものだ。
必要ならばパドルシフトのように任意のタイミングでギアチェンジすることも可能なため、どんなモードでも加減速でまどろっこしさを感じる場面は皆無と言っていい。
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快適な乗り心地、スムーズなコーナリング
なにより特筆すべきは、どんなシチュエーションでも極上の乗り心地が約束されているところだ。これは完全新設計の足まわりのおかげで、特にフロントには一般的なテレスコピック方式のフォークではなく、ダブルウイッシュボーン方式を採用。衝撃吸収と操舵機能を分離することによって振動やジオメトリーの変化が最小限に抑えられ、ちょっとやそっとの外乱では挙動は乱れない。
この方式の効果は視覚からも得られるようになっている。というのも、走行中はトップブリッジの奥でステアリングアームがひっきりなしに上下動を繰り返し、路面のギャップを必死にいなしてくれている様子が分かる。しかしながら、そのせわしなさとは裏腹にハンドルや体にはショックがほとんど伝わらずに車体は安定。リーンが妨げられることもなく、スイスイとコーナーを駆け抜けることができた。
構造上、テレスコピック方式のフォークは車体の斜め上に向かってストロークするため、エンジンやラジエーターと干渉しないように適切なクリアランスが必要だ。ところが、ゴールドウイングに採用されたダブルウイッシュボーン方式ならほぼ垂直方向にしかストロークせず、そのぶん車体前後長を切り詰めることに成功。重量配分の最適化やマスの集中、塊感のあるスタイリングをももたらしたのである。
高速巡航時の快適性はある意味イメージ通りで、大きなサプライズはない。好みに合わせて電動スクリーンの高さを調整し、交通量に応じてクルーズコントロールの速度をセットすれば、あとは前方に気をつけていればいい。夏場はベンチレーションで体に風を送り、冬場はグリップとシートに備わるヒーターをフル活用しながらクルーズする時の快適性は、耐えて忍ぶことを美徳とする従来の二輪にはない別世界を見せてくれるはずだ。
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バイクの本質を突き詰めた一台
快適性をサポートする装備はエレクトロニクス面にもおよぶ。ラジオやオーディオ、ナビゲーションの標準装備に加え、「Apple CarPlay」が採用されたことがトピックだ。これはiPhoneの機能がライディング中も使えることを意味する。普段使用しているアプリをディスプレイ上に表示することによって音楽再生や通話が可能になるなど、エンターテインメント性に関しても抜かりはない。
さまざまな技術やシステムが盛り込まれた新型ゴールドウイングを語る時、誰もがそのヒストリーを振り返る。1974年に初代モデルが発表されたこと。これまでより大きく、より豪華に進化してきたこと。44年の月日の中でようやく6代目を数える長寿モデルであることなどがそれだが、このモデルはそうした過去の延長線上にはない。
バイクを「操る」という本質的な部分に立ち返ったからこそ、スキルも体格も選ばず誰が乗っても快適で、誰もが一体感を味わえる新時代のモデルになり得たのだと思う。
新型ゴールドウイングは決してアガリのバイクではない。乗り手に合わせてクルーザーにもツアラーにも、そしてスポーツにもなる良質なオールラウンダーであり、乗りたいと思ったなら年齢もキャリアも気にすることはない。今まで知らなかったライディングファンをもたらしてくれるはずだ。
(文=伊丹孝裕/写真=三浦孝明/編集=堀田剛資)
【スペック】
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=2575×905×1430mm
ホイールベース:1695mm
シート高:745mm
重量:383kg
エンジン:1833cc 水冷4ストローク水平対向6気筒 OHC 4バルブ
最高出力:126ps(93kW)/5500rpm
最大トルク:170Nm(17.3kgm)/4500rpm
トランスミッション:7段AT
燃費:27.0km/リッター(国土交通省届出値)/18.2km/リッター(WMTCモード)
価格:331万5600円

伊丹 孝裕
モーターサイクルジャーナリスト。二輪専門誌の編集長を務めた後、フリーランスとして独立。マン島TTレースや鈴鹿8時間耐久レース、パイクスピークヒルクライムなど、世界各地の名だたるレースやモータスポーツに参戦。その経験を生かしたバイクの批評を得意とする。
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