ルノー・トゥインゴS(RR/5MT)
未来のネオクラシック 2021.12.11 試乗記 排気量1リッターの直3エンジンにMTを組み合わせた「ルノー・トゥインゴS」。エントリーモデルのMTで、しかも後輪駆動という好事家が笑顔を見せそうなフレンチコンパクトの走りを、郊外のドライブコースで確かめた。なかなかやるじゃないか
先日、第三京浜・都筑インターそばの中古車ショップで、水色の塗装がかなり色あせた初代トゥインゴを眺めながら「コイツをここから救出して、きれいに直して手を入れながら乗ったら楽しいんじゃないか」と夢想した。しかも、新車だったころに試乗してめっちゃ気に入った5段MT仕様。
結局のところ、いやいや2台所有はムリ、といういつもと同じ結論に達したけれど、その日の夜にwebCG編集部から「マニュアルのトゥインゴSに試乗しませんか」というメールが届いて、不思議な縁を感じた。
試乗当日、ドライバーズシートに腰掛けて、エンジンを始動すべくクラッチペダルを踏み込む……と、あまりのクラッチペダルの軽さに、左足がフロアを踏み抜きそうになる。ここ最近、MT車の試乗というとクラッチペダルの重たいハイパフォーマンスモデルばかりだったから、ついつい力が入ってしまったのだ。
こういう実用車のMT仕様に乗るのはいつ以来だろう、と考えて、最後は「スズキ・ジムニー」と「ルノー・カングー」だったということに思い当たる。ま、ジムニーはある種のスペシャリティーカーだから、フツーのMT車に乗りたいと思って探すとルノーが最有力ということか。
5段MTのシフトフィールを確認しながら1速にシフト。ゆっくりとクラッチをつなぐ。997ccのNA(自然吸気)エンジンだから、低回転域でのトルクはどんなもんだろうかと疑心暗鬼だ。けれども、車重950kgという軽さもあってか、アクセルペダルを踏まずとも、アイドル回転で粛々と発進した。ほーっ、なかなかやるじゃないか。扱いやすいぞ。
クラッチペダルは、ミートポイントがわかりやすく、慣れれば軽すぎるというほどは軽くない、イイ感じの踏み応えだ。2ペダルのAT車だったら、Dレンジに入れてアクセルペダルを踏んでハイ発進、で済むのに、MT車は手間がかかる。でも、「手間がかかる」の後ろに、(笑)をつけたくなるような、ペットの相手をするような手間のかかり方だ。
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すがすがしさがある
ゼロ発進は意外と力強かったけれど、走りだすとさすがにNAの65PS、マメにシフトしないと交通の流れから取り残される。青信号でスタートして2速に入れて、2速でギューンと引っ張らないと、ヤル気のなさそうな「ジャパンタクシー」にも置いていかれる。
ただし、タコメーターがないから、どのあたりがエンジンのおいしいところで、どこまで引っ張るのが有効か、というのはすべてドライバーの勘と経験と判断に委ねられる。よっしゃ、おっちゃんに任せとけ、という気になる。
RR(リアエンジン、リア駆動)のレイアウトを採るトゥインゴSは、ギアボックスが後席のちょい後ろぐらいになるはずだから、ドライバーが操作するシフトレバーからは少し距離がある。でもシフトレバーの手応えはまずまずで、さすがに「手首の動きでカチッとキマる」というわけにはいかないけれど、東西南北どの方向にも節度があって、気持ちよく操作できる。
だから、潤沢とはいえないエンジンパワーを絞り出すためのシフト操作が、労苦やお仕事というよりも、頭を使ったゲームのように感じられる。
トゥインゴSを運転しながら頭に浮かんだのは、「もったいない」というフレーズだ。このクルマに乗っていると、使い切れないほどのパワーを路上にまき散らす最新のハイパフォーマンスモデルは、ちょっともったいない感じがするのだ。一方トゥインゴSには、限りある出力をすべて使い切るすがすがしさがある。
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フットレストがない!
首都高速に上がると、身軽さが際立つようになる。RRだからという先入観もあるのかもしれないけれど、鼻先が軽くて、思いのままに向きを変える。ちなみに車検証で確認したところ、前輪荷重は440kgで、後輪荷重は510kg。全幅が1650mmしかないので車線が広く感じて、車線の中でついアウト・イン・アウトのコーナリングラインを描きたくなる。アホみたいだけど、楽しい。
楽しいと感じる理由のひとつに、乗り心地がいいことが挙げられる。といっても、初代トゥインゴのようにまったりとした乗り心地とはかなり違って、カッチリとしている。でも、路面の不整を乗り越えた瞬間に、車体のどこか一部でショックを受けるのではなく、ボディー全体で受け止める感じがするから、不快に思わないのだ。
おもしろいのは、65PSしかないクセに、ペダルのレイアウトがヒール&トウにうってつけなこと。右足のつま先でブレーキペダルを踏みながら、かかとをアクセルペダルに載せると、どんぴしゃの位置関係になる。これもトゥインゴSのドライブが楽しいと感じる理由のひとつだ。
ただし首都高速から東関東自動車道に入って巡航態勢に入ると、いくつかの欠点に気づかされる。5速の巡航状態でクラッチ操作が不要になると、左足の置き場に困るのだ。右ハンドル仕様には、フットレストが存在しないのだった。
しかたなく、左足の膝を直角にして、シートとクラッチペダルの中間付近に足を置く。ポーズ的にもカッコ悪いし、落ち着かない。
もうひとつ、RRレイアウトの宿命か、あるいは2490mmという短いホイールベースのせいか、横風にあおられるとふらふらする。トゥインゴSにはLDW(レーンデパーチャーウオーニング=車線逸脱警報)が備わるけれど、これは確かにあったほうがいい。
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育てる楽しみがある
左足の置き場がないことにうんざりしながら、横風にふらつくたびにハンドルで修正する。でも、実は心の中でこの状態をおもしろがっている自分もいた。「あばたもエクボ」って、こういうことだろう。
ご存じの方も多いように、最近はネオクラシックと呼ばれる1980年代から90年代のモデルが人気だ。これは日本だけでなく世界的な傾向らしく、W124と呼ばれるメルセデス・ベンツの「ミディアムクラス」もE30の「BMW 3シリーズ」も、程度のいい個体はどんどん減り、相場はぐんぐん上がっている。
ネオクラも、場合によってはもう生産されてから40年もたつわけだから、パーツがなかったりして維持するのも大変だ。それでも人気を集めるのは、なぜだろう。
思うに、個性的なスタイル、車種ごとの個性的なメカニズム、ダイレクトなドライブフィール、これからエンジン車は減る一方だという希少性、といったところだろうか。
その点、トゥインゴSはデザインにも味があるし、RRのメカニズムもおもしろいし、乗せられているのではなく操っているという実感を得ることもできる。だからこれは、新車で買えるネオクラだと思った。
初代トゥインゴをよみがえらせるのも魅力的であるけれど、最新のトゥインゴSを自分の手でネオクラに育てるのも悪くない。健康に気をつけて、あと30年、40年がんばろう。
(文=サトータケシ/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
ルノー・トゥインゴS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3645×1650×1545mm
ホイールベース:2490mm
車重:950kg
駆動方式:RR
エンジン:1リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:5段MT
最高出力:65PS(48kW)/5300rpm
最大トルク:95N・m(9.7kgf・m)/4000rpm
タイヤ:(前)165/65R15 81T/(後)185/60R15 84T(ミシュラン・プライマシー4)
燃費:20.7km/リッター(WLTCモード)
価格:189万円/テスト車=213万2786円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション エクセプション15インチアロイホイール<フロント2本+リア2本>(14万9600円)/ホイールセンターキャップ<4本分>(1万2936円)/ホイールボルトカバーセット<4個×4セット+スぺア4個>(5500円)/ドアミラーカバーセット(1万5950円)/フロアマット<グレーステッチ>(1万9800円)/ETCユニット(7100円)/エマージェンシーキット(3万1900円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:842km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(7)/山岳路(0)
テスト距離:238.1km
使用燃料:17.8リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:13.3km/リッター(満タン法)/15.4km/リッター(車載燃費計計測値)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。