ルノー・トゥインゴS(RR/5MT)
ザ・スタンダード 2020.05.26 試乗記 ルノーのコンパクトカー「トゥインゴ」には、売れ筋のAT車以外にMT車もラインナップされている。マイナーかつマニアックなモデルなのは確かだが、せっせとレバーを操作して走らせたなら、誰でも笑顔になるだろう。セルフサービスでどうぞ
試乗車を預かってからすぐ首都高速に乗った。中央道に向かう4号新宿線。代々木のカーブのあたりはちょっとしたワインディングロードで、マニュアルのトゥインゴは早くも真骨頂を見せてくれる。
5速トップから4速にシフトダウン。最後の90度左カーブでは回転を合わせて3速まで落とす。前を走っているプリウスはブレーキランプを光らせているだけだが、こっちはいろいろやることがあって忙しい。それをいとわず「楽しい」と思える人のクルマがマニュアル(MT)だ。
最近、たまーにMT車の試乗があると、走り始めてすぐ、「うわッ、おそ!」と思うことがある。すぐに気づく。そうだ、自分でシフトアップするんだった! アクセルを踏めば無限に加速してゆくATに体がすっかりなじんで(ナマって)いるわけである。しかもATは日進月歩でどんどん速くなり、MTはどんどん置き去りにされてゆく。そんな現存MTモデルのなかでも、「トゥインゴS」は最もマニュアル度の高いクルマだと思う。
初心者にもやさしいMT車
5段MTを備えるベーシックトゥインゴがS(179万円)である。日本だと販売の8割以上を占める2ペダルモデル(デュアルクラッチ式6段自動MT)は3気筒897ccターボだが、こちらは自然吸気の3気筒997cc。エンジンから違うので、売れ筋の「EDC」より20万円以上安い。以前あった「ゼン」を引き継ぐエントリーモデルである。
897ccターボ+5MTの「GT」は2019年のマイナーチェンジで生産終了となり、日本での在庫もなくなったという。それに代わってSを品ぞろえするのはMTユーザーフレンドリーなルノー・ジャポンならではだろう。
いまのMT車はギアの位置にかかわらずクラッチペダルを最奥部まで踏み込まないとエンジンがかからないが、ルノーはNに入っていればクラッチを踏まなくても始動する。勾配路でブレーキペダルから足を離しても、数秒間、制動力を維持してくれる坂道発進アシスト機構が付いている。仮にエンストさせてもすぐにクラッチを踏み込めば再始動する。これも最近のMT車では一般的だが、何秒かのタイマーを入れているクルマも多いなか、トゥインゴはエンストさせてから2分くらい放っておいてもかかった。
クラッチペダルは軽い。シフトリンケージはリアのエンジンルームまで長い旅をするから、シフトタッチはややモゾモゾしているが、レバーの操作感は軽い。アクセルとブレーキペダルの段差が小さいので、ヒール&トーはとてもやりやすい。右ハンドル化された欧州コンパクトカーにありがちなペダルのオフセットはなく、自然なドライビングポジションがとれる。MT初心者にやさしいMT車である。
変速行為に集中せよ!
以前のゼンもそうだったが、997ccノンターボのトゥインゴは非力である。897ccターボモデルの最高出力が93PSであるのに対して、こちらは73PS。タコメーターはないから回転数はわからないが、適切な変速で常にエンジンのおいしいところを紡ぎ出さないと、加速はカッタルイ。
高速道路でも、100km/h付近から十分な追い越し加速を得るには、5速トップから回転を合わせて3速へ落とすのがマストである。しかしそうやってフランス人のようにシフトすれば、どこでも過不足なく気持ちよく走れる。最初に「MT車のなかでもマニュアル度が高い」と書いたのはそういう意味だ。変速操作に一意専心することを求められるMT車なのである。
車重は950kg。重量税は軽自動車に次いで安い。897ccターボのEDCより70kg軽いキャラクターは、走っていても実感できる。非力だが、動きは軽いのだ。軽くても、足まわりやボディーにしっかりした剛性を感じるから、品質感は高い。トラクションでRRを意識するほどのパワーはないものの、どんなにエンジンを回してもうるさくないのはリアエンジンのいいところだ。
経済性もなかなか
ベーシックモデルだから運転支援システムてんこ盛りというわけにはいかないが、70km/h以上で作動する車線逸脱警報が付いていた。この手はたいてい余計なお世話に感じることが多いのだが、高速域でのトゥインゴのスタビリティーは“矢のように直進する”ほどでもないので、これはあってもいい装備だと思った。
アダプティブではない、ただのクルーズコントロールも付いている。しかし、速度キープのために自動変速してくれるATと違って、MTのクルコンは使いでが限られる。というか、わざわざトゥインゴのMTを選ぶ人がクルコンをありがたがるとは思えない。
約240kmを走って、燃費は16.0km/リッター(満タン法)だった。ターボのEDCにはスピードの点でだいぶ差をつけられるが、燃費性能は健闘している。
ブラックのアルミホイールでやんちゃぶっているが、乗ってみるとスポーティーな演出はない。Sはスポーツではなく、スタンダードのSだ。日本にはまず入ってこない「実用ベーシックグレードのMTモデル」であるところがトゥインゴSの価値である。コロナで凍りついた町を走っていると、なぜかこのシンプルさが胸に沁みた。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=郡大二郎/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
ルノー・トゥインゴS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3645×1650×1545mm
ホイールベース:2490mm
車重:950kg
駆動方式:RR
エンジン:1リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:5段MT
最高出力:73PS(54kW)/6250rpm
最大トルク:95N・m(9.7kgf・m)/4000rpm
タイヤ:(前)165/65R15 81T/(後)185/60R15 84T(ミシュラン・プライマシー4)
燃費:19.3km/リッター(WLTCモード)
価格:179万円/テスト車=201万8372円
オプション装備:エクセプション15インチアロイホイール<フロント2本+リア2本>(14万4200円)/ホイールセンターキャップ<4本分>(1万2936円)/ホイールボルトカバーセット<4個×4セット+スぺア4個>(5500円)/フロアマット<マンゴーイエロー>(1万9800円)/ETCユニット(1万4036円)/エマージェンシーキット(3万1900円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:3717km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:236.5km
使用燃料:14.8リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:16.0km/リッター(満タン法)/14.1km/リッター(車載燃費計計測値)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
-
スズキ・エブリイJリミテッド(MR/CVT)【試乗記】 2025.10.18 「スズキ・エブリイ」にアウトドアテイストをグッと高めた特別仕様車「Jリミテッド」が登場。ボディーカラーとデカールで“フツーの軽バン”ではないことは伝わると思うが、果たしてその内部はどうなっているのだろうか。400km余りをドライブした印象をお届けする。
-
ホンダN-ONE e:L(FWD)【試乗記】 2025.10.17 「N-VAN e:」に続き登場したホンダのフル電動軽自動車「N-ONE e:」。ガソリン車の「N-ONE」をベースにしつつも電気自動車ならではのクリーンなイメージを強調した内外装や、ライバルをしのぐ295kmの一充電走行距離が特徴だ。その走りやいかに。
-
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】 2025.10.15 スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。