第201回:無邪気な美少年はなぜIKAトリノで暴走したのか
『永遠に僕のもの』
2019.08.15
読んでますカー、観てますカー
BL犯罪映画がトレンド?
実は別の映画を取り上げる予定だった。『ホット・サマー・ナイツ』である。主演はティモシー・シャラメ。『君の名前で僕を呼んで』『ビューティフル・ボーイ』で注目を集めた話題の美少年だ。夏のリゾート地を舞台にした青春映画で、映像はビビッドでオシャレ感があふれている。これが長編デビューとなるイライジャ・バイナム監督はなかなかセンスがあるな、と思って観ていたら、後半に失速。わりとありがちなドラッグ売人映画になってしまった。
その後で観たのが『永遠に僕のもの』。こちらも美少年映画である。同日公開ということもあり、比較されてしまうのは仕方がない。ほかにも似ている要素がある。『ホット・サマー・ナイツ』は薬物売買で『永遠に僕のもの』は強盗と殺人という違いはあるが、いずれも犯罪が重要なテーマになっている。そして、主人公がマッチョ系イケメンとタッグを組むところも同じ。濃厚なBL的ムードが全編に漂っている。こういうのが世界的なトレンドなのだろうか。
『永遠に僕のもの』は、アルゼンチンのブエノスアイレスで1971年に実際に起きた事件をベースにしている。カルロス・ロブレド・プッチという名の少年が強盗を繰り返し、11人を殺害した。逮捕された彼の容貌が社会に衝撃を与えたらしい。当時は生まれつきの犯罪者は醜い容姿の持ち主であるという“ロンブローゾの理論”が信じられていたのに、捕らえられたのはあどけなく美しい顔をした少年だった。巻き毛のブロンドに天使のような顔立ちで、“童顔のモンスター”と呼ばれたという。
映画の主人公カルリートスは、この少年をモデルに造形されている。冒頭のシーンでカルリートスはタバコを吸いながら歩道を歩き、吸い殻をポイ捨て。ふと目に留まった豪邸に窓から侵入し、リビングルームにあったウイスキーを飲みながら室内を物色する。レコードを見つけてプレーヤーにかけ、音楽に合わせて踊りだした。彼は無邪気な快楽主義者であり、後ろめたさはみじんもない。
コルベットよりオートバイ
カルリートスにとっては、盗みはダンスと何も変わらない。「みんなどうかしてる。もっと自由に生きられるのに」とつぶやく。欲しいものはためらわずに手に入れればいい。欲望のままに生きることが自由なのだ。彼が自由をつかむことで、他人が不自由になるとは考えたこともない。
ガレージに忍び込むと、「シボレー・コルベット」や「MGA」といった名車が並んでいる。選び放題だ。しかし、彼が選んだのはオートバイ。17歳の高校生で実家暮らしだから、クルマに乗って帰るわけにはいかない。オートバイだって十分にあやしいが、母親に見とがめられると「友達に借りた」と受け流す。部屋の中には“友達に借りた”ものがほかにもたくさんあり、何か悪いことをしているのではないかと感づいてはいる。しかし、息子の天真らんまんな笑顔を見ると、それ以上追求することはできない。
カルリートスは初めて行った学校で、ガタイのいい青年にケンカを仕掛ける。とてもかなう相手ではなく殴られてしまうが、それでよかったのだ。彼と仲良くなりたかっただけなのである。その青年ラモン(チノ・ダリン)も、カルリートスに引かれていた。2人は出会いからすでに同性愛的な重力圏の中にあった。
ラモンはカルリートスを家に連れていき、父親のホセ(ダニエル・ファネゴ)に紹介する。彼らはファミリービジネスとして盗みを行っていたのだ。ラモンは「世界は泥棒と芸術家のものだ」と言ってはばからない。カルリートスは初めて拳銃を渡されて、臆することなく発砲した。それを見て、ホセは彼の才能を確信し、仲間として認める。
幼児体形の新世代イケメン
彼らは手始めに銃砲店をターゲットにした。侵入して獲物を手に入れたが、カルリートスはもう一度戻ってさらに多量の銃を運び出す。彼の大胆な行動に、ラモンとホセは感心しながらも危うさを感じる。ためらいのなさは実行力の高さをうかがわせるが、無謀と紙一重である。
懸念は現実となった。盗みに入った家で住人に見つかると、カルリートスは迷うことなく即座に射殺したのだ。初めての殺人なのに、高揚感も恐怖も感じていない。日常の行為として人を殺した。彼にとっては自分の行動を邪魔するものを排除するのも、自由を行使することに含まれる。踊るように盗み、遊ぶように人を殺すのが、彼のライフスタイルである。
希代の美少年殺人鬼を見事な肉体的表現でよみがえらせたのは、本格的な演技は今作が初となるロレンソ・フェロ。“南米のディカプリオ”と呼ばれているそうで、日本の美少年好き女子からも熱視線を浴びている。ティモシー・シャラメも新世代のイケメンだったが、フェロはまた違ったタイプだ。ここのところ勢力を張っていた細マッチョとはまったく系統が異なる。
メインビジュアルの入浴シーンを見てもらえば一目瞭然だろう。ピンクの乳首がムッチリした胸に浮かび上がり、うっすらと体を包む脂肪の層が柔らかそうだ。エモーショナルでロマンチックな裸体である。わかりにくければ、2つの形容詞の最初の文字をつなげてもらえればはっきりした表現になる。ほかにもサービスカットはあって、白ブリーフ一枚での立ち姿では下腹がぽっこり出ている幼児体形があらわになって魅惑的だ。
美しいヴァリアントIIIの炎上シーン
彼らの犯罪はエスカレートしていき、トラック強盗まで行うようになる。道を封鎖するのに使ったのが見慣れないクルマだと思ったら、「ヴァリアントIII」だった。クライスラーの「プリムス・ヴァリアント」の現地生産から始まったモデルで、3世代目は本国とは異なる仕様になっている。仕事を終えた後、カルリートスはヴァリアントIIIを処分するように言われ、草原の木に激突させて放火する。背徳感が漂う炎上シーンはただただ美しい。
クライマックスでは、さらに珍しいクルマが登場する。「IKAトリノ」だ。IKAはアルゼンチンの自動車メーカーで、インドゥストリアス・カイゼル・アルヘンティーナ(Industrias Kaiser Argentina)の略称。ジープ生産から始まり、ルノーとの提携で小型車生産を行うようになった。トリノはアメリカン・モーターズとの契約のもとで生産され、国民車的な存在だったらしい。
トリノに乗ったカルリートスは、トンネル内で「プジョー404」と衝突する。不思議なことに、『ホット・サマー・ナイツ』でもラスト近くに主人公が乗ったクルマが激突するシーンがあった。どちらもただの事故ではなく、ストーリーに深い関係のある出来事となっている。やはり、この2作には共通点が多い。
ルイス・オルテガ監督は否定しているが、軽やかに人を殺すカルリートスはサイコパスの一種だろう。犯罪を称揚してはいけないが、天衣無縫でイノセントな彼の行動には人を惑わす魅力がある。同じサイコ殺人者を扱っても、日本では『ユリゴコロ』のような湿っぽくてねちっこい映画になってしまう。なじみのないアルゼンチン映画だが、プロデューサーはペドロ・アルモドバル。耽美(たんび)的な作品になったのは当然なのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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