第602回:クルマを捨てよ、街へ出よう!
純電男・大矢アキオの上海ショーリポート
2019.04.26
マッキナ あらモーダ!
電動車がデフォルト
第18回上海国際汽車工業展覧会(オート上海)が、2019年4月16日に開幕した。今回は20の国と地域から1000以上の出展者が参加した。
世界最大の自動車マーケットのショーにおいて、いわゆる“CASE”を前面に押し出すのは、各社とも当たり前である。なかでも最も力が入れられたテーマは、最後のE(Electric)だ。
中国政府の主導で各地方政府が普及を推進する環境対策車にハイブリッド車は含まれない。そのため、各社ともプラグインハイブリッド車やフル電気自動車(EV)を、2018年の北京ショーよりもさらに積極的にアピールしていた。電動車がデフォルトのショーと言っても過言ではない。
レベル4の自動運転EVコンセプト「ID. ROOMZZ(アイディ.ルームス)」を公開したフォルクスワーゲンは、「純電時代」をスローガンに掲げていた。こちらも「純電男」にならないといけない気がしてくる見事なキャッチだ。
いっぽう中国のEV大手BYDは、すでに50の国と地域の、計300都市で電動車の販売を展開している。最新型「宋Pro EV」は、一充電あたりの航続可能距離こそ502kmと今日それほど驚くものではないが、15分の充電で100kmの走行が可能であることを強調していた。
数年後に電動車が直面するのは、リチウムイオンバッテリーの交換だ。そのときのサービス体制如何(いかん)で、中国製EVの評価は決まるだろう。
SUVの次はシューティングブレーク?
中国では、一人っ子政策時代に生まれた「80后(1980年代生まれ以降の世代)」が、SUV人気を牽引(けんいん)してきたが、彼らもいよいよ40歳近くになる。アラフォーだ。
今回、中国車のトレンドは、「AMG GT」を思わせるファストバックを抱いた4ドアクーペ形状である。
「SUVはもう飽きられている」ときっぱり話したのは、奇瑞汽車系のプレミアムブランドであるクオロスのエクステリアデザイン部長だ。彼らが今回展示したのはシューティングブレークである。日本においてワゴンは、バンと混同された不幸な時代があった。中国ではそうした過去がないだけに、シューティングブレークは素直に受け入れられるのではないだろうかと筆者は想像する。
横浜にも研究所を持つ長城汽車のオーラは、2018年の北京ショーでリリースされたばかりのEV向け新ブランドであるが、今回は女性ユーザーを意識した「女神版」をアピールした。
筆者が知るかぎり、中国車において、ここまで女性仕様を強調したモデルやプロモーションは過去になかった。特にEVの女性版は、事実上世界初であろう。これも高級化を追っていた中国の自動車マーケットが、次なるステージに移行したことをうかがわせるものだ。
「お部屋感覚」の次を!
本サイトのニュース記事でも報じられているとおり、レクサスはブランド初のミニバン「LM」を公開した。
「トヨタ・アルファード/ヴェルファイア」をベースしたその車両、日本ではそれがレクサスにふさわしいかをめぐって議論が起きていると聞く。
しかし、上海で高級ホテルの玄関を眺めているといい。次から次へとミニバンがやってくる。ライドシェアは、今後ますます加速する。高齢化が進めば個人ユースでも乗降が楽なミニバン需要は拡大するだろう。そうした意味で、高級ミニバンは、顧客や富裕層ユーザーの心をつかむに違いない。さすがトヨタのノウハウを蓄積したレクサスのマーケティングである。
コンセプトカーで気になるのは、自動運転レベル4やレベル5を想定した車両の多くで、その使途が積極的に例示されていない点である。
そうした質問を、ジュネーブで発表済みの自動運転モビリティー「ニュークレウス」を今回展示したトリノのデザイン会社イコーナの幹部にぶつけてみた。すると、「われわれが目指すのは、エグゼクティブの移動や高級ホテルなどで送迎に用いる車両だ」との答えが返ってきた。2018年のパリモーターショーでルノーが公開したコンセプトカー「EZ-ULTIMO」に近いものだという。
それは正しい。ただし掃除しやすく、壊されにくいシェアリング用モビリティーの内装を提案するメーカーも現れないものだろうか。例えばパリに2018年まで存在したEVシェアサービス「オトリブ」の車両は、大半の内装が不潔だった。
メンテナンスにマンパワーが回らない以上に、シェア用の掃除しやすい内装にしていなかったのが原因である。そうした中、次世代のシェアサービスに向けた積極的な提案がほしい。「お部屋感覚」を例示するだけの自動運転コンセプトには、やや食傷気味だ。
ホームボタン付き「iPhone」と客が絶えないフェラーリ店
街に出てみよう。歩道は注意して歩かなければならない。電動スクーターのバッテリーを充電するためのコードが一般商店の軒先から延びていることがあるのだ。上海は日本よりも“プラグイン”先進都市なのである。
それはさておき、中国の2018年のGDP成長率は、前年比6.6%増にとどまった。アメリカとの貿易戦争が影を落としているのは明らかだ。
実感するのは、地下鉄の車内や大衆食堂で人々が操る「iPhone」である。数年前までこの街では、日本人もうらやむような最新機種をいち早く持つ人々を頻繁に目にした。いっぽう今回観察すると、ホームボタンの付いた、それもかなり以前のモデルを引き続き使用している人が目立つ。ガラスが割れたまま使っているユーザーも少なくない。中国におけるiPhoneの2018年出荷台数は前年比で約20%減という。人々の購買力が下がっているのだ。
それでも南京西路にあるフェラーリのショールームでは、毎夕2~3組の若いカップルがセールスの説明を受けていた。フェラーリの大中華圏の2018年販売台数は、前年比で12.6%増だ。貧富の差の拡大を予感させる光景である。
スタイリッシュな路線バスを発見
キャッシュレス化も、2年前に訪れたときよりもさらに進んでいた。たとえ街路に面した大衆食堂でも大半の客はスマートフォンのQRコード決済を使う。
悲しいかな、中国に銀行口座のない筆者のようなユーザーが、決済用のアカウントを開設するのは至極難しい。そこで現金払いとなる。
すると店主は、現金の入った小箱(レジではない)をまさぐったり、場合によってはポケットの財布からおつりをくれる。こちらとしては中国語の練習にはなるが、店主の面倒くさそうな顔を見るのがつらい。
同じく2年前に上海を訪れたとき、その急激な増殖ぶりに衝撃を受けたシェアリング自転車についても話そう。
駐輪位置から判断し、ユーザーのマナーをシステムが自動評価する仕組みが構築されたためだろう、乱雑な駐輪がずいぶんと減った。同時に、オレンジや水色のリムが並ぶさまは、それ自体が街路のアクセントになっていることに気づく。
スタイリッシュな路線バスにも目を奪われた。宇通(Yutong)客車製である。実際には、出発直前まで外でタバコを吸っているようなドライバーが運転しているのだが、彼が不在でも今すぐ自動運転で走りそうなデザインだ。
観察すると、ブラックアウトした部分とシルバーでかたどった“フレーム”との比率、加えて各エッジの処理が極めて考えられている。数年前まで、明らかに「日野ポンチョ」を参考にしたと思われる小型バスをラインナップに据えていた宇通だけに、長足の進歩といってよい。
そのデザイン、「Apple製品からイメージを得たものであろう」とか「乗用車メーカーによる自動運転コミュニティーコンセプトに範をとったものに違いない」と決めつけるのは簡単だ。
しかし、実際にこうしたデザインを製品化してしまう勢いに圧倒される。外国人デザイナーの関与があったのか、それとも海外で学び戻ってきた「海亀族」といわれる優秀な中国人によるものなのか、興味のあるところだ。
いずれにせよ、十年一日のごとく変わらない日本の路線バスのデザインにやるせなさを感じていた筆者としては、なんとも痛快だった。
ところで、こうした公共交通にもキャッシュレス化の波が押し寄せているのだが、残念なのは外国人にとっては以前よりも利便性が後退していることだ。
上海の交通カードは、以前は紙幣でもチャージが可能だった。だが今回訪れてみると、駅ではもはや「WeChat」といった中国系アプリか、もしくは中国系クレジット会社の「銀聯(ぎんれん)カード」からでないとチャージ不可能になっていた。仕方がないので、久々にコインを使う羽目になった。
思えばドイツ国鉄(DB)の自動販売機でも、2000年代初頭まではマイナーなクレジットカードしか使えなかった。だが今日は主要なカードが使えるようになっている。上海でも今後は公共交通がより重要になる。国際都市のメンツをかけて、ぜひとも改善してほしい。
カロッツェリアよ、自転車をこげ
最後に再びモーターショーの話を。とあるイタリアのカロッツェリア関係者と会話していて驚いた。前述のシェアリング自転車がこれだけ上海の街を覆い尽くしていることに気づいていないのだ。
それで思い当たるのは数年前の中国ショーだ。普段、庶民感覚あふれる地元宿を楽しんでいる筆者であるが、そのときは外資系ホテルに宿泊することになった。
そこで鉢合わせした顔見知りのカロッツェリア幹部たちは、毎日会社がチャーターした高級ハイヤーに乗って会場との間を往復していた。
もちろん会期中、彼らが超多忙であることはわかる。アメリカ・ラスベガスのCESの最小スタンドに出展したアジア系スタートアップのように、「客より後に到着」などということは到底許されない。
彼らが前述したようなエクスクルーシブなGTや、ラグジュアリーなビジネス用ムーバーのみをデザインし続けるのなら、それでいい。しかし、モビリティー社会をマクロ視点で見た場合、乗り物のマジョリティーが「個人所有」から「共有」にシフトするのは回避できない時代に差し掛かっている。そうした時代に、空港~高級ホテル~会場だけをハイヤーで往復して、次のショー開催地へと向かう、いわばサーカスに身を置いているような行動をするのは視野を狭めるだけだ。
カロッツェリアよ、上海の街に出よ。シェア自転車をこげ。これが筆者からの彼らへの強い勧めだ。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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