第590回:大矢アキオが思わず男泣き!
イタリアの古典車認定リストに“あのクルマ”の名を発見
2019.02.01
マッキナ あらモーダ!
「古典車」になるメリット
日本では新型「トヨタ・スープラ」が話題である。
イタリアでは、筆者が知る限り一般のテレビニュースでこそ報道されていないが、自動車専門サイトを開けば、それなりにピックアップされている。
『クアトロルオーテ』電子版は、「日本スポーツカーの復活」と題し、2019年夏以降のデリバリーであることや価格が6万9600ユーロ(約868万円)であることを記している。加えて、オフィシャルフォトを中心に全102枚からなるギャラリーも展開した。
『モーター1ドットコム』は、初代(A50型:日本では2代目「セリカ」)から始まる歴史写真ギャラリーを公開している。
ただし、米国と違い欧州では歴代スープラの導入台数が少なく、知名度も低い。したがって近い将来、ヨーロッパのヤングタイマー市場で先代モデルが値上がりするかは今後の推移を見守るしかない。
それにちなみ、今回はイタリアにおけるヒストリックカー優遇制度の話をしよう。
2019年1月現在イタリアでは、製造後30年以上が経過した四輪車および二輪車に各種優遇措置が適用される。
年間の自動車税は通常数百ユーロかかるところが、ひと桁少ない数十ユーロに減免される。自動車保険も7割程度安くなり、100~200ユーロ台(車両保険含まず)になる。
ヒストリックカーに認定されると、原則として走行はミーティングへの参加やイベントでのパレード走行、およびそれに伴う往復に限定される。それでも維持費が節約できる手段であることから、多くの人が認定取得を目指す。
またヒストリックカーのスワップミートなどで「ASI認定済み」(詳細は後述)は、格好の売り口上である。
突如10年上がってしまったハードル
ただし、製造後30年が経過したすべてのクルマがヒストリックカー認定の対象となるわけではない。限られた対象車種のみであり、現在は全340車種である。
車種を規定し、実際の登録業務を行っているのは、ASI(アシィ:Automotoclub Storico Italiano=イタリア古典四輪二輪クラブ)という団体である。
同団体は、製造開始後20年が経過した340車種、および40年以上の全車を「ヒストリックカー」と認定している。そのうち、30年以上のクルマが税的優遇の対象だ。つまり、たとえリストに名前があっても、20年以上30年未満のクルマは除外される。
ASIは認定の基準をこう説明する。「技術、デザイン、優雅さ、そしてスポーツ性能の点で、長年にわたってクルマの進化を証明するものだけを歴史車と定義する」。
もしあなたがリストアップされている車両を所有しており、認定を受けたい場合、可否の判断はASI指定の判定員に委ねられる。
彼らの多くは元熟練メカニックや、地元の自動車クラブなどで役員を務めた人たちである。最も厳しくチェックされるのは「オリジナル状態であるか」と「走行可能状態であるか」だ。多くのオーナーは“お受験”前に、どのような部分を確認・清掃しておいたほうがいいかアドバイスを受けている。
めでたく審査を通過すると、当該車両の登録は、日本の陸運局にあたるPRA(プラ)という団体からASIへと移管される。同時にオーナーには、車両の写真入り登録証と金属製プレート、そしてコンクールなどに参加するときに必須となる国際古典車連盟(FIVA)の証書が与えられる。
ところでヒストリックカーの定義が、ASIのリストは「20年以上」、実際の税的優遇を受けられるのは「40年以上」と「30年以上40年未満の一部」となってしまったのには理由がある。実はイタリアでは、以前は「製造後20年」からヒストリックカー認定が受けられた。ところが、自動車税の財源拡大を狙った政府が法律を修正。2015年からは現行の「30年以上」になってしまった。支給年齢がどんどん引き上げられる年金制度のようで、どこかトホホである。
ただし救済措置が設けられ、製造後20年以上30年未満の車両は、自動車税が通常よりも50%減免されることになっている(2019年の場合。一部州では、独自の条例あり)。
知人のアンドレアは2000年「アルファ・ロメオ・スパイダー2.0 16V」を趣味で所有している。もし2015年に法律が変わっていなかったら、あと2年もすれば古典車待遇を受けられたはずだが、あと11年になってしまった。本人は「しかるべきときが来たら絶対にASI認定を取得するぜ」と闘志を燃やす。
晴れてリスト入りしたクルマたち
ASIによって認定されている「製造後20年以上」の340車種には、「えっ、もうあんなクルマもヒストリックカーなの?」と驚くような、若いモデルもあるのが面白い。
フィアットを例にとれば「クーペフィアット」(1993-2000年)だ。ただし、気をつけなければならないのは、細かいバージョンも指定されていることである。同車の場合、認定を受けられるのは「2.0i.e.ターボ16V」のみである。
次に、2019年に初期生産モデルが製造後30年を迎える確率が高い、1989年デビューの“新参ヒストリックカー”を探す。
イタリア車では、あの「アルファ・ロメオSZ」がもちろんリスト入り。初代「フィアット・ティーポ」も高性能バージョンの「1.8」および「2.0」が申請可能だ。
「シトロエンXM」およびその姉妹車である「プジョー605」は、いずれも2リッターターボと3リッター版がその対象となっている。
余談をお許しいただければこの605、東京での編集者時代に勤務していた出版社が所有していて、たびたび運転したものである。エンジンの回り方やATの変速タイミング、サスペンションのストローク、いずれもとがった部分がまったくない穏やかなクルマだった。したがって、他の日本車や欧州車と比較しても、長距離出張において一番ストレスが少なかった。しかしながら、ヨーロッパにおける605は、その大切なカスタマーであった年金生活者にはサイズが大きすぎた。また、すでに始まっていたドイツ系プレミアムブランドの攻勢をもろに受けてしまった。そのため今日まで生き延びた605を路上で見る確率は、よりエンスージアスティックなシトロエンXMよりもさらに少ない。
「アルナ」もあるな
日本車の1989年デビューモデルでは、いずれも初代の「マツダMX-5(日本名:ユーノス・ロードスター)」「三菱エクリプス」がリストアップされていて、それも全車が対象だ。
個人的なことを言えば、同年にデビューした「ダイハツ・アプローズ」「日産パオ」が入っていないのが遺憾である。前者は年配層や新興国にも受容されやすいセダン形状とハッチバックの利便性をいち早く両立したこと、後者は「Be-1」の後とはいえ、大手メーカーによる、かつ一般ユーザーにとって手が届きやすい限定生産車を実現したということが評価に値するだろう。
しかしイタリアでアプローズは、今日の「トヨタ・ヤリス(日本名:ヴィッツ)」のように、欧州ブランドに伍(ご)して登録ランキングの上位を占めるには至らなかった。また、パオに至っては正規輸入されなかったのだから仕方がない。
そんなことをブツブツ言いながらリストを眺めていたら、思わずわが目を疑ってしまった車名があった。あの「アルファ・ロメオ・アルナ」がヒストリックカーに認定されていたのである。
念のために記すと、アルナとは産業復興公社(IRI)傘下だった時代のアルファ・ロメオと日産自動車による合弁会社が、1983年から1987年に生産したモデルである。2代目「日産パルサー」(N12型)をベースに、「アルファ・ロメオ・アルファスッド」の水平対向4気筒エンジンを搭載していた。
イタリアでは、「アルファ史上最悪のデザイン」と酷評する人がいるいっぽうで「フラット4の低重心により、意外にスタビリティーが良かった」と回想する人もいる。
生産終了から32年が経過し、今やイタリアでも知らない人が大半になってしまった日伊産業史の断章が、「歴史車」として権威ある機関から認められていたとは。思わず涙ぐんでしまった筆者であった。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、トヨタ自動車、グループPSA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
第934回:憲兵パトカー・コレクターの熱き思い 2025.10.30 他の警察組織とともにイタリアの治安を守るカラビニエリ(憲兵)。彼らの活動を支えているのがパトロールカーだ。イタリア在住の大矢アキオが、式典を彩る歴代のパトカーを通し、かの地における警察車両の歴史と、それを保管するコレクターの思いに触れた。
-
NEW
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
NEW
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RS
2025.12.4画像・写真およそ3年ぶりに、日本でも通常販売されることとなった「ホンダCR-V」。6代目となる新型は、より上質かつ堂々としたアッパーミドルクラスのSUVに進化を遂げていた。世界累計販売1500万台を誇る超人気モデルの姿を、写真で紹介する。 -
NEW
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探る
2025.12.4デイリーコラム「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。 -
NEW
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった
2025.12.4マッキナ あらモーダ!1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。












