ホンダ・フィットe:HEVベーシック(FF)
“機能”を追わない勇気 2020.04.09 試乗記 いよいよデビューした新型「ホンダ・フィット」。従来のホンダ車とはひと味違う価値観のもとに開発されたという4代目は、どんなクルマに仕上がっているのだろうか。ハイブリッドの最廉価グレードを連れ出して確かめた。市場を問わない共通ニーズ
フィットは通算4世代目となる新型で初めて、プラットフォームの新開発をしなかったという。そして“心地よい”という開発キーワードが、スミズミにまで行き届いたクルマである。場合によっては“やりすぎ?”の技術開発もいとわないイケイケの技術者が多く、負けず嫌いで“世界一”が大好きで、モータースポーツでの自分たちの輝く歴史に誇りを持つホンダとしては異例のユルさ(?)だが、それこそが新型フィット最大の特徴だ。
「低燃費、広い室内、バリューフォーマネーなどの“機能的価値“が歴代フィット最大の価値でした。しかし、それらは今や当たり前で、積極的に選ばれる“付加価値”になりません。じゃあ、新しい付加価値とは……を考えて、われわれ本田技術研究所内の“ヒト研”というグループが開発した“画像を用いた潜在的ニーズ調査”を実施しました。そこから導き出した、日本やタイ、インドなどの先進国、新興国を問わない共通のニーズが“心地よさ”だったんです。
当初はプラットフォームを新開発するつもりでしたが、そうやって、さらに軽量化したり室内を広くしたりするのは、それこそ従来の機能的価値を伸ばすことでしかない。そこで、今回は既存のプラットフォームのポテンシャルを突き詰めて、熟成してみることにしました。
開発中は“資源の再配分”という表現をよく使いました。これまでなら機能的価値の進化のために使っていた資源を、今回は心地よさのために投入することにしたのです。現場にも“カタログ燃費は上げない”とか“広くしない”とあえて言明して、かわりに心地よさを徹底的に追求しました。プラットフォームこそ新開発せずとも、そのぶん、心地よさを実現する部分は遠慮なく新設計したり、新しい部品を惜しみなく入れたりしました」
……とは、新型フィット開発責任者の言葉だ。こう聞くと、新型フィットがなぜこういうクルマになったかが少し理解できる。
従来のホンダ車とはひと味ちがう
今回の試乗車はハイブリッドの「ベーシック」だった。新型フィットでは各グレードにも“心地よいクルマ選び”のためか、ユルめの呼称が冠される。そして各グレードの装備内容についても、開発陣は「いわば洋服のコーディネートのようなもの。優劣はない」と語る。
ただ、ベーシックが新型フィットで最安価な入門グレードであることも事実。そんなベーシックでも、カラーTFT液晶メーターやオートエアコン、LEDヘッドライト、先進安全運転支援システムの「ホンダセンシング」など標準装備が充実している(ただ、ベーシックにのみホンダセンシングレス仕様も用意)のも新型フィットの売りだ。グレードによってレザーやクッションがあしらわれるセンターコンソールやダッシュパネルも、ベーシックではすべて樹脂成型品になる。ただ、ドアアームレストとその周辺部の体が触れる部分だけはファブリックをあしらうなど、心地よさへの工夫は細やかだ。
新型フィットの運転席に座ると、今どきめずらしい2本スポークのステアリングホイールがイヤでも目につく。これは近日登場予定の電気自動車「ホンダe」との共通部品で、これだけで開放感が増す“心地よい”調度品である。「ステアリング自体の強度や剛性に問題ない?」と思ったら、今どきのステアリングの大半は、見た目は3スポークでも中央の1本は剛性を担わない“飾り”なのだそうだ。へぇー。
従来品を改良したプラットフォームでホイールベースも先代と変わりないが、シートは前後とも新設計で、分厚くて“心地よい”ものになった。そのぶん、ヘッドルームがわずかに削られて、後席可倒時の荷室がフラットになりきらない……など、機能価値的に後退した面も少しあるが、それでよしとするのが新型フィットである。ほかにも空調吹き出し口やドアインナーハンドルがメッキではなく、アイボリー風の樹脂部品なのも、従来のホンダとは少しちがうセンスだ。
55mmにこだわったAピラー
新型フィットの運転席に座ると、なるほど居心地は悪くない。フランス車的に体を包み込むシートは、硬めのクッションでガッチリ支える系だった従来のホンダ車のそれとはちょっと趣が異なる。
そして、驚くほど開けた視界は、かつてFF車としては異例に低いボンネットとダッシュボードを売りとしていた1980~90年代のホンダを肌で知る中高年にとって、心地よいと同時に懐かしくもある。新型フィットのダッシュボードは特別に低いわけではないのだが、不要な凹凸を排した視界優先の造形に気づく。
さらに、最前列のAピラーはフロントウィンドウと三角窓との“継ぎ目”の機能を果たすだけ(車体剛性は分担しない)で、その太さは55mmという。これは「左右の瞳孔間隔より細いものは死角にならない」という理屈から導き出された寸法だ。小柄な日本人女性の瞳孔間隔がおよそ57mmだそうで、それより細い新型フィットのAピラーは、ほぼどんな日本人ドライバーにも邪魔にならないのだそうだ。
実際、その視界はまさしくパノラマビュー。Aピラーはもちろん目には入っているのだが、その存在はまるで気にならない。筆者の日本人としては大きめの瞳孔間隔(=顔がデカい)を差し引くにしても、この瞳孔間隔のハナシは今回2つ目のへぇーである。
今回の試乗車にも搭載されるハイブリッドの「e:HEV」は“基本シリーズハイブリッド、ときどきエンジン直結”で走るホンダ独自の2モーター型だ。以前は「i-MMD」の名で「アコード」「オデッセイ」「ステップワゴン」「インサイト」などに搭載されていたタイプの最新・最小版である。これで、先代フィットで初登場したツインクラッチ+1モータータイプの「i-DCD」はフェードアウト路線に入ったことになる。
燃費よりも心地よさ
ホンダなのにMTのスポーツモデルがない……という点を好事家にツッコまれるなどしている新型フィットだが、そこには厳しいCO2排出規制が課せられる欧州向けが、すべてe:HEVになるということも無関係ではないだろう。新型フィットにMTを用意するなら事実上の日本専用車に近くなるわけで、その収益性のハードルは一気に上がるのだ。
フィットのハイブリッドが欧州で販売されるのも今回が初。高速性能にうるさく、CVT的なパワートレインの所作(いわゆるラバーバンドフィール)をとことん嫌う欧州市場をおおいに意識して、新型フィットのe:HEVはパワフルかつリニアである。
新型フィットの(i-MMDあらため)e:HEVは、フルパワー時も最高速時も、エンジンは発電に徹して、モーターのみで駆動するシリーズハイブリッド状態が基本だ。だから、加速時は発電機(=エンジン)を一定回転数に張りつけるのが本来効率的なのだが、絶対的な燃費より心地よさを重視した新型フィットはちがう。まるで多段変速機のようにエンジン回転をリズミカルに上下させる。
その純粋なパワーフィールが圧倒的にリニアでパンチがあるのは電動だから当然として、アクセル操作に対して素直にエンジンが反応するe:HEVは心理的・体感的なリニア感の高さが大きな武器といえる。さらに、そうやって回したときのサウンドもエコーが効いていて、けっこうエンスーなホンダミュージック風に調律されている。そのぶん、燃費が物足りないのは(「トヨタ・ヤリス」と比較すると、なおのこと)否めないが、しつこいようだが、新型フィットの最優先は心地よさなのだ。
運転上手のACC
いわゆるシフトレバーが純エンジン車とe:HEVとで共通になったのも新型フィットの特徴だ。マニュアルモード的なものは用意されないが、Bレンジは“隠れスポーツモード”としてもけっこう使えるのは覚えておきたい。
Bレンジは下り坂などでエンジンブレーキを強めるのが本来の目的である。ただ、そのためにエンジンが高回転気味に維持されるので加速側の反応も良くなり、結果的に加減速でメリハリが出る。そして、右足とエンジン回転のリンク感もさらに上がるのだ。
心地よさを目指したシャシーのキモは、開発陣によると「荷重移動と接地感」という。先代ではどちらかというと剛性感や姿勢変化の小ささに軸足を置いていた印象のフィット(というか、ホンダ)だが、新型の操縦性や乗り心地の方向性は明らかにちがう。上屋を前後左右にほどよくゆったりと動かして、うまくタイヤに荷重をのせられる所作が心地よい。こういう荷重移動を積極的に使えるシャシーには、Bレンジのメリハリがとくに効果を発揮する。
別の機会に16インチタイヤの新型フィットにも乗ることができたが、山坂道での走りも含めて、今回の15インチのほうがマッチングがよく好印象なのは、こういう新しいシャシー思想によるところが大きい。また、新型フィットはe:HEVの16インチ車のみ、大舵角時ほどステアリングがクイックになるバリアブルレシオとなるので、e:HEVではその乗り味の差がさらに開く。個人的にはバリアブルレシオがないほうが、反応が素直で明らかに心地よいと思う。
新型フィットは電動パーキングブレーキが全車標準装備で、アダプティブクルーズコントロール(ACC)が全車速対応かつ渋滞追従可能なのが大きな売りだが、これはお世辞ぬきでこのクラスではぜいたくな装備である。
今回はそんなACCでも心地よさを求めたそうで、開発陣によると「渋滞に追いついて完全停止する直前の“ぬきブレーキ”には自信あり」という。で、実際にも、そのACCはなかなかに運転がうまい。ちなみに、その新型フィットのACC開発当時、加減速やブレーキ制御が世界一うまい……と開発陣が参考にしたのはBMWの「5シリーズ」だそうである。今回3つ目のへぇーである。
(文=佐野弘宗/写真=峰 昌弘/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ホンダ・フィットe:HEVベーシック
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3995×1695×1515mm
ホイールベース:2530mm
車重:1190kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:98PS(72kW)/5600-6400rpm
エンジン最大トルク:127N・m(13.0kgf・m)/4500-5000rpm
モーター最高出力:109PS(80kW)/3500-8000rpm
モーター最大トルク:253N・m(25.8kgf・m)/0-3000rpm
タイヤ:(前)185/60R15 84H/(後)185/60R15 84H(ヨコハマ・ブルーアースFE AE30)
燃費:29.4km/リッター(WLTCモード)/38.6km/リッター(JC08モード)
価格:199万7600円/テスト車=235万4000円
オプション装備:Honda CONNECT for Gathers+ナビ装着用スペシャルパッケージ(4万9500円)/コンフォートビューパッケージ(3万3000円) ※以下、販売店オプション 9インチナビ<VXU-205FTi>(19万8000円)/ナビ取り付けアタッチメント(4400円)/ドライブレコーダー<DRH-197SM>(2万7500円)/ETC2.0車載器 ナビ連動タイプ(1万9800円)/ETC車載器取り付けアタッチメント(6600円)/フロアカーペットマット(1万7600円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:729km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:326.1km
使用燃料:20.5リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:15.9km/リッター(満タン法)/17.5km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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