EV時代は後輪駆動がメインになる? EVプラットフォームの潮流と「アリア」に見る日産の思惑
2020.08.10
デイリーコラム
続々と登場するEV専用プラットフォーム
2020年7月15日に日産自動車が新型電気自動車(EV)「アリア」の概要を発表し、主要メーカーのEV戦略がほぼ出そろった。アリアは日産では初めてのEV専用プラットフォームを採用するのが特徴だ。既に日産には「リーフ」があるではないか、という声が聞こえてきそうだが、リーフは同社の「Bプラットフォーム」をベースにしたもので、専用プラットフォームとは言えなかった。
2019年6月に包括的なEV戦略を発表したトヨタは、EV専用プラットフォーム「e-TNGA」をスバルと共同開発することを明らかにしているし、2020年秋に初めての量産EV「ホンダe」を発売することを明らかにしたホンダも、このクルマに専用プラットフォームを採用するほか、より大型の車種向けのEVプラットフォームも開発中だ。2025年に150万台のEVを販売することを目指す独フォルクスワーゲン(VW)は、初めてのEV専用プラットフォーム「MEB」を採用した新世代EVの第1弾「ID.3」の受注を、本年(2020年)の6月に開始。9月上旬からデリバリーを始める予定だ。
このように、今後は各社から相次いでEV専用プラットフォームを用いた車種が登場するわけだが、各社のプラットフォームを見ると、その特徴は驚くほど似通っている。キャビンのフロアに電池を薄く敷き詰めるのは当然としても、面白いのは既出のホンダやVWがみなRRの駆動レイアウトを基本にしていることだ。
もっとも、これは考えてみれば当然で、RRのほうが合理的だからである。
新世代EVの登場とともにRRが復活した理由
エンジン車のそれをベースにしたEV用のプラットフォーム(グループPSAの「e-EMP2」など)は、たいていの場合FFにせざるを得ない。今日のエンジン車は、FFが主流だからだ。しかしそういう制約がないEV専用プラットフォームはその限りではなく、むしろ発進時や加速時に荷重がかかる後輪を駆動したほうが、駆動力を有効に路面に伝えられる。FFでは前輪の摩擦力を、クルマの方向を変えるためとクルマを駆動するための2つの目的に使わなくてはならないが、後輪駆動なら前輪が駆動の負荷から解放されるので、その分コーナリングの限界性能を高められるという利点もある。
現代の乗用車でFFが主流になったのは、それまで主流だったFRに比べると、プロペラシャフトが不要で室内が広く取れるからだ。それならRRも同じようなものだが、かさばるエンジンがリアに積まれると、後席や荷室を広く取れないというネックがあった。しかし、モーターならリアに積んでもエンジンほどにはかさばらないから、車室や荷室を侵食しない。電池を床下に積んでフロアがかさ上げされているEVでは、なおさらモーター搭載にともなう“出っ張り”は低く抑えられる。
また、従来のエンジン車ベースのEVだと、電池を後席の下、もしくは後方に厚く配置する一方で足元は低く抑えているので、プラットフォームが凸凹としているのだが、ホンダ、トヨタ、VWのEV専用プラットフォームはバッテリーを床下に敷き詰めることで、凸凹をなくしてフラットな形状にしている。床の平均的な厚みは増えてしまうが、それでもフラットにする理由は、このプラットフォームをさまざまな車種に展開しようと考えているからだ。
例えばVWは、MEBをハッチバック車のID.3をはじめとした自家用車だけでなく、ミニバスやロボットタクシーなどの“サービス向け車両”にも展開しようとしている。この場合、凹凸のないフラットなフロアはシートの配置が自由で使い勝手に優れている。ホンダやトヨタはいまのところ自家用車向けしか想定していないようだが、それでもフラットなフロアは車両レイアウトの自由度が高く、商品性の向上に役立つ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
“FFベース”の「アリア」に見る日産の電動車戦略
こうして見てくると、日産がアリアに採用したEVプラットフォームはやや特異だ。駆動レイアウトはFFを基本にしているし、高性能版の90kWh仕様ではバッテリーがL字型(床面+後席の下)に積まれるため、その形状もフラットではなくなる。つまり、EV専用プラットフォームであるにもかかわらず、既存の“エンジン車ベースのEV”との類似を匂わせるものとなっているのだ。
なぜ、日産のEV専用プラットフォームはこのような仕様になったのか。筆者が勝手に推測しているのは、このアリアに使っているパワートレインを、そのまま「e-POWER」に応用するためではないかということだ。
ノートなどに搭載されているe-POWERは、いわば「リーフの大容量バッテリーを発電用のエンジンと小容量バッテリーに置き換えたもの」だ。それと同様に、アリアのバッテリーを高出力エンジンと小容量バッテリーに置き換えれば、高出力タイプのe-POWERが実現できる。
アリアの四輪駆動システムは、出力が必要ないときには後輪モーターを駆動しないで電費を向上させるようになっており、その際の“引きずり抵抗”を下げるため、後輪モーターにはあえて高効率のPM(永久磁石)モーターではなく、誘導モーターを使っている。こういう特徴はそのまま、FF車をベースとしたe-POWER搭載車に生かせる。
EV用パワートレインをEVだけに展開することを想定した他メーカーと、エンジン車への展開まで視野に入れた日産の姿勢の違いがEVプラットフォームの考え方の違いに出た。筆者はそう推測しているのだが、果たしてどうなのか。日産の電動車戦略の行く末を注視したい。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=日産、フォルクスワーゲン、BMW、CAR GRAPHIC、webCG/編集=堀田剛資)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
-
高齢者だって運転を続けたい! ボルボが語る「ヘルシーなモービルライフ」のすゝめ 2025.12.12 日本でもスウェーデンでも大きな問題となって久しい、シニアドライバーによる交通事故。高齢者の移動の権利を守り、誰もが安心して過ごせる交通社会を実現するにはどうすればよいのか? 長年、ボルボで安全技術の開発に携わってきた第一人者が語る。
-
走るほどにCO2を減らす? マツダが発表した「モバイルカーボンキャプチャー」の可能性を探る 2025.12.11 マツダがジャパンモビリティショー2025で発表した「モバイルカーボンキャプチャー」は、走るほどにCO2を減らすという車両搭載用のCO2回収装置だ。この装置の仕組みと、低炭素社会の実現に向けたマツダの取り組みに迫る。
-
業界を揺るがした2025年のホットワード 「トランプ関税」で国産自動車メーカーはどうなった? 2025.12.10 2025年の自動車業界を震え上がらせたのは、アメリカのドナルド・トランプ大統領肝いりのいわゆる「トランプ関税」だ。年の瀬ということで、業界に与えた影響を清水草一が振り返ります。
-
あのステランティスもNACS規格を採用! 日本のBEV充電はこの先どうなる? 2025.12.8 ステランティスが「2027年から日本で販売する電気自動車の一部をNACS規格の急速充電器に対応できるようにする」と宣言。それでCHAdeMO規格の普及も進む国内の充電環境には、どんな変化が生じるだろうか。識者がリポートする。
-
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット― 2025.12.5 ハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。
-
NEW
アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター(FR/8AT)【試乗記】
2025.12.13試乗記「アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター」はマイナーチェンジで4リッターV8エンジンのパワーとトルクが大幅に引き上げられた。これをリア2輪で操るある種の危うさこそが、人々を引き付けてやまないのだろう。初冬のワインディングロードでの印象を報告する。 -
BMW iX3 50 xDrive Mスポーツ(4WD)【海外試乗記】
2025.12.12試乗記「ノイエクラッセ」とはBMWの変革を示す旗印である。その第1弾である新型「iX3」からは、内外装の新しさとともに、乗り味やドライバビリティーさえも刷新しようとしていることが伝わってくる。スペインでドライブした第一報をお届けする。 -
高齢者だって運転を続けたい! ボルボが語る「ヘルシーなモービルライフ」のすゝめ
2025.12.12デイリーコラム日本でもスウェーデンでも大きな問題となって久しい、シニアドライバーによる交通事故。高齢者の移動の権利を守り、誰もが安心して過ごせる交通社会を実現するにはどうすればよいのか? 長年、ボルボで安全技術の開発に携わってきた第一人者が語る。 -
第940回:宮川秀之氏を悼む ―在イタリア日本人の誇るべき先達―
2025.12.11マッキナ あらモーダ!イタリアを拠点に実業家として活躍し、かのイタルデザインの設立にも貢献した宮川秀之氏が逝去。日本とイタリアの架け橋となり、美しいイタリアンデザインを日本に広めた故人の功績を、イタリア在住の大矢アキオが懐かしい思い出とともに振り返る。 -
走るほどにCO2を減らす? マツダが発表した「モバイルカーボンキャプチャー」の可能性を探る
2025.12.11デイリーコラムマツダがジャパンモビリティショー2025で発表した「モバイルカーボンキャプチャー」は、走るほどにCO2を減らすという車両搭載用のCO2回収装置だ。この装置の仕組みと、低炭素社会の実現に向けたマツダの取り組みに迫る。 -
ホンダの株主優待「モビリティリゾートもてぎ体験会」(その2) ―聖地「ホンダコレクションホール」を探訪する―
2025.12.10画像・写真ホンダの株主優待で聖地「ホンダコレクションホール」を訪問。セナのF1マシンを拝み、懐かしの「ASIMO」に再会し、「ホンダジェット」の機内も見学してしまった。懐かしいだけじゃなく、新しい発見も刺激的だったコレクションホールの展示を、写真で紹介する。










































